昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

ライブ配信
 千葉は房総の方まで来てます。
神奈川から都心を抜け、真東にぐんぐんと都心を離れる。
千葉は、海沿いが近くにつれ最果て観が増す印象で、朝からの驟雨も手伝ってか、なんだか気持ちも陰の方へと傾きやすくなる様。
 読めない漢字表記の地名も多くなり、いよいよ異国情緒も色濃くなる。
 外気温14℃。
半袖では寒い。

 明日はg109にて無観客、配信ライブ。
初めての試みだ。19時30分〜
トークも交えての90分。
g109のyoutubeチャンネルも開設されたので、明日のタイミングに合わせオレのyoutubeチャンネルも公開しようと思っている。
youtuberデビューだ。笑
チャンネル名は"tadatomo channel"。
登録よろしく。
音楽に限らずいろんなことを配信していきたい。
なんとなく動画の編集も慣れてきた。
 言付けにハトを飛ばすようなアナログだったオレが、こんなことは始めるなんて。
ジンセイはホントわからない。
 こんな未来が来るなんて想像もしてなかった。
ことあるごと、瞬間瞬間にそう感じることが多くなった。
 きっと今、この時も、永遠なんて有り得ない。
 だからこそ、今を深く大事に向き合う。

今日のランチはセブンイレブン。
(2020.5.22[金])

テレビさえ点けなければ
 テレビさえ点けなければ平穏な毎日。
川沿いの遊歩道などを歩いていると菜の花、葉桜、川面に浮かぶ桜の花びら。
恥ずかしくなるような"正しいニッポンの春"、真っ盛りを目にする。
テレビさえ点けなければ。。
 半径数メートルのオレのジンセイだけ見てみれば、テレビ、マスコミ総出で芝居を打っているのではないかと思えてくる程、通勤の道すがら、京都は都踊りの垂れ幕のような平穏平和な景色の毎日。
 テレビなんて観ない方がいい。
どこぞの医師だの医学博士だのの先生を持ち出し、
"風邪の予防は手洗いうがいです"
だなんて、学校のポスターのようなことを言わせている。
ほとんどギャグだ。
しかも有識者も有識者で、司会者に頼らない場慣れしたCM前の言い切りの後に、
"イソジンうがい薬"
だなんて、図ったかのようなCM。
テレビなんてスポンサーに媚び売るプロパガンダのようなもの。
 情報番組なんて言って、直結しているのはスーパーの陳列棚なんだ。
 最近youtubeもCMがうっとおしいな。
媒体が変わるだけで、こちらもいずれスポンサーの犬に成り下がるのだろう。
 案外、ハナからテレビなんて観なければ、この新型コロナ騒動も存在していなかった、なんてことも有り得たりして。
 見えない幽霊に白装束を着させるのが、テレビの仕事。
 どこかで儲けているヤツがこの国を牛耳っている日本の闇。
 

 

 

 

 
(2020.4.17[金])

離れつつさっと逃げる
新型コロナ事態に、毎日毎日ただただ終息を祈るばかり。
 先月は、お袋の子宮頸癌克服からちょうど5年を経て、検査結果良好の安心と同時に、新たな体調不安からの検査検査が始まり、付き添いの日々。
(結果、癌腫瘍見つからずひと安心)
と思ったら今度は自分で、急な発熱、よじれるほどの腹痛で仕事復帰と思いきや3日寝込む始末。(急性腸炎)
 やっとやっと仕事に戻れ、いつもの日常を取り戻した昨今であります。
 2週間近くロスした日銭は惜しいけど、飲食業など、自制自粛で先の見えない不安にさらされている人を思うと、すぐと戻れる仕事があるだけで感謝しなければならない。
 
 ライブも、8月まで決まっていた全てが延期、中止となり、さっぱりと白紙になってしまった。
 こんなことは初めてだ。。
ただ、音楽のモチベーションだけは下がらないよ。
 この事態が終息した時、必ずもっともっと理想に近い自分に近づき、自分の望む表現、音、歌が見えているはずだ。
 ピンチはチャンスなんて言うけれど、音楽的な部分だけで言うと、こういう機会は貴重な空白期間。
走り出したら止めることが難しいライブスケジューリングの中で、この機会は滅多にないチャンスだと思っている。
  
 一直線上にある"既存のオレ"というものを、かなぐり捨てるいい期間なのかもしれない。
 
 
 
 
 
(2020.4.16[木])

いつもそばに
 朝から降り出した雨。
シトシト煙る名古屋。
ベッドマットの荷下ろしは、巨漢と相撲をとっているよう。
とはいえシングルやダブルなんて楽勝。
フレーム付きやホテル用の分厚いキングサイズとなると、手も回らず重量もあり、背負い投げの途中のような状態で運ぶことになる。
朝とはいえ、しんなりと汗をかく。

 9年前の今日までは、みんな笑顔で、平凡な暮らしという"幸せ"の中を生きていたんだ。
 風化させないということは、日々置かれている状況に感謝するということでもある。
生きたかった命がたくさん失われた。
 我々はどうだ。
日々、贅沢な悩みに深刻になり、いちいち死にそうになっている。
フォーカスする部分が目先3歩程度で、遠くの花火、対岸の火事、うちの子にかぎって、、、テレビの中は別世界のことだと思っている。
 生きたかった今日。
我々は、死者の無念を背負って生きていく。
 今日も君らの骨と、尊い1日をドライブ。
 
 
(2020.3.10[火])

自分の視界
 新型コロナの影響も音楽イベントなどにも出てきていて、5/5、毎年開催されてきた大船ライブパーティーも延期との連絡が入りました。
これ以上の影響、被害が拡大しないように祈るのみ。
なんだか、謎のウイルスで世界が滅びゆくSF映画を見ているよう。
それに伴う風評被害、差別などの瞬発的な現象を見るにつけ、我々はハンセン病、オイルショックなどの時代からなんら変わることのない思考なんだなぁ、なんて思うこの頃。
 少し落ち着いて事態を見守る。
我先にとトイレットペーパーやマスクを買いに走るなんて愚の骨頂。
 
 時々、豊かさや贅沢、を考えさせられることがある。
いい車に乗り値段の高い衣服を身につける。
そういうのが好きなヒトはいいんだけど、ただただ、そういった物質資本主義的な価値観が豊かさの基準となっているヒトがいる。
それは違うんじゃないかなぁと思う。
自分を満たすものは値段など関係なく、それが自分の生き方や趣向にピッタリとフィットするもの、手にすると自分の中の欲求がウキウキと満たされるもの。
そういうモチベーションこそ、豊かさや贅沢なんだと思う。
 他人にとってはガラクタでも、自分にとっては大事な宝物。

 昨夜は宝物のひとつを壊してしまった。
それなんて、山から拾ってきたものだからね。
そんなんでも大事にしていたから、少し落ち込むんだ。
 
 
(2020.3.5[木])

夢でもいい
 肉体労働、現場仕事系など、休憩時や、ちょっとしたお礼の時などに、ほいっと缶コーヒーを手渡したりするのは日常茶飯事的な習慣としてありまして。
今朝は出がけに1本、出先で2本。(ありがとうございます)
すでに3本。
 昔は、喉が乾いていなければ、
"いや。いいっすよ"
なんてバカ正直丸出しで、差し出した手を困らせていたな。
 
 昨日ぐらいから、隙あらば寝てしまう。
何かに疲れているのか。。
気力、集中力なし。
まあ、こんな時もあるだろう。
 束の間の浅い眠りは、いくつもの夢を見る。
その中には今でもこーじが出てくる。
 当たり前のようにこーじの声を背にして、馬鹿のようにはしゃいでいるオレがいる。
"こーじー。この踏切は、ちょうどオレと同じ高さに上がるんだぞ。あぶねーよなー。"

 目が覚め目を開けるまでの刹那、今オレはどこにいて何をしているのか、じーっと魂が戻るのを待つような、不思議な目覚め。

 
 
 

 
(2020.2.27[木])

病み上がりのギラつく朝
 相変わらずの知恵熱体質というのか、今週末に控えている待ちに待った2日間の山籠りに合わせたかのようなタイミングで風邪を引いてしまい、、、。
離脱できぬ仕事のサイクルの中、昨日おとといと一直線に我が家へ帰り、早々に湯たんぽを抱きしめ床につくという2日間のおかげか、今日は熱も下がり、病み上がり特有のけだるさと共に、心底の安堵。
 久しぶりのキャンプ連泊、しかもテント持たずのナイフ1本ブッシュクラフトキャンプ。
とはいえ、いろいろ持って行きますが。。

 いろいろと道具や心、アイデア、イメージ、夜な夜な準備をし温めていた分、安堵もひとしお。
 今回、クッカーは(食器のこと)、昔懐かしい飯盒を持っていく予定。
いくつもの旅の途上、こーじやオレの腹を満たしてくれた、今となっては思い出の詰まった道具のひとつ。
内蓋は皿になり外蓋はフライパン。
本体は煮炊きはもちろん、そのまま丼にもなる。
ザックにフィットした形状で、側面も広い分、わざわざ吊るすことなく横から火を当て煮炊きできる。
 体調悪い中、2日間かけて洗剤につけ焦げを削ぎ、デコボコを直した。(2、3度どついただけだけど)
 鼻水を垂らしながらでも、そんな時間も至福というものだ。
 今夜もシコシコと最終準備。
夜明け前の愛知は豊橋に着き、すでに早く帰りたくて暗い中ギラギラしている。
 
 


 
 
(2020.2.21[金])

東京タワーで朝
 日の出前に芝公園に着け、東京タワーをポカーンと眺めている。
暗闇の中、暖色系に浮かび上がる東京タワー
は神々しい。
昨夜の冷気をそのままに、今朝も冷え込んだ。
暖冬に弛緩した身には、ことさら骨身に染みるよう。
手袋をつけていても、麻痺の残る右手の指3本は氷のよう。
痛み冷たさというよりも、無機質な感触。

 昨日のこの時間は、滋賀の山上の工業団地で見る見る積もりゆく雪を眺めていた。
今朝は都心に入り東京タワーの足元にいる。
仕事とはいえ、有り難くも毎日違う朝の風景を感じられる。
 そんな毎日なだけに、週末我が家で迎える朝というものは新鮮でいられる。
起き抜けすぐに、だるまストーブに火を入れ朝食前にコーヒーを淹れる、そんなささいな時間がしみじみと好きだ。
 
(2020.2.7[金])


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