昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

〜今週は丹沢謌山〜
そぼ降る雨、愛知で朝を迎える。
コンビニでコーヒーを購めひと心地。
ここ数日似たような天気。
冬のように寒い。

野外イベントは天候次第の弱点を持っている。
今週の土曜日は丹沢謌山。
週間予報になかなか晴れマークが出てこない。
せめても、雨さえ降らなければと祈るのみ。

来週は久しぶりに本州を離れ、北海道は札幌にてイッキュウのライブ、その後そのまま居残り観光。
秦野へ帰ってくる頃には11月だ。
今週末から11月11日の新横浜ベルズ(久しぶり!)イッキュウライブまでは毎週のようにリハやらイベントが続く。
札幌に行ってる頃、29日(土)には新横浜ベルズで毎年恒例こーじとりえちゃんへの”ひまわりフェスタ”が行われている。
今年は北海道行きが重なり、無念の不参加。
もっと慎重なスケジューリング、他力本願、悔やまれるの一言。
でも、これもいいと思っている。
たくさんの理由をつけ、自分を慰めている。
毎日のことだ。
何もその日に限ったことじゃない。
割り切れぬ思いに目を背ければ、言葉はいくらだって作れる。

自分の音楽活動は、12月23日(土)、鶴巻温泉にある秦野市立宮永岳彦記念美術館での弾き語りワンマンライブが入っている。
そしてこの日を歌い納めとして今年の余生を過ごすつもりだ。
ぜひこの日は観てほしい。
ギター1本の音楽がオレの原点だ。
素晴らしい舞台を頂いたのだから、それには応えたい。
もうそれが叶う時期だと信じている。
(2017.10.17[火])

〜覚めても覚めずとも〜
首の付け根に近い肩がピリピリと痛む。
すっかりと筋肉が緊張してるのがわかる。
長時間の夜の運転、視界を塞ぐ雨。
だけどそれだけが因でないことは、はな承知の旅。
昨夜から新潟に入っている。

シトシトと冷たい雨が降っていて、
夏の部屋着のような服装なので当然寒い。
なんだか今夜は月明かりもないせいか妙に暗い夜で、つげ義春の世界じゃないけど、少し開けてある窓から墨汁のように闇が入ってくるようで、柄にもなく心細い。
こんな夜はおっぱいに抱かれて眠りたい。
一瞬だけでいいから心を解き放ち、赤子に戻りたい夜だってある。

長い長い夢が覚めるのを待っている。
だけど、かけがえのない現実世界もだいぶ歩いてきてしまった。
(2017.10.13[金])

〜お袋の味〜
9月28日木曜日、法隆寺の近く。
昨夜から奈良に入っている。
先日お袋と電話で話していたら、明日9月29日は、その昔お袋が家を出て行った日なんだそうだ。
今年で32年経つとのこと。
よくそんなの憶えてるね〜、と感心してたら、オレがちょうど10歳だったそうで、何かにつけ計算がしやすいとのこと。
オレも42になりお袋も来月70になる。
自分の母親ながら、スタイルもよく美人だったヒトも、今じゃすっかり耳が遠くなり、結果電話の声も大きくなった。
オレだってそうだ。
抱っこをせがみ、お袋の足を登っていたようなオレも今じゃ185cmの立派な体になってる。
そう考えるとひとつ屋根の下の関係はたったの10年だったわけだ。
お袋には悪いけど、オレにとってのお袋の味とは、おばあちゃんの作る焼き飯や(昔のヒトはチャーハンのことを焼き飯と言う)、おじちゃんの作ってくれた大根の味噌汁ということになる。
不思議と幸せだった時期に口にしたお袋の料理の記憶はないに等しい。(食後に梨とか強引に食わされていた記憶はある)
家庭崩壊の末、例えようもなく寂しかった時に食卓を囲んでくれた、おばあちゃんの焼き飯やおじちゃんの焼いてくれる焼き魚、七味の振った大根の味噌汁はいつまで経っても忘れることはない。
今になってこの恩を返せずにいる今が、なんとも心苦しくもある。
(2017.9.28[木])

〜うっちゃれうっちゃれ〜
先日のたばこ祭ミュージックフェスタを終え、束の間の弛緩。
今年もたくさんの皆さんに観て聞いて頂いた。
声援、拍手喝采などがなによりの報酬のようなもの。
たったそんな瞬間を得るべく、日々ジリジリと自分を押し上げてゆく。
日々、まったく意味ないようなことに見えることでも、違った形で身となり骨となってゆく。

去年のこと、おととしのこと、もっと前のこと。
石の上にも三年じゃないけど、まき散らかした種が、少しづつ土の中で根が繋がりつつある感触がある。

あれもしたい、これもしたい。
そんな自分を捨てたからかな。
紙袋みたいなもので、他のものは放ってしまえば、そのひとつに握力は強まる。
汗も涙もそのひと握りに封じ込めて、あとはテヘラテヘラとうっちゃりながら歩いている。
(2017.9.27[水])

〜地球は丸く〜
昨日は純白の陶器のグラスと”千年翠”という日本酒を頂戴しました。
ここ最近頂き物が多く、ただただ頭が下がる思い。
ありがとうございます。
すぐに栓を開けおいしく頂きました。
つまみはカレーライス。

今朝は武蔵村山。
日本全国津々浦々、毛細血管のように高速道路が行き届いている昨今、近場にインターチェンジを持たぬ東京の郊外がどこよりも遠く感じる。
武蔵村山もその類の地。
納品先の倉庫を間借りをし、通勤の渋滞、コロコロとあどけない通学の小学生をなんとはなしに眺める。
まだ地面からすれすれの身長のくせに、それぞれ飛沫のように個性が散らばり、危なっかしくも賑やかさに目が細まる。

今夜発、あと1本航海を済ませたら週末に突入だ。
今週は火曜日スタートだった分、ちょうど1日短く感じる。
日曜日のたばこ祭ミュージックフェスタのステージを終わらせたら、やっと音楽的にひと心地つくかと思っている。
だけどすぐと、次なるチャレンジが椀子そばのように間髪入れずもたげてくるのも知っている。
水平線を目指すのと似ていて、たどり着けど、またそこから見える水平線があって、結句ゴール地点とスタート地点はいつでも表裏一体、紙一重より近く混在している。
(2017.9.21[木])

〜三日三様三変幻〜
そぼ降る雨に上着を羽織り出かけていた週末はどこへやら、昨日は意表を突かれたような夏日に逆戻り。
連日のリハ(というよりも移動に)疲れ気味だったけれど、溜まった洗濯物が音を立てて乾いていくようで気分はよかった。
今週末に迫ったたばこ祭ミュージックフェスタ、πr2で出演(15:30〜)のリハも佳境を迎え、本番を想定した緊張感を伴い、いよいよ仕上がってきた感がある。
昨日は 一回の通しリハでボーカルのオアシスマスターの体力が尽きてしまい、結句1時間切り上げての早じまい。
やる気に満ち溢れているベースの関さんは少し不満気。(大いに共感)
ただ体調を崩されても困るので、あとは個々に高めていけばいいと思っている。

夕方になりソファーで落ちたように昼寝。
少し外に出てみたら、昼間の暑さが昨日のことのように、頬を撫でる風はすっかりと秋のソレに戻っている。
少し深い睡眠の昼寝だったので心配だったけど、夜は夜で目を閉じたらすぐと眠りにつけた。
今朝は5時、アラームが鳴るより少し早く爽快な目覚め。
大黒埠頭でひと心地ついている。
(2017.9.19[火])

〜七沢温泉〜
今朝は厚木の七沢の方に来ている。
風が心地よく、里の喧騒も届いてこない山上の町の趣きを感じる。
秦野からは直線距離で10kmぐらい。
時々ご褒美のような近場の仕事にありつける。

ここは七沢温泉郷を持つ小さな観光地で、昔、毎年の年越しは七沢温泉の宿で迎えてた。
肉をあまり好まないオレは名物の猪鍋をたっぷり残しては、それでも山の上の静かな年の瀬、1年の始まりをそれなりに楽しんでいた。
旅はしておくもんだ。
その場限りではない感傷が、時を経てまた違った感触で胸を打つ。
(2017.9.14[木])

〜秋の夕焼け〜
秋晴れの朝。
日に日に夏が去り秋が深まってゆく。
昨日の夕焼けは見事だった。
雲海を染める夕焼け。
雲ひとつない空ではそれは叶わない。
たまさかの相乗効果から生まれる自然美。
唖然と仰ぐ夕焼けに、恋しさが募れど、それが何だか漠としていて、なんとはなしに救われる思い。
昨日はなぜだか早く家路に着きたくて、歩くより早く走るより遅く、セカセカと路地に隠れる。

フェイスブックなどを見ると、体調を崩しているひとがだいぶ目につく。
不思議と見掛け倒しを地で行っているようなオレでも、今年は風邪知らずで、親しい友人などを気遣うラインなどを送っていることに驚く。
以前、高熱でダウンしている時には必ずメールをくれてたヒトなので(はなさん)、尚のこと珍しく弱気な文面を見ると心配が募る。
味覚が戻ってきたとの返信を得て、けっこう重症化してたと察しがつき、少し身が軽くなる思い。

今週末は一気にリハが3つ重なり、ボチボチ10月を見据えた連絡のやりとりも増えてきた。
思うようにならないことと、思うようになること、半分半分。
これはオレにとってまずまずの成績。

何一つ思い通りにいかなかった経験が、今になってオレの骨格になっている。
(2017.9.13[水])


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