昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

〜夏の風物香〜
三重は四日市で朝。
徐々に染まる紫の朝焼けと青空。
白みゆくよりも早く水色の空が広がる。
きっとたまさかのタイミングなんだろう。
夜と朝がくっきりと変わる。
夏至を境に日が短くなると言う。
昨日なんとなく実感。
やっぱり19時には暗い方がいい。
早寝のオレには、いつまでも明るいとなんとはなし気恥ずかしくなる。

最近は、蚊が居ようが居まいが蚊取り線香をポキっと折り、遠慮がちに小さく焚いている。
気が落ち着き、いくつもの夏を思い出すようでなんとも言えない。
昨夜は蚊が居たらしく足の変なとこが痒く、胸を張って蚊取り線香を焚いた。
豚の口から間抜けに揺らぐ蚊取り線香の煙は見ていても和む。
テレビを消していつまでも見ていた。(病気か)
(2019.6.26[水])

〜米原から週はじめ〜
滋賀県は伊吹山の麓、米原で朝。
こちらは関東とは打って変わって、涼しげな青空広がる爽やかな朝。
裸足の足先が冷たい。

土曜日はイッキューのライブ。
リハに近い形、イメージに沿ったパフォーマンスができたかな。
個人的な課題含め、リハでは頂く拍手まで想像して練習を重ねていく。
ここが思い通りにいくと"ホク"っとするものだ。
毎回たくさんのご来場には頭が下がる思い。
リーダーの天野さんの集客能力には驚かされる。
オレなんかよりもっともっと全体を見てる人。
この人あってのイッキュー。
改めて感謝。
ありがとうございました。

昨日は終日、家の人となる。
イオンに一回だけ出て昼間からの宴会の支度。
先日頂いたジャガイモでポテトサラダを作る。
鍋ごとの肉じゃがが届く。
メインはタコ焼き。
デンプンだらけだ。笑
ライブで枯らした上、昨日はずっと笑っていた。
しばらく喉はだめだろう。
今週はリハやライブがないので問題なし。
(2019.6.24[月])

〜東北〜
気持ちいい朝。
寝不足解消。
少し下痢。

仕事で新潟にも行くので、昨夜は安否確認のラインをもらった。
ありがとう。
昨夜は我が家。
その時分には夢の中。
お前こそ元気でやってるのか?

今朝起き抜けの先のラインで東北の地震を知る。
被害が甚大じゃなくてよかった。
知った地名の数だけ思い浮かぶ景色、人を思う。
ただただ祈るのみ。
これ以上の揺れが来ないことを。
(2019.6.19[水])

〜矢作川〜
連日気持ちのいい朝。
梅雨入り後の晴れ間2日目。
今朝は愛知県岡崎で朝を迎えた。
異国の朝の風景、異国のスズメのさえずり。
のっぺりと静止した矢作川の水面。

昔、珍しくこーじが本を貸してくれたことがある。
あまり本を読まないこーじには珍しいことだった。
"泣けない魚たち"
そんなタイトルだったと思う。
舞台はまさに愛知は岡崎を流れる矢作川。
飼っていた金魚を川に放す。
ヒレの弱い金魚は流れに逆らえず、トロ場でしか生きられない。
そんなようなくだりが印象的だった。
開発と共に故郷の自然が失われていくのを憂いてる、根底には環境破壊へのアンチテーゼ的な物語だったと記憶している。
こーじと2人して、
"やさくがわ"
と読んでいた。
仕事で東海地方へ出向くようになって、
正解は、
"矢作川ーやはぎがわ"
であることを知った。
訂正してやろう、なんて思うそばから、
もうこーじはいないんだ、と息を飲むことが何度もあった。
月日を経た今、そんなこともなくなった。
この矢作川を渡る時、毎回そんな他愛もないやりとりや感慨が、その都度よぎる。
"これ、まっちゃんが好きそうな本だな"
なんて思ってくれたんだろう。
今更ながらに頭が下がる思い。

頭が下がる思いだなんて、他人行儀だな。。
(2019.6.14[金])

〜水無川〜
深い深い淵から戻されるような目覚め。
いつものようにエイっと起き上がることができず、両手をついて体を持ち上げるように起きる。
昨日は少々疲れ気味。
帰りがけハダパンにより赤貝をつまみに熱燗。
疲労した筋肉の隅々まで染み渡るようで、ついつい決めた量をオーバーしてしまう。
今朝は深い睡眠ですっかり酒も抜け、通勤時、川の流れを眺めながらの一歩ごとに、体が蘇ってくるよう。
濁りのとれた清冽な流れ。
無味無臭な水の匂い。

今日陽があるうちに帰れたら川沿いを少し遠回りをして帰ろう。
水無川もその名の通り、日照りが2、3日も続けば、すっかり川床を露わにし、すぐとただの砂利道のようになってしまう。
(2019.6.13[木])

〜明日へ向かって〜
ありがたいことに最近は快眠。
よく眠れて、朝が来るごとに生まれ変わる感覚を楽しんでいる。
昨夜も21時には床につき4時に起床。
低気圧がジリジリと、湿度の高い朝。

埼玉は荒川に架かる橋で思わずの足止め。
進んでいくと軽自動車が止まっている。
後方にパトカーが付き、
警官が川の下を覗きこんでいて無線で応援を呼んでいる。
人が飛び込んだようだ。
現在、近くの倉庫にてこの日記を打つ中、物々しいサイレンの音が鳴り止まない。
これから通勤の時間を迎える。
おそらく橋は封鎖され、近隣は大渋滞になるだろう。
望まずして絶たれる命がある中、自ら命を絶つ者も絶えず。
Bad ニュースはもうごめんだ、とテレビやラジオを消せば、リアルな現実が目に飛び込んできて、また陰の部分がかき回されてゆく。
世の中はこんなもんなんだろうか。
オレはずっと、おとぎ話のような幻想を抱いてしまっているだけなのだろうか。
生命に溢れた子供のすぐ横に、悲劇が身を屈め潜んでいる。
数多潜む地雷の上を、たまたま無事に歩いている。
地雷を知らぬ目には、どこまでも無邪気な広い草原。

今週は土曜日曜とリハーサルの日々。
明日は半日スタジオにこもる。
気力と体力。
何よりペース配分。
何より1ヶ月空けてしまったブラシスとのリハなだけに気ばかり逸る。
あれもしたい、これもしたい、たくさんのことを淘汰して絞り出す一滴。
見てろよ、見てろよ、と誰にともなく向けるこの感情が、潰えることのないオレのモチベーション。
(2019.6.7[金])

〜全国の中年我が子を抱えた親よ〜
川崎殺傷事件に続き練馬の親による子殺し。
物騒なニュースばかりで、いろいろ考えさせられる。
教育の大切さ、成長期の節目節目の親との関係性が、その後人格に影響を及ぼしていくことを実感と共に痛感。
練馬の被害者にあたるセガレというのも、相当"痛いヤツ"だったようだね。
生きていたら何を起こすかわからない。
事前に下した親の判断。

生物学的にも、親子の関係は人間においては18ー20年ぐらい。
親は子に生きていく術を教え、子は親から離れていく。
教育の期間なんてたかだか20年足らずなんだ。

もしいい年をしてまだ親元にいるのなら、親には敬語を使いなさい。
親もそうだ。
小遣いなんてもってのほか、経費は請求する。
大人同士、同居人として感謝と尊敬の念を持つこと。
それができないのなら、頑張って自立、親も命をかけて追い出す。
(2019.6.4[火])

〜水を見ると〜
今日は昼には仕事を終え、午後は富士の麓 富士吉田までドライブ。
帰りは山中湖か河口湖、広い水面を拝んでこようと思っている。
子供の頃から、海や川、湖や池、たくさんの水を見ると沸々となんとも言えぬ興奮を覚える。
それは無邪気な感情ばかりではなく、自然のもの、手に負えないものへと対する"畏敬の念"のようなものなんだと思う。
幼少期はおろか、いい年になっても、川や海などに行くとラッコのように、ホントに半日は水の中にいた。
おかげでキャンプに行けば、手づかみで魚を何匹でも捕まえる術を得て、食糧には困らなかった。
よく親父、大人になってからはこーじが嬉しそうに呆れていた。
水の中で飯を食べ、糞尿もそのまま垂れ流しながら泳ぎ回っているんだから。
あれは道志川のキャンプ場、帰り支度を終えた親父が、車のエンジンをかけ、川原からオレを呼ぶ。
あの時の残念な気持ちや、半日ぶりに陸に上がった時の重力の重さ、そういうものはいつまでも生々しく憶えているものだ。
(2019.5.31[金])


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