昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

〜遠い帰路〜
朝6時。
3時に秦野を経ち愛知県は岡崎でひと息つく。
今朝は寒い。
ハンドルに投げ出した素足が寒い。
ハンパ袖のTシャツだと寒い。
換気のため開けている窓からは、パーキングエリアを囲む森からの冷気が入ってきて寒い。
この"寒い"という肌触りが懐かしくて嬉しい。

先日の台風の影響は今も続いていて、神戸の倉庫が今も閉鎖されているため、名古屋に物流が集中して、列をなすトラックで大変なことになっているらしい。(荷降ろしまで6時間待機との情報も)
今夜はせっかくの友人との約束があるのに帰りの時間が読めなくなってしまった。
ウソのようにすんなりコトが運んでくれることを祈るのみ。
それにして復旧の遅さに腹が立つ。

関東ではどんより曇りが続いているけど、東海地方は青空が見える。
でもどこか寒々しい水色で、明らかに朝の青空も違ってきた。
今夜気の置けない友との"日本酒の夕べ"にありつけるか。。
具の少ない湯豆腐あたりで、冷たい吟醸酒を味わいたい。
銘酒のアテは、味気ないほど酒が引き立つ。
朝日を拝んでひとまず仮眠。
(2018.10.12[金])

〜病み上がり〜
実のところ、このところずっと体調を崩していて、痰の絡む咳が続いてた。
先週は熱もあり、エイ!と丸2日休みをもらい寝込んでしまった。
熱で休むなんて懐かしくも楽しく、わざわざ布団を干してみたりテーブルの上を片付けてみたり、倒れ込んだソファーの上で飽きることなく動画を観ていたり。
おかげでゆっくりとだけどやっと調子も戻ってきてくれ、来週に迫った丹沢謌山のステージに標準が合ってきた感がある。
丹沢謌山も今回で7回目。
7年の間にいろいろあったなぁ。
近くに今はもういないヒト。
ぐっと距離の縮まったヒト。
※松平忠智 and The BroSis 13:10〜

丹沢謌山を語る上で梶山さんを外すことはできない。
赤提灯での夢見語りが、梶山さんの突破力、行動力で今に至るのだから。
今オレの近くにいてくれるヒトは何より大切。
そして今はいないけど、オレを応援してくれたヒトこそ、いつも意識して歌っている。
山を越え天を仰ぎ、誰よりも大きい声で届くように歌う。
オレが誰を想い何を思っているのか、それを音楽で伝えていきたい。


10/20(土)2018 丹沢謌山
神奈川県立戸川公園多目的ステージ
松平忠智 and The BroSis
は13時10〜登場
時間:10時15分〜17時
交通:県立秦野戸川公園 多目的グラウンドA
小田急線渋沢駅「北口バス停」のりば2「渋02」系統 大倉行 終点、秦野戸川公園内に大倉駐車場・水無川駐車所、諏訪丸駐車場あり
お問い合わせ:
秦野市市民部生涯学習文化振興課内
「丹沢謌山実行委員会事務局」
電話:0463-84-2792
メール:info@tanzawakazan.com
https://tanzawakazan.com
(2018.10.11[木])

〜渋谷〜
先日、blue note tokyoにライブを観に行った!!!
ついでに。。。
懐かしい渋谷の路地を歩いてみた。
ずっと気になっていた場所。
10代から20代前半、通い詰めた路地、ライブハウス、"ギガンティック"。
渋谷川沿い、小さな橋を渡って路地に入るのだけれど、もう地味だった渋谷川からして違っていた。
ライトアップされた護岸の壁面から水が滴り落ち、なんだかアミューズメントパークのよう。
そしてギガンティックはおろか、そのビル自体が消え、立派な商業施設に取って代わってた。
懐かしさも何もない。
ただただ前世の記憶を探るように、驚きおののくのみ。。
例えるなら、カクレンボをしていて、最後まで隠れ通せたものの、出てきてみたら、友達はおろか、空き地までなくなっていたかのよう。
本番まで時間を潰したあの店も、立ちションの場所と決めていたビルとビルの間も、、、何もかもがことごとく変わってしまっていた。
そもそもオレがblue noteに行くこと自体、とんでもない変わり様なのだけれど。。
道玄坂、喜楽のラーメンは、取り残されたかのように、昔のままで美味しかった。
オレは秦野という竜宮城に、もう長く、根を下ろしているんだなぁ。
(2018.10.10[水])

〜秋雨〜
雨の金曜日。
10月中旬の寒さだとか。
半袖では寒い。
薄く暖房をつける。(車内)

昨日、秦野に帰ってきてトラックを降りた瞬間キンモクセイの香りが鼻をつく。
鼻を上げしばらくクンクンとニオイの出所を探す。(犬か)
オシッコをして歩き出す。(犬か)
花壇の花を食べてみる。(食べない)


思いがけずの連日の不眠症に焦るも、昨夜はその分、堰を切ったように(正しい描写かわかりませが)ソファーで寝落ち。
意識を取り戻したのち、四足歩行で寝室に移り2度目の寝落ち。
夢も見ず泥睡。(←そんな言葉あるかわかりませんが)
食い溜めはできないが、寝溜めはできる、昔ラジオから聴いた医師の言葉を思い出す。

今朝はゴミの日、そして小雨。
コーヒーの飲みながらゴミを出し、コーヒー片手に便座に座る。
ゴミの日の朝は、いつもよりひとアクション忙しい。
出しな、傘を持つか玄関でしばらく悩む。
なるべくだったら手ぶらで大手を振って(使い方がビミョー)歩きたい。
2、3分考え(長い)泣く泣く傘を広げる。

天気予報では、週末は晴れマーク。
昨日からの雨で水無川も軽く濁り少し増水。
ちょうど日曜には、水量を保ったまま濁りだけがとれた理想的な川の状態かもしれない。
時々見せる長雨上がり数日後の水無川は、山上の渓流の如く、なかなかに目を見張るものがある。
川に近づいた時に香る、清冽な水の存在感もまたいいものだ。

明日からたばこ祭。
日曜日のライブを見据え、明日はひとまず大人しくしていよう。
(2018.9.21[金])

〜羨望の死〜
各界のスター、樹木希林さん、山本KIDの訃報が相次いでいる。
偶然にも、どちらも知人を介したたまさかの接点を持つ分、驚き無念もひとしお。
著名人に限らず、毎日不慮の事故で尊い命が失われてゆく。
昨日走っていたすぐ近く三重の国道では、19の若い命が交通事故によって失われたことを知り、今朝の新着ニュースでは、仙台の交番で警察官が刃物によって刺殺されたとのこと。
居合わせた別の警官により犯人もその場で銃殺。。
山では滑落事故、川では釣り人。
毎日毎日、新着の事件事故よる死、病死の記事で感情が追いつく間もなく、日々埋め尽くされてゆく。
その人が存在するということは、脈々と続く親が存在し、誰も水の中で発生したバクテリアの類ではなく、独りで在るものではい。
残された遺族の悲しみは一生続く。

そう思うと、樹木希林さんの死はまた違った、羨望の見方もできる。
若き死、ましてや不慮の事故ほど無念で悲しいものはない。
(2018.9.19[水])

〜何が為の今日〜
三連休後、火曜日スタートの1週間。
三重県は鈴鹿で日の出を拝む。
畑ばかりの牧歌的な景色の中ひと心地。
朝のひと仕事も汗をかかなくなった。
病み上がりの体には助かる。
日曜日の夜は急な発熱にアタフタしてしまった。
土曜日のリハで新曲"キミノモトヘ"も仕上がった感があり、肉体的にも精神的にも安堵したのか腑抜けのようになった矢先。
隙を見せた途端の発熱。
朝には熱も下がってくれたものの、一度火を通したレタスの如く、ダメージはなかなかのもので、昨日は終日ソファーのヒトとなる。
一度、カレーの具を買いに出ただけで、夜も早々に床に付く。

ライブを控えているのに、ゆっくりと体調悪化の見るのはなんとも言えないものだ。
今回は突発的な知恵熱のようなものでひと安心。
今週は断酒しよう。
ちゃんと寝間着を着て寝る。
先ずは今日も安全に。
無事帰る。
もうライブは始まっているんだ。
(2018.9.18[火])

〜朝涼し〜
めっきり夜は秋の音。
昨夜は必要もないのに蚊取り線香を炊き、網戸越しのBGMと共に五感をリラックスさせました。
今年は7月初旬から猛暑だっただけに、待ちに待った秋。
彼岸花、キンモクセイ、サンマにマツタケetc。
五感の情報も季節の移ろい。
熱燗の味わいも変わってきますね。

不思議と秦野は、毎年の"たばこ祭"を境にガラリと季節が変わるような気がしてます。
ひとつの区切りともいえるステージもいよいよ来週に迫ってきた。
出演当初から見ると、ライブで歌う選曲もゆっくりと様変わりしてきました。
こーじのいる頃から歌っている3曲と、こーじがいなくなってからの3曲。
今回はちょうど半分半分。
後者の3曲は自分の分身、悲しみや嘆きと、誇りや自信etc。
涙とヨダレ、血と汗と鼻水、、、
ヒトの内面なんてそんなもので、感情の泥にまみれている。
なんだか随分と創作の題材、過程もなかなかシンドイ分、それだけに深みのようなものを託し増してきているような気がしてます。
自分の内面を晒し吐露できる分、普段は押し黙り平静を保てているのかもしれません。
幸せなことです。

今週は23日たばこミュージックフェスタに向けての最終リハ。
オレの夢を叶えてくれているBroSisのメンバー、はなさん、くみさん、奥田さんには、いつも言い表わせられぬほどの感謝。
今朝も仕事なんかそっちのけで、そんなことばかり考えている。
懐かしい風が、いろんな感情を連れて来る。
(2018.9.12[水])

〜台風21号〜
昨日は近畿東海地方へ上陸した台風で滋賀や大阪で死者も出る甚大な被害。
停まっているトラックが横転するなど、交通、家屋の損壊、インフラ麻痺、自然の猛威を前に成す術がないとはこのこと。
関東でもベイブリッジなどは規制がかかってしまい、ゴタブンニモレズ風に煽られ戦々恐々とハンドルを握ってた。
今週はスタートから出鼻を挫かれるようなことがあり、昨日は昨日で風にぶつかられながらの運転。
神経が疲れて胃が痛くなる。(神経が極度に弱い)
昨夜は昨夜で傘を持たずに家を出てしまい途中豪雨に見舞われずぶ濡れ。(自分が悪い)
夜中だからと裸同然で運転するも、体が冷えてしまい腹を下す。(自分が悪い)
途中、心が折れてパーキングでふて寝。(自分が悪い)
結果、仕事が押し押しで思うように昼がとれず。(がんばれオレ)
自然災害と空を睨む前に、少しオレは頭を使った方がよさそうだ。。

今日は名古屋。
名古屋駅の方では倒木があり大変だったようだ。
湾岸沿いでヒト心地つくも、ナニゴトもなかったような空がジリジリと残暑をよみがえらせていて尚更恨めしい。

今年の猛暑、いくつもの台風到来。
日本はおろか、この星はこんなにも住みにくかったのだろうか。。
当たり前とは、たまさかの奇跡の連続のようなものなのかもしれない。
困難を越えるごとに、この当たり前の日々、時間、を有り難く大事にしなければと、改めて痛感。
"今日を生きて無事帰る"
何気なく繰り返しているそんなことも、実はすごく難しいことなのかもしれない。
死者に想いを馳せれば、このぐらいの気持ちでいる方がなんとはなし、死者も救われるような気になる。
運が悪いんじゃない。
生きている者の方が奇跡なんだ。

だからこそ、一日一生。
迷うものなどあるものか。
(2018.9.5[水])


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