昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

〜変わるほどに〜
なんだか1年で1番日の長い日が昨日だか今日だかだそうで。
確かに4時を回るとあっけなく空が白んでくる。
東名高速の掛川の長いトンネルを抜けただけで、さっきまでの空と違うのには驚く。
今朝は名古屋は超えず刈谷の町を走る。
古ぼけた商店長屋などがあり、よく言えばレトロ、悪く言えば取り残された観のあるここらへんのなんともない風景が好きだ。
独り占めのような気分で市街地のドライブを楽しむ。

最近はリハを録音するようになった。
何度も何度も聴いて今週のBroSisリハのイメージを膨らませる。
どういう風に聞こえてるか。
そこを先ず知っておかないと正すも正さないも起点がぼやけてしまう。
そんなこと基本中の基本なんだろうけど、オレには今更のことばかりだ。
機材なんかもそう。
クランチ、歪み、ブースト、EQ、etc。
いろいろ意味が判ってくると、追いついたような喜び、楽しさが今更ながらにある。

ヒトって変わるんだなぁ。
ただ、よっぽどのことがない限り、そう変われるものじゃない。
よっぽどのことなんてない方がいいに決まってる。

必死に新しい自分を模索していく中で、喜びや幸せをたまさか感じ得た時に、少し時間を置いて、複雑にオレを戸惑わせるのも事実。
(2017.6.22[木])

〜腹出し癖〜
天気予報が言うほど降ってもいない。
朝の品川埠頭はコンテナを積んだトレーラーが二車線を埋め尽くし列をなしてる。
合間を縫うように大きな倉庫の入り口を探す。
入り口と出口、そこだけはトレーラーもしっかりとスペースを空け停車してある。

今日からしばらく本格的に梅雨らしい陽気に入るとのこと。
夕方からは本降りとのことで、嵐の前の静けさのように、そぼ降る雨が蒸してるとはいえ冷たい。
近所を流れる水無川も、露わになった川床の隅を、筋のように頼りなく流れる程度だったので、自分の都合は置いておくと、このしばらくの雨はありがたい。

最近変な癖がついてしまって、朝起きると寝間着のタンクトップが胸元までたくし上げられいる。
その様はまるで、脱ぎぞこないのブラジャーのようで、誰が見ているわけでもないのにいささか格好が悪いので、すぐと内側に食い込んだ部分をずり下げるも、用を足せばその足で仕事着に着替えてしまうので、次からはそのままでもいいように思う。(なんのこっちゃ)
ただこれですっかりと腹を冷やしてしまっているのは問題で、今朝も治ったばかりの下痢が再燃したのが悔しい。
そんなオレを見越してなのか、昔ライブ後に腹巻を頂いたことがあった。
ただこれも御多分に洩れず、起きたら胸元を通り越してスカーフのように首で止まっていたので、結句腹巻としての役目を果たさせていない。
(昔、ターバンのように頭に巻いてフィリピンに行ったことがある。
ただ評判が悪かったのでそれ以後はターバンにもしていない。でも今でも大事な頂き物には変わりない)
本来なら母性の塊のようなヒトに添い寝してもらい、15分置きぐらいに開けた寝間着、寝相なんかを直してもらうのが1番なんだけど、不思議とオレも母性のようなものがあり(父性だろ)、わりと布団をかけ直してあげたり、腹が露わになっていれば寝間着を正してあげたりするのはいいとして、脱ぎグセも伴う我が寝相といえば、自己犠牲の極みのようにスッポンポンで瀕死の状態の寝起きなんてこともあるので、ヒトの心配をしている場合ではないのがホントのところであるのです。

ぜひともこの時期体調などを崩されませんように。
一丁前に他人の心配をしてるほど行儀がいいわけじゃないのは重々承知の上、身につまされているからこそ、くれぐれもご自愛くださればと思うのです。
(2017.6.21[水])

〜引き戸を開けば香る〜
愛知は知多半島、中部国際空港あたりまで来てる。
”来てる”
というよりも、昨夜は2時に秦野を発ち、今朝は滋賀の日野町という田園風景広がる日本むかし話のセットのような町(というよりも村?集落?)で朝を迎えていたので、神奈川に暮らす身からすると、愛知は知多半島まで、
”帰ってきた”
という感覚の方に近い。
夕方に荷を積み一路神奈川は秦野を目指す。
せっかくの金曜日なのに今夜の帰りは遅そうだ。
仕事でも何でもラッキーな日もあればアンラッキーな日もある。
それ以下でも以上でもない。
晴れもあれば雨も降るように、まさかオレの根幹を及ぼすほどのことじゃないので、見えるはずもない風に目をやり、鳥に話しかけてみたりする。(金曜日の余裕)

明日は朝早くから予定が詰まっている。
なんやかんやで1日にいくつもの予定がかさむと、あとは朝ぐらいにしか予定を組み込めない。
ただ日が昇らぬ時間帯の方が、風も涼しく、草刈りにはちょうどいい。(草刈りかい)

話は全然変わるけど。。
今の家は、玄関を出た途端いい香りが鼻をつく。
隣の家のなんたらという木かららしいんだけど。(名前は忘れた)
あれはいいもんですね。(なんじゃそりゃ)

今が、あの香り付きの思い出になると思うと、たくさん嗅いでおこうと思った。
(2017.6.16[金])

〜日を経てもまた感謝〜
全身そこはかとなく筋肉痛の朝。
しゃがんで草を刈る運動は、普段使うことのない筋肉や体勢のため、思ってもないところに張りや筋肉痛が起こり興味深い。
今朝は遅い出勤だったため、昨日はそれを見越しけっこうな時間草刈りに精を出した。
何度も言うけれど、やった分の成果がすぐと見て取れるのは気持ちがいい。
白いキャンパスに絵を描いていく感覚と近いように思った。
ついでの楽しみもあって、土を掘り起こすごとにたくさんの虫を発見できる。
昨日は虫の他にヤモリ、ミミズ、そしてそれらをついばみに野鳥などもオレに付いて回る。
チリチリと賑やかで折り紙のようなその野鳥は、放っておいてあげてるとすぐ目の前まで来て土をつついている。
動きに気を配り、息を潜めてあげることにより、お互いのテリトリーを尊重し合う静かなコミュニケーションが生まれる。
向こうもこちらとの距離を図りながらジリジリとご相伴に預ろうとするのが小憎たらしくもかわいい。

野良仕事の後は汗を流し、渇いた体に冷やしておいた純米酒がおいしい。
今年の誕生日にシュンくんとシオリちゃんから頂いたもの。
誕生日に露木さん家族と共にしていた宴席にわざわざ届けに来てくれた有難い代物だ。
寝る前に挽くコーヒー豆しかり、頂き物への感謝は日を経てもこうべが垂れる思い。

しかし、最近外で呑まない分、家酒が急激に減っていっているのは、なんとも心細い思い。
しかも頂き物の銘酒ばかりに手をつけているので、舌が肥えるようであまりそれは好ましくない。
(2017.6.15[木])

〜梅酒と遠い遠い記憶〜
昨日は早く帰ってこれたので、日曜から取りかかっている草刈りにいそしむ。
300円ぐらいで買った、たかだか刃渡り15cmぐらいのカマでも実力は相当なもので、やった分忠実に功を奏してくれるのが楽しく、半ば取り憑かれたように地面を這っていた。
とはいえ、結構な敷地に手をつけてしまい一気にとは片付かないもので、夜の帳に背を押されるように家に入るも、散髪途中にその場を離れたような状態に心残りがついて回り、日を跨いでもなんとはなしに気が急いてしまう。
ただ、ひと汗かいた後の充実感は毛穴が開けば自動的に得られるかのように、シャワーを浴びて半裸の態でソファーに身を預ければなんとも言えぬ心地良さがあり、誰も見てないのをいいことに、気持ち悪く鼻歌などを口ずさみ、毛糸でもあれば編み物でも始めてしまいそうな勢い。
なんだか単純極まりない我ながらの性格が恥ずかしくなり、気を鎮める意味でも昨夜は頂き物の梅酒を味わう。
これがまた疲れた肉体、空腹の胃にはたまらなくおいしく、結句その日のうちに完飲する始末。
程よい甘みに濃厚な梅のエキスが、日を重ね熟成した旨味と丸みを醸し出し、昔フィリピンはサマール島で愛飲してた”トゥバ”(ヤシの実を原料とするドブロクのようなもの)に通ずる味だった。
それぞれの家庭で造るトゥバは、各家庭で微妙に味が違っていて、土地のヒトは水かコーラをチェイサーにして、ショットグラスでコクっと放り投げるように楽しんでいた。
毎夜のように少量でヘベレケになってしまうそのトゥバの主人が、オレの肩に手を回し、ロレツの回らなくなった状態で何度も同じ話をするのが面白かった。
ただ不思議なもので、ビサヤ語などまったく話さないオレでも、なんとなく言っていることは解るのには驚いた。

テレビなど点けず、現在と過去を行ったり来たりするのは楽しい。
不思議なもので、フトした匂いや先の梅酒の味、思ってもみないタイミングがそれを叶えてくれる。
ただこれは向こうから来るようなもので、こっちの気分次第、おいそれといかない分、そんな瞬間が付け入る隙があるような自分でいたい。
こういう感覚は前はなかったな。
新しい日々、自分が始まっているのかもしれない。
ずっとそれを待ち望んでいたんだから。
(2017.6.13[火])

〜待ちに待った金曜日〜
やっとやっとの金曜日。
今週はスタートから拘束時間の長い仕事が続いたので、すっかりと不貞腐れてしまった分、また喜びもヒトシオ。
そして明日からの週末も、久しぶりにライブもなく、差し迫ったリハも抱えておらず、予定と言えば歯医者とg109でのリハのみ、秦野から出ることなく過ごせる2日間。
内弁慶の極みのようなオレにとっては、久しぶりの緩和の週末。
再開した読書や、引越しのままにしてある荷物の整理、昼寝昼寝。
思うがままに過ごそう。
何か久しぶりに料理をしてみるのもいいな。
カンガルーの肉のステーキとか。(どこに売ってるんだ?)

午前中の仕事を終え愛知の豊田市でひと休みしてる。
空だけ見るとすっかり夏のソレだけど、風は乾いていて気持ちいい。
午後ひと汗かいたら一路秦野だ。
今夜はジンヤムで金沢の物産の宴。
毎度毎度、行った先々の銘酒、海の幸を届けてくれるとくちゃん。
そしてそれらを見事な料理に仕立ててしまうジンヤムのオーナーシェフのゆーじさんには頭が下がる思い。
とくちゃんは三日月にもその都度旅先の地酒などを届けてくれるので、名だたる銘酒の数々を破格な値段で呑むことが叶っている。
旅先でお土産を購める習慣がない”糸の切れた風船”のようなオレにとって、異国の地で仲間の喜ぶ姿に想いを馳せる、そんなとくちゃんの素っ気ない優しさがなんとも言えず愛しい。
今夜も大事に大事に味わいながら頂きますよ。
いつもありがとうな。
(2017.6.2[金])

〜力学〜
今日も暑くなりそうだ。
今朝は湾岸沿い千葉は市川。
アンバイよく物流倉庫が朝日を遮り、のどかな川沿いでひと心地ついている。
エンジンを消し窓を開けていると思わず風が気持ちいい。
物流倉庫をくるっと回るコの字の道路なので、人の歩くような道ではなく行き交う車もない。
昼寝にはちょうどいいのかもしれないけど、まだ朝だからその気も起きない。

今朝の目覚めはよかったんだけど昨夜の寝付きが悪かった。
寝不足だったのですぐと寝落ちするかと思いきや、うまく寝入ることが叶わず漠然と夢の中へ。
ライブの後はいい睡眠がとれないものだ。
ライブは終わったとはいえ、気の張りや気持ちまではコツンとは戻らない。
数日を置いてやっと元のヤサに落ち着いてくる。
ライブというよりも、気持ちの持ちようには疲れてくる時がある。
力み過ぎなんだなぁ。
こういうところがアマチュアだと思う。
力を抜きながら力む。(どっちだ。。)
でもいいんだ。
力を入れることを知らなければ抜くこともできないのだから。
(2017.5.30[火])

〜川のニオイ〜
いつ振りか。
朝からの雨。
久しぶりに見る増水した水無川の濁り。
川に近づくと、かき回された草と泥のニオイがする。
見る自然ではなく感じる自然。
昨日見た、瀬に遊ぶ稚魚たちはどこに身を隠してるのだろうか。

最近は連日の酒が抜けて気持ちも体調もコンディションがいい。
達観した老人のように朝の通勤路を楽しんでいる。
家に帰ると家事もマジメにするようになった。
特別潔癖ではなく、なんなら靴のまま部屋に入られても気にしない性格なんだけど、散らかったモノに潜む”負の気”には神経質かもしれない。
元々が家財の少ない上、ことさら吹き抜けのリビングダイニングの広さが嬉しく、キッチンテーブルの椅子に腰掛け、取り憑かれたようにギターばかり弾いている。
明日はブラシスのリハ。
吸収したもののうち、全部を出すのはなかなか難しいことを知った。
2つ3つ出せればいい。
その2つ3つを出せるように10つ20つ吸収してる。
(2017.5.26[金])


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