昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

〜かわいいかわいい弟よ〜
大黒埠頭、ベイブリッジを見上げながら朝を過ごしている。
ベイブリッジを走ってる時は、上空を飛んでいるような高度感があるんだけど、下から見上げてみると、そこまで高くない。
見上げる対象物がデカイものだらけだからかな。
運転席の人は米粒より小さい。

昨日、出勤するとタイムカードの横にオレ宛のプレゼントが。
前日にメールをもらっていたけど、目の当たりにすると、手書きの互いの名前になんとも言えない感謝と感動の入り混じった気持ちになる。
中身を覗き、大事に大事にカバンへ仕舞う。
日曜日、買い物がてらわざわざ会社に立ち寄ってくれたのかな。
毎年、オレの誕生日になると律儀に届けてくれるイケダからオレへの誕生日プレゼント。
毎年、オレのセンスや体形に合ったTシャツを2枚、プレゼント用の包装に包み、手書きのカードを添えて届けてくれる。
こんなオレでもずっと慕ってくれ、泣いたり笑たり黙りこくったり、辛い時期も、いつもの位置でずっとそばにいてくれてたイケダ。
こーじも気を許し、イッパシの先輩気取りをして心底可愛がっていた。
今や一家の大黒柱として仕事に家庭に身を尽くしている。

イケダ、ありがとうな。
かわいいオレの弟よ。
また2人でこっそり泣こうな。
1人じゃ心細い場所や感情は、いつもお前がいてくれてる。
(2017.4.25[火])

〜香る記憶〜
いつもは東名高速の御殿場ジャンクションを左に外れて新東名に乗るんだけど、今日はどうしたものかそのまま真っ直ぐ来てしまった。
距離に多少違いがあるだけで、どちらもいずれ合流するので大した問題じゃないんだけど、こういうミスは珍しい。
考えてみれば、週末にリハーサルで使う”g109”や、仕事帰りに立ち寄る”三日月”に、向かってるそばから素通りしてしまうことはよくある。
考え事、または無心にボーっとしている時は、それが目的になってしまうんだね。
大体、曲がり角を過ぎたあたりで我に返り、そそくさと引き返す分、ヒトより少し遅れて辿り着く性分。

もう朝の5時前には白んでいる季節になった。
見慣れていない東名高速からの景色は新鮮で、単調な運転の合間、静岡の茶畑がなんとはなしの暇つぶしになる。
窓を開け外気を取り込む。
たくさんの匂いの中に、キンモクセイの香りがあったような気がしてふと我に返る。
そんなことはないのはわかっているのに、半ばムキになり、必死にキンモクセイの香りを嗅ぎ分ける。
オレのメメシサをあざ笑うかのように、やんわりと車内が、春の空気に入れ替わってゆく。
(2017.4.24[月])

〜忍忍〜
仕事柄、毎日先方にこちらの名前がファックスされ、積み込みや搬入の段取りの連絡を取り合うのですが。
名前が珍しいもので、ごくたまに(稀に頻繁に)、
”松平さんて、世が世であれば〜の松平さんですか?”
的なことを言われるんです。
大体、
”はぁ”
と半ニヤケで流すんですが、たまに歴史好きなヒトがいて、
”どちらの松平さんになるんですか?”
なんて追いかけてくる。
うまく答えられないでいると、大体ビミョーな空気になり、オチのないままやんわり相手が離れてゆく。(大人になれオレ)
”ボクはホントは忍者なんだ”
と長い間ウソをついていた少年時代は楽だったなぁ。
誰も見ていないのに、
”忍忍”
と呟きながら歩いていた。
昔から常に、”ホントの自分じゃない何か”になりたがっているフシがある。
だから時々、
”マツヒラさん”
と読み間違われると嬉しい。
”はい、マツヒラです!”
と喜んで答えてしまう。


自分の苗字とはいえ、立派な名前なのかもしれないけど、
”世が世なら”
なんて言われると微妙。
今はその”世”じゃないからね。

今思えば、
”そうなんです。生まれてくる時代を間違えちゃった。ははは”
なんて答えれば、きっと先方もうまく話を下げられるんだろうけど。
その場になってしまうと、
”まあ。。はははは”
と、だらしなく相手を困らせる反応をしてしまう。

まるっきり独りぼっちで、シラフの時のオレのつまらなさ、鈍臭さ、不器用さには、我ながら驚いてしまう。
それがバレるのが恐くて、多少遠回りをしても、コソコソコソコソ裏路地を忍び歩いている。
なんか自分て、誰かに似てるなぁと考えたら、タヌキだ。
夜な夜な水無川を徘徊してるあのタヌキだ。
ガクンと椅子から転げ落ちそうになった。。
歴史上の偉人とかじゃなかったね。。
(2017.4.20[木])

〜苦笑い〜
昨日は仕事帰りに三日月へ。
寝不足と空腹と疲れた体に熱燗が沁み入る。
ちなみに三日月のお酒は”沢の鶴 辛口”を置いてもらってる。
夏場は冷酒用にもう一本置いてもらおうと思っている。
銘柄はもう決まって千葉のお酒”梅一輪”。
各地の銘酒が手軽に味わえる世の中になったとはいえ、この二本は特別な酒。
舌で味わうお酒は出先でいい。
普段の馴染んだ味がオレには”美味しい”。
ちょうど三合。
平日はダラダラとは呑まない。

他にお客さんがいないと笹田さんと楽器で遊ぶ。
最近はアコギに加えエレキも置くようになった。(お好み焼き屋です)
楽器が2つあればセッションが叶う。
しかし笹田さんは大したヒトで、音楽に関しての質問(ミュージシャン、理論)にはなんでも答えられる。
オレが文章や指板上で覚えた、基礎的な理論に対して、実践的に説明してくれるのはありがたい。
ここ最近、このわずかなレクチャーでかなり音楽への理解が深まっている。
ただ笹田さんは熱が入ってくると早口というか、ペースが上がってくるので、そうなるとオレの頭がついていけない。
途端に”カラ返事”になるオレを見て、笹田さんも苦笑いして厨房へ戻る。笑
月末など金欠になっても三日月に入り浸り、小銭を数えながら酒を呑んでるオレを見て、やっぱり笹田さんは苦笑いしてる。
笹田さんの顔を思い出すと、苦笑いをしてオレを見ている表情だ。
ただ昔のオレからすると、すっかり大人になったと感心もしてくれてる。
昔のオレのよく言えば”自由奔放さ”を、2人して、誰か別の人間のことのように話しているのは面白い。

生きている限りヒトは変われる。
血なんかじゃない。
環境によってヒトはどうにでもなる。
腐りそうなら、いっそ逃げてしまうことだ。
後から、片付けに戻ればいい。
(2017.4.13[木])

〜生まれ月〜
妻が妊娠しました。
。。。
嘘です。
2つ嘘をつきました。
そもそも結婚してませんし。
エイプリルフールです。(遅っ)

4月なんですね。
フェイスブックなどで友人たちの子供の卒園、入学式の写真を見るにつけ、なんだか追われるような月日の流れ、もしくは時代の移り変わりのようなものを感じるようになりました。
オレも今月で42歳。
若くもあり大人でもあり、1番旬の時期を生きているのかもしれませんね。

今朝は滋賀県の東近江で朝。
半袖を2枚着ています。
もう長袖はいらないかな。(早っ)

今週末にでも、少しは花見っぽい束の間の時間をつくれるかな、と思っていたけど、週末は天気悪いみたいですね。
今年は縁がなかったということにします。
(2017.4.6[木])

〜こーじの誕生日〜
3月23日。
今日は、こーじが生きていれば41回目の誕生日。
同級生とはいえ、オレは4月生まれだから来月42になる。
写真のこーじはずっとそのままだ。
オレだけが齢を重ねていってる。
生きて離れてしまったのであれば忘れられたのだと思う。
死んでしまった分、何かにつけ思い出す。
落ち着いてくる感情と募ってゆく感情。
影のように、オレが立っている証拠として、走れど背けどぴったりとそこに在る。

コロコロと、ホントかわいい少年だった。
野球チームに所属してるくせして、サッカーのコーチを務めるとーちゃんの後についてきて、オレ達に混じってサッカーボールを追いかけていた。
”なんでサッカー部じゃないのにここにいんだよ!”
とオレに怒鳴られ、あの時は、
”怖くて泣いた”
とずっと言っていたけど、オレの記憶は何人かに文句を言われている間に分け入り、
”こーじだけはいいんだ!”
とかばってやったと記憶している。
どっちの記憶が正しいのかわからないけど、きっとこーじの言う通りなんだろうな。
オレはホント可愛げのない少年で、こーじは可愛げの塊のような少年だった。

休みの日になると、いつもポテトチップスの袋1つ持ってうちに遊びに来る。
二日酔いで(中学生です)布団から出られないオレの横でパリパリとポテトチップスを食べるのが日課だった。
あまりにもオレが起きないでいると、そのまま帰ってしまうこともあった。
食い終わったポテトチップスの袋を残して。
食い方まで憶えてる。笑
プレス機のように数枚を口に放り込み、犬のように噛み砕いていくオレと違って、1枚1枚をいちいち横に持ち咥え込み丁寧に味わっていく。
”こーじ。ビンボーくせー食い方だなー”
と腹がよじれるほど笑い合った。

そんなイガグリ坊主も41かぁ。
オレが死んだら、その後のオレの日々を話し合いたいな。
胸を張ってその時を迎えるために、今を生きるのみ。

41歳のこーじ。
もううまく想像できないや。
(2017.3.23[木])

〜霞の向こう筑波山〜
寒の戻りから戻り(わかりにくい表現)、朝の風もすっかり春。
今週もたくさんの町に行ったな。
航海の数だけ事故を見る。
無事に帰って来れてることに感謝。
今朝は筑波山が近い。
茨城は結城市で朝を迎えてる。
栃木との境目なのか、車のナンバーも土浦、栃木、つくば、といろいろだ。
関東平野特有の牧歌的、土っぽい景色。
この近くに住む友人に思いを馳せる。
思いを馳せるということは、思い出、顔、その時にいた仲間を思い出すということだ。
夢だったような、遠い遠い他人の記憶を触るよう。

明日からセッションやリハが続く。
なんて幸せなことなんだろう。
ずっとその瞬間を見据えこの1週間を過ごしてきた。
なんとか開花した一瞬を紡いで、一本の線にしていきたい。
やっとやっと軌道に乗ってきた。
あとは時間の問題だ。
明日明後日と1日先が待ち遠しい。

昨日は嫌な夢をたくさん見たから、今朝のこの当たり前の現実社会が嬉しい。
(2017.3.17[金])

〜1日1日〜
あの震災から今日で6年。
ずっとずっと遠い昔のような気がする。
仮設住宅に暮らす人がいる限り、まだまだ復興の途上。
昔話にしてはならないよね。
なんだかよくわからなかった計画停電。
原発再稼動、依存への向はいっこうに留まることを知らず。
報道されなければ”起きてない”にしてしまうのは、受け手の怠慢。
テレビは時々点ければいい。
片手に収まる端末が世界まで繋がっている。
事実を知るということは、真実を見極めることだ。
無力と嘆くのではなく、真実を知ることこそ立派な支援になる。

毎年、藤原の亮ちゃん主催の東日本大震災復興祈念ライブ”そうぞうりょく”に参加させてもらっていた。
Vol.1はこーじと出ていたんだよな。
りえちゃんも観に来てくれて、3人で東神奈川の立ち呑み屋に行ったのが懐かしい。
翌年からはこーじと出ることが叶わなくなった。

今回で6回目になる”そうぞうりょく”も場所を移し先週行われた。
今年はスケジュールが合わず参加できなかったけど、メンバーを変え場所を移し、それでも続けていく亮ちゃんの姿は頼もしい。
これからも違う形でも応援していきたい。

生きていくことは辛いことだ。
冷たい冷たい水に体をさらされ、生き絶えた本人になれないからだ。
一生懸命に気をそらし、時には笑いながらも1日1日と戦ってきたんだろう。
6年、長い長い、近くて遠い月日。
2017.3.11[土]


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