昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

心の準備
 今週も無事終了。
横須賀、相模原と回って午後一に海老名で積込み。
県をまたがぬ1日。
ゆっくり246を走っても1時間足らずで帰れてしまう。
 少しくたびれたので途中コンビニに停まり足をハンドルに投げ出す。
 暑さ、湿度のせいか身体が重い。

 なんでもない一日一日でも、お袋にとっては日々最終章のようなもの。
 先日、訪問介護の○○さんに、
"葬儀屋の手配もしておいた方がいい"
と言われたけど、なかなか行動に移せず。
 生活に必要になるキーボックス(訪問ヘルパーや介護士、医師用)、日々激しく消耗するティッシュ、食べたい物、飲みたい物、銀行の振替や手続きetc。
そんなものならすぐと動いて解決しているのに、葬儀屋の手配ともなると、腰が砕けるような気後れがある。
 ホントならば気持ちを切り替え粛々と動くのだろう。
 その一歩がなかなか出せない。
 
 今までの時間を取り戻すような毎日の電話。
 必要な時期に吸収し得なかった空虚を埋めるには、時間が経ち過ぎてしまったようだ。
 母、母性を思い出すより早く、新しい関係が生まれつつある。
 時折り見せる、オレを気遣う母親の一面にさえ、もう子供には戻れなくなっている。
 "もう早く楽になりたいわ"
 気丈に生きたお袋はもういない。

 明日行ったらたっぷりマッサージをしてやろう。
 猫のように気持ち良さそうに目を細める、そのまま、オレの手のぬくもりの中で眠ってくれたら互いの本望だろう。
(2021.5.14[金])

モーニングルーティン
 横浜は東京湾に面した工業地帯。
風は強いけどカラっとしていて気持ちいい。
寒くもなく暑くもなく、ちょうどいい季節。

 昨夜は22時就寝。
4時半起床。
身体が生き返った感のある気持ちのいい目覚め。
 まだ明けきらぬ中、股の間で丸くなっていたフーコが先導してくれ、手を取り合うように暗い階段を降りる。
 カーテンを開け白湯を飲みフーコにはミルク。
 朝食を作りながらフーコのオムツを替える。
朝は"ながら行動"で時短に務め忙しい。
 
 朝食は豚肉、モヤシ、キャベツ、エノキ、ニンジン、冷蔵庫にあったものをたっぷりのオリーブ油で炒め、自家製ポン酢をぶっかけたもの。
フキの煮物、キムチ、千枚漬け、生卵。
千枚漬けと生卵には手をつけず。
ご飯大盛り2杯。
もう1杯いけたけど、大人気ない気がしてやめる。
 自家製ポン酢は、大根おろしに醤油とレモン汁を合わせたもの。
コツはレモンを絞ることを面倒くさがらないことと、種が入らないようにザルで濾すこと。
 鶏の水炊き、バターで焼いた牛肉など、なんにでも合う。
 食後はコーヒーを淹れ縁側で一服。
着替えをし目クソをとりながら飲み干す。
 食後はコーヒーカップ片手に動くので、ズボンやシャツにコーヒーがはねるけど、会社に着いた頃にはそれも乾いてる。




 
 
(2021.5.12[水])

月に願いを
 今日で46歳になりました。
 今朝(といっても午前2時)、目覚め良く2階から降りていたら、さっきまで足元で眠っていた愛猫フーコが追いかけてきたので、フーコを踏まないように気をつけながら一緒に階段を降りました。
 フーコと話しながら手早く朝食を済ませ(夕飯を抜いているので晩飯になるのかな)、毎朝の恒例、愛しいフーコに後ろ髪を引かれながらの出勤。
 今朝は愛知にいるのですが、途中駿河湾を照らす満月はなんとも筆舌に尽くしがたく、駿河湾内がとんでもなくでかい照明で照らされているような月明かりに、まさに目を見張る、そんな思いで眺めていました。
 天からの誕生祝い(スケールでか)のように勝手に解釈し、視界から外れるまでしつこく光景を目に焼き付けていました。
 月明かりが眩しい、なんて形容矛盾になるのでしょうが、海上にいればそんな感じだったのかもしれません。
 地球美とは、なにも世界遠方、秘境の地にあるだけではなく、瞬間瞬間、タイミングで日常、すぐそこにあるものなのかもしれません。
 どんなに星がきれいでも、見上げなければ無いのと同じ。
 常に目先を遠く、そんな瞬間を見落とすことのないような自分でいたいと思った46の春でした。
 母みちこよ、産んでくれてありがとう。
来年もどうかこの姿、見せられますように。
 
(2021.4.28[水])

君が笑ってくれるなら
 寒暖の差が激しく、朝は真冬と変わらぬ服装で出勤するも、日中は半袖になりエアコンをつけての運転。
 仕事帰りの家路では、面倒なので出勤時の服装で歩き出すも、ほどなくして汗ばみ出し、脱ぎ着に忙しい。
 
 最近は生活のルーティンで変わったことがある。
 昔から、家へ帰ってきたら先ず風呂だったのが、最近では"先ず酒"。
ビールがあればビール。
なければウイスキー。
パブロフの犬の如く、玄関で靴を脱いだ瞬間から唾液が溢れてくる。
 いちいち風呂へ入り部屋着に着替えテーブルにつき、
"やれやれプシュ乾杯"
までが面倒になり、そんなことをしてたら、酒飲みたさに全てがオロソカになってしまう。
それだったら最初にケリをつけてしまえばいい。
と、なった次第。
 
 もう一つが、ソファーで寝るようになった。
寝室は2階にあり、大事にしてるスノコ型のベッドにそれなりの寝具もあるのだけど、寂しがり屋のフーコ(愛猫)に添い寝していたら、すっかりとそれが習慣になってしまった。
たまに、
"今日は2階で寝るか"
などとバリの富豪のようなことをのたまっている次第。

 子供の頃から、出先ではウンコをがまんしてパンツを汚してしまったり、お泊まり会などに行っても寝る時間になると帰ってきてしまうような性分がそのまま大人になってしまった結果、
"こうでなければだめ"
"オレはこうだ"
という思いが強く、今思えば随分と生き辛かったように思う。
 環境や経験で人は変わる、とはホントのようで、最近では、
"まあそんなものかも"
などと随分と柔軟になり、結果気持ちも楽に生きられるようになった。
 "環境や経験"
とは、
"人、出会い"
とも言い換えられるように思う。
"猫、出会い"
にも等しい。
 
(2021.4.8[木])

忘れられない一枚
 東京とはいえあきる野市は惚れ惚れするほどの新緑が萌えている。
千葉は房総あたりに似た低い里山が連なり、針葉樹には足りない低い稜線一面、広葉樹特有の明るい新緑が景色全体を明るくしている。
それは圏央道をあきる野インターで降りた途端、実感できると思う。
まだらに浮かぶ桜のピンク、枝垂れ桜の濃い色と、こだまするウグイスの鳴き声。
あまりにも出来過ぎていて、思わず京都は南座で観た"都をどり"のセットを思い出す。
 
 幹線道路は選ばず県道を伝い景色を楽しみながらの帰路。
 少し気持ちに余裕ができた時にこそ、そっと注ぎ足されるかのように外の景色が入ってくる。
 
 昨日からお袋の緩和ケアに医療麻薬が加えられた。
 効果は速攻で、やっと痛みから解放されたお袋の声は、なんだか懐かしくなるほど元気で、思わず目頭が熱くなる。
 限られた命、それまでを穏やかに自分らしく過ごす、この理念は緩和ケアに限らずみんなに当てはまること。
 毎日たくさんの命が予期せぬ事故、事件で断たれているのは、対岸の火事ではない。

 途中、相模原に入り小学校の卒業式に出くわす。
学校の門に立てかけられた○○小学校と書いてある看板に記念撮影の列が出来ている。
両親の真ん中で恥ずかしそうにカメラに収まる子供たち。
 たしかオレにもそんな写真があったな、なんて思いながら眺める。
 母親の横で鼻の穴を膨らませ絵描きのようなハンチング帽を被っているオレ。
その横には大好きだった自慢の美しいお母さんがニコッと笑って映っている。
その表情も服装も、緑がかったその画質も、すぐと思い出すことができる。
 
(2021.4.6[火])

辿り着くは終わりではなく
 昨日から4月。
明日もお袋のところへ。
砥石を持参。
鈍った包丁を研いであげるため。
趣味が人の為になるのは嬉しい。

 中央線から見下ろす神田川の川面に、鮮やかに散りばめられた桜の花びら。
明日は先週より賑やかなことだろうな。
 
 両国橋から浅草橋へと隅田川を渡ると、屋形船の屋号を掲げたヤグラが目立つ。
ちょうどそこが神田川が隅田川に合流する出合い。
先週はそこらへんをプラプラ歩いた。
 井の頭公園からフツフツと湧いた水が、中央線沿いに流れゆき、隅田川へと注いでいく。
 1つの川を多角的に見てみるのは楽しい。
 普段見る何気ない近所の川も、どこから流れ出て、どこへ辿り着いているのか。
 意外とみんな知らないものだ。

 山を源とする川もあれば、湖から流れ出る川もある。
支流が合わさった大河とは逆に、大河から枝分かれした分水の河川もある。
 
 目の前の光景は、それが独立した形を成して見えど、よくよく知ればただの通過点の瞬間に過ぎず、川面に佇みウットリとしてるのはこちらだけで、川はただただ上から下へと流れているだけだとわかる。
(2021.4.2[金])

新たな治療
 首都高から荒川を渡り浦和から東北道へ。
途中、荒川の河川敷の桜が満開。
昨日も名古屋からの帰路、東名高速、静岡県内あたりは、茶畑広がる里山にポツリポツリと満開の桜が目立つようになった。
 さりとて特別な感慨もなく無機質に眺める。
 来年お袋は桜が見れるのだろうか。

 医者曰く、秋までもつかどうか。。。
 10cmほどに進行した癌。
それに伴う大腸の転移も見られ、ここ最近は高熱が下がらない。
 今は無理な延命治療は避け、緩和ケアへ移行。
 ケアマネジャー、訪問介護に加え、来週からは訪問ドクターによる観察、ケアが始まる。
 ホスピスへのエントリーもしておく必要がある。

 今日は午前の仕事を終え上京。
西洋医学の限界を見たとはいえ、違う治療法は用意してある。
カバンの中に希望の治療薬を用意して。
最後の望みを持って出向く。
 
 いずれ死ぬんだオレだって。
だとしても希望を失って生きるのは忍びない。
 "大丈夫だよ。任せておきな"
この姿勢は崩さないと決めている。
 医者がなんだ、癌がなんだ。
オレがいるじゃないか。

 気丈に振る舞う必要などない。
信じて疑わず希望を失わなければ、
そこには心からの笑顔が生まれる。
 オレの笑顔を、癌細胞たちが嫌な顔をして迎え入れる。
 医者を驚かせてやるんだ。

 
 



 
(2021.3.26[金])

言葉
 昨日はこーじの誕生日。
生きていたら45歳になったんだね。
フェイスブックとインスタでハッピーバースデーを演奏し捧げた。
 仕事の空き時間を狙った少ない時間でのアレンジ、録画、編集だったので、ちょっと不本意、ミスもあるけど、45才になったこーじを想像しながらご覧いただけたら嬉しいです。
 こーじとは同級生だけど、誕生日が約1年違っていて、3月生まれのこーじと4月生まれのオレ。
同い年になった翌月にオレの誕生日が来る。
 こーじが45になったということは、来月オレは46。
 よく、
"50になったらガタがくる"
なんて言われるけど、50まではまだ4年もある。
 体力維持、向上、探究心を持てば4年後にはまた理想に近づけた自分が待ってるんだ。
 
 誕生日に毎年のように言われ、正直イラっときてる言葉がある。
"おじさんになったね"
このとってつけたような付属の文言。
30になった頃から言われている。
だとすると、世の中はおじさんおばさんだらけ。
つまり、おじさんおばさんが世の中。(意味不明)
 そもそも、小鳥に羽が揃い、飛び立てるようになったのに、成長になった彼(彼女)にいつまでも、
"飛べるようになったね"
なんて言わない。
もっと年を重ねることへのポジティブな言葉が出てこないものか。
 
 言葉はその人を現す。
教養、センス、捉え方。
 その人の使う言葉で人の魅力は雲泥に変わってくる。
 普段、話すことより聞くことを心がけている。
 口が達者でズル賢い人よりも、カタコトでもいい笑、心が真っ直ぐな人の方が、こちらも思いを伝えたくなるというものだ。
 
(2021.3.24[水])


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