昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

〜夏休み〜
昨日の猛暑がウソのような雲の垂れ込めた暗くて涼し気な朝。
近くで秋の羽虫の音。
冬は上から降りてきて、秋は朝夕からやってくる。
風は南から天気は西から。(なんのこっちゃ)
8月を迎え夏本番と思いきや、すっかりとその勢いは衰えつつあるのかもしれないね。 カエルの大合唱も聞こえなくなりトンボが目立つようになってきたし。
夜、開けた窓からは鈴虫の音、なんだかわからないけど懐かしいニオイ。
時々見せるそんな瞬間に、なんともいえない安らぎをおぼえる。

今日横浜で荷を解き、ひとまずのお盆休みへと入る。
16日のマイクロバスをチャーターしての気の知れた仲間たちとの大BBQを終えたら次の日から仕事再開。
1週間を少し欠けるオレの夏休み。
ライブ(商店街のイベント出演/リバリバ)、来客以外特に予定は入れず、好きなようにしていい日がいくつかあるのが嬉しい。
好きなようにしていいと言われたらオレはホント好きなようにしてしまう。
まさか子供の頃のように、
”1日木の上で過ごしてみる”
とか、
”夜のプールでひっそりと泳ぐ”
とか、不思議な欲求を満たすようなことはしなくなったものの、きっと似たような時間を過ごすのだと思う。
ただ今のオレは、ギターを持つとキリがないほどそれに時間を費やしてしまうので、”ギターを弾かない日”というのを設けた方がいいと思う。
依存症に近い熱中。

あともう少し。
いや、もっともっと。
今していることが体に染み込んできたら。
ホントあと少しなんだ。(どっちだ)
今出している音がオレの中で違ってくる。
たかだかひとつの音でも、いくつかの中から選んだ意思と価値のある音になる。
それには一度たくさんを頬張って、そこから吐き出し削ぎ落としていくんだ。
(2017.8.10[木])

〜茶畑からぶどう畑へ〜
静岡は掛川市。
お茶畑に囲まれたドライブインで朝。
ホントに笑ってしまうぐらいのお茶畑だらけ。
パーキングの柵の外は静まりかえった集落の町並み。
一歩国道に出ればトラックがブンブンと走っている。
過疎地で目にする高速道路のインターチェンジを持つ町の図の典型。

普段、静岡は通過地点で近畿、東海地方を目指すんだけど、明日の山梨は勝沼行き(こーじとりえちゃんの祥月命日)のため今日は静岡で荷を解き、帰り荷を積まない分、高速道路を使わず下道でシコシコと帰る。
これは片道しかない運賃の経費を浮かすためで、静岡あたりだと近所のような感覚なので骨も折れない。

気づけば8月。。とはわざとらしい言い回しだけど、毎年8月を迎える心境はそんなところ。
5年前の8月3日を起点に何につけ月日を数えるきらいがある。
それはこの時期に貼り付いた感情が、暑さと共に思い出されるからだ。

親の墓参りにも出向かない、信仰心のカケラもないこのオレが、律儀に毎年勝沼に出向くのは、亡き友の弔い、感傷的な部分は実のところそんなにはなく、ただ毎日繰り返される平和な時間を、この日もいつもと同じように過ごしてゆくのは忍びないという思いから。
それだったら誰かひとりでもいい、2人を思い勝沼まで花を手向けに来てくれるヒトの足になれればという、至極ひとりよがりな思い。
だから遠慮なく使ってくれた方がオレにとってはありがたい。
”勝沼ぶどう郷駅、もしくは石和温泉駅到着時間を(当日でも構いません)連絡頂ければ、そそくさと迎えに向かいますんで、どうか誰も来ずにぶどう畑で呆然と時間を潰させないよう、ご協力お願いします。笑
(2017.8.2[水])

〜命日〜
7月もあと残すところわずか。
残すところあとわずか。。?(まあいいや)
フェイスブックを見てて気付かされたんだけど、先日23日は親父の祥月命日だったんだね。
つい失念。
一抹の申し訳ない思い。
納骨以来、池上の菩提寺にも行っていない。
今年はひとつの節目として墓参りにでも行かなければと思う。
月を跨いで来週3日はこーじ、りえちゃん、りえちゃんご両親、お兄さん夫婦の命日。
こちらには毎年8月3日、山梨は勝沼まで出張り、ようやく実感を伴ってきた、かけがえのない友の墓前を目に、ひとり糠付いている。
それは今年も然り。


※8月3日、来られる方がいましたらメールもしくは直接連絡くだされば、最寄りの勝沼ぶどう郷駅からの送迎をさせて頂きますので、遠慮なく。

今年も粛々と、やり過ごす夏。
それでも、今ある幸せを、とまどうことなくようやく受け入れられるかな、という夏でもある。
(2017.7.28[金])

〜富山で朝〜
上信越道、妙高高原で車中のヒトとなり一路富山へ。
下界より涼しかろうという企みも、結果エアコンを消すほどの涼は得れず。
そこはかとない車内の残暑に途中エアコンを点けるも、起きたら寝袋に潜り込んでいた。(どっちだ!)

6時前に富山県は射水市に到着。
能登半島を顔とすると、向かって右の首の付け根あたり。
道中、期待してた北陸道からの日本海もあまり見えず。
漁船の灯りが一回見えただけ。
海面は朝靄で煙っていて、そこにあるのはわかっていてもはっきりとせず。
北陸地方は今日も暑いようで高速道路上の温度計はすでに27度と表示している。
昨日は茨城から北関東を横断して上信越道に入ったのだけど、佐野、桐生、館林、伊勢崎の暑さはひとしお。
増してや、沈んでゆく日に向かって走ることになるのでエアコンも効かず、シャワーを終えたそばから汗が垂れる。

帰りは日本海を左に来た道を戻るか、岐阜を抜けて名古屋に下るか。
全ては背負って帰る荷の積み地次第。
今夜は1週間を労い乾杯といきたいのだけど、場所が場所なだけに、そう早い時間の帰りは期待できない。
なんでも楽観視をする性分なだけに、ノッケから諦めているので、わりと気持ちはおだやかな朝。
ただただ安全に帰るのみ。
(2017.7.21[金])

〜家事〜
羽田空港を横目に停車。
今日も暑くなりそうだ。
環八沿いからチラリと多摩川の河口あたりが見えた。
引き潮なのか、干潟のように両岸の川底が露わになってる。
釣竿をカゴに仕舞い、おじさんがチャリンコを漕いでる。
釣りに行くのか家に帰るのか。
それにしてもこの引き潮のどこで糸を垂れるのだろうか。
川もここまでくると殺伐としている。
吹く風も泥臭い。

昨夜は洗濯機を回すも、干す場所がなく取り込む気力もなく、そのまま寝てしまった。
今朝出勤前に洗濯物を干してきた。
その代わり、洗い物はそのままに。
家事をこなし仕事を持つヒトはすごいと思う。
そして忙しいヒトほど趣味を持ち、時間の使い方がうまい。
全てはバランスによって成り立つもの。
ひとつひとつに悔いなく向き合えば、本丸も充実してくるのだと思う。
そう思うと家事も、オレは嫌いじゃない。
(2017.7.20[木])

〜もっともっと直角に〜
すっかりと暑さにバテ気味。
今朝も朝からむわっと南風。
たまらないので目をつぶって歩いた。(危ない)

おととい作ったカレーばかり食べてる。
少し腐ってしまったのか下痢ばかりしてる。(捨てろ)
仕事帰りにカレーの材料を買ってレジに並んでいる時、自分の汗臭さに身が縮む思いがした。
申し訳ない思いで隣に目をやると、後ろに並ぶおばちゃんも同じニオイがしてた。
”そりゃこうもなりますわな”
と声をかけたくなるも、急いで自分を制する。
他人に気づかれることなんて、すっかり本人も自覚してるもの。
気遣いも転じて災いにもなる。
危ないとこだった。

とくちゃんから頂いた伊勢のお土産、立派なお札、盃などを、台所の棚の一角に供えてある。
不思議とそれらを置いただけでそこが神棚のような雰囲気を醸し出すもので、お神酒を満たし、なんとはなしに祈りを捧げたりしてる。
思想や宗教は置いといて、神を定め、崇めるのは気持ちが落ち着くものだ。


今夜は丹沢謌山実行委員会の日。
間に合う時間に帰れるのだろうか。
今週は久しぶりのリバリバのライブがある。
毎度毎度満員御礼、おいでくださる皆様には頭が下がる思い。
今日の仕事も明日(今夜)の2時起きも川へ洗濯、山へ芝刈りも、その先にオレを待っているものがあるから、鼻歌ひとつで乗り越えられる。
殺るならこのライブを終えてからにしてくれ。
いつもそんな心境で生き繋いでいるようなところがある分、8月に向かうこの時期は、一瞬にして過去へ引きずり戻されるほどの、憎き暑さに絡まる辛さもある。

地球は丸いのと同じで、離れれど走れど、距離が縮まっていたりする皮肉に近い。
(2017.7.13[木])

〜七夕〜
今日は7月7日七夕。
漢数字の方が合うね。
七月七日七夕。
今週は帰りも早く、わりと楽な仕事内容だったんだけど、前半の蒸し暑さにバテ気味の毎日だった。
でも満足のいく睡眠を一回でもとれると、それだけで復活してくれる。
健康な体を授けてくれた親に感謝。
今月は親父の命日がある。
親父が死んでから4年経つのかな。
いろいろと失格なだめな親父だったけど、過ぎてしまえば全部ご破算。
親父も親父なりに苦しみの中で日々生きていたんだと思う。
わかってるけど、どうにもならないことってあるもんなんだ、と今になれば理解できる。
最後の最後に、病床で久しぶりの親子の会話ができたのが、よかった。
”やる事なす事、親父そっくりになってきたよ”
って言ったら、死にそうなくせして嬉しそうに笑った。
頭もボケてきていて、ジッとオレを見つめ黙り込む時があった。
目をそらし、たっぷりこの逞しく育ったオレを見続けさせてあげた。
親父にしてあげられるオレの親孝行があのひと時だったんだ。
一番の最後に親父を見舞った時は、いよいよボケも進行したのか、オレがいてもテレビに向き直り相撲に釘付けになってた。
時々声をかけるも子供のように返答するだけだった。
変な言い方だけど、少し安心したのを憶えてる。
覚醒した頭で死と向き合うほど、、、
それは避けられたと思えばこっちも救われる。

生きている実感を毎日探し、心底感謝するようになった。
より死について考えるようにもなった。
今年はいろいろな面で変化の年になる。
白いキャンパスに名前から書いた。
あとはやっとやっと、筆をおいていこうと思っている。
どこで途切れても、それはそれでひとつの作品と成り得ていたい。

ひとつのゴールを迎え、ひとつのスタートに立ったんだ。
(2017.7.7[金])

〜丹沢謌山 実行委員会〜
今日で6月もおしまい。
梅雨明けを待ち焦がれど、向かうは逃げ場のない猛暑の夏。
だけど、その先にキモンクセイ香るあの秋があると思えば、やっぱり梅雨明けを待ち焦がれる。

おとといから新潟は阿賀野へ入り、帰りは久しぶりの日本海を拝み昨日夕方帰宅。
その足で市役所会議室へ出向き今年も開催される”丹沢謌山”の実行委員会に出席。(10月21日(土)開催)
今年は実行委員として丹沢謌山に携わることに。
なので出演は辞退。
会場では実行委員長の小野さんを中心に、両側にとくちゃん、たけくんが緊張した面持ちで座る。
その他にも知った顔がチラホラ。
向かい合わせに市役所の担当者が3名。
課長の佐藤さんには毎年出演者の立場でお世話になっていたけど、改めての名刺交換。

今回の議題に添いながら、役割の分担、次回までの課題、なによりイベントの理念を再確認できたのがよかった。
出店数の確認、条件、衛生管理面に至るまで、実行委員の有識者の提案、提言などを聞いているだけでも勉強になる。
何より実行委員になって、この丹沢謌山というイベントの台所事情を知ることとなったのは、出る側、支える側、両方の面でも大きい。
出資者、スポンサー企業、市の助成、それでも賄いきれないギリギリのラインで、ひとつのアイデアを具現化しようと熱の入ったディスカッションに、改めて頭が下がる思い。
自分に何を求められているか、そこを見極め、誠心誠意、責任を持ってやらせてもらおうと思った。

尚、今回の実行委員への決断は、実行委員長の小野さんからの切望から、小野さん、そして丹沢謌山への恩を返す意味合いが大きい。
はな、続けていく気はない。
ただ、オレにできることはわずかだけど、オレにしかできないことはあるのかもしれない。
今回の丹沢謌山で、当初の理念を礎を築き直し、次回以降へ繋ぐことができたら、楽器を片手に、またあのステージに戻るつもりでいる。
(2017.6.30[金])


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