昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

いつもそばに
 朝から降り出した雨。
シトシト煙る名古屋。
ベッドマットの荷下ろしは、巨漢と相撲をとっているよう。
とはいえシングルやダブルなんて楽勝。
フレーム付きやホテル用の分厚いキングサイズとなると、手も回らず重量もあり、背負い投げの途中のような状態で運ぶことになる。
朝とはいえ、しんなりと汗をかく。

 9年前の今日までは、みんな笑顔で、平凡な暮らしという"幸せ"の中を生きていたんだ。
 風化させないということは、日々置かれている状況に感謝するということでもある。
生きたかった命がたくさん失われた。
 我々はどうだ。
日々、贅沢な悩みに深刻になり、いちいち死にそうになっている。
フォーカスする部分が目先3歩程度で、遠くの花火、対岸の火事、うちの子にかぎって、、、テレビの中は別世界のことだと思っている。
 生きたかった今日。
我々は、死者の無念を背負って生きていく。
 今日も君らの骨と、尊い1日をドライブ。
 
 
(2020.3.10[火])

自分の視界
 新型コロナの影響も音楽イベントなどにも出てきていて、5/5、毎年開催されてきた大船ライブパーティーも延期との連絡が入りました。
これ以上の影響、被害が拡大しないように祈るのみ。
なんだか、謎のウイルスで世界が滅びゆくSF映画を見ているよう。
それに伴う風評被害、差別などの瞬発的な現象を見るにつけ、我々はハンセン病、オイルショックなどの時代からなんら変わることのない思考なんだなぁ、なんて思うこの頃。
 少し落ち着いて事態を見守る。
我先にとトイレットペーパーやマスクを買いに走るなんて愚の骨頂。
 
 時々、豊かさや贅沢、を考えさせられることがある。
いい車に乗り値段の高い衣服を身につける。
そういうのが好きなヒトはいいんだけど、ただただ、そういった物質資本主義的な価値観が豊かさの基準となっているヒトがいる。
それは違うんじゃないかなぁと思う。
自分を満たすものは値段など関係なく、それが自分の生き方や趣向にピッタリとフィットするもの、手にすると自分の中の欲求がウキウキと満たされるもの。
そういうモチベーションこそ、豊かさや贅沢なんだと思う。
 他人にとってはガラクタでも、自分にとっては大事な宝物。

 昨夜は宝物のひとつを壊してしまった。
それなんて、山から拾ってきたものだからね。
そんなんでも大事にしていたから、少し落ち込むんだ。
 
 
(2020.3.5[木])

夢でもいい
 肉体労働、現場仕事系など、休憩時や、ちょっとしたお礼の時などに、ほいっと缶コーヒーを手渡したりするのは日常茶飯事的な習慣としてありまして。
今朝は出がけに1本、出先で2本。(ありがとうございます)
すでに3本。
 昔は、喉が乾いていなければ、
"いや。いいっすよ"
なんてバカ正直丸出しで、差し出した手を困らせていたな。
 
 昨日ぐらいから、隙あらば寝てしまう。
何かに疲れているのか。。
気力、集中力なし。
まあ、こんな時もあるだろう。
 束の間の浅い眠りは、いくつもの夢を見る。
その中には今でもこーじが出てくる。
 当たり前のようにこーじの声を背にして、馬鹿のようにはしゃいでいるオレがいる。
"こーじー。この踏切は、ちょうどオレと同じ高さに上がるんだぞ。あぶねーよなー。"

 目が覚め目を開けるまでの刹那、今オレはどこにいて何をしているのか、じーっと魂が戻るのを待つような、不思議な目覚め。

 
 
 

 
(2020.2.27[木])

病み上がりのギラつく朝
 相変わらずの知恵熱体質というのか、今週末に控えている待ちに待った2日間の山籠りに合わせたかのようなタイミングで風邪を引いてしまい、、、。
離脱できぬ仕事のサイクルの中、昨日おとといと一直線に我が家へ帰り、早々に湯たんぽを抱きしめ床につくという2日間のおかげか、今日は熱も下がり、病み上がり特有のけだるさと共に、心底の安堵。
 久しぶりのキャンプ連泊、しかもテント持たずのナイフ1本ブッシュクラフトキャンプ。
とはいえ、いろいろ持って行きますが。。

 いろいろと道具や心、アイデア、イメージ、夜な夜な準備をし温めていた分、安堵もひとしお。
 今回、クッカーは(食器のこと)、昔懐かしい飯盒を持っていく予定。
いくつもの旅の途上、こーじやオレの腹を満たしてくれた、今となっては思い出の詰まった道具のひとつ。
内蓋は皿になり外蓋はフライパン。
本体は煮炊きはもちろん、そのまま丼にもなる。
ザックにフィットした形状で、側面も広い分、わざわざ吊るすことなく横から火を当て煮炊きできる。
 体調悪い中、2日間かけて洗剤につけ焦げを削ぎ、デコボコを直した。(2、3度どついただけだけど)
 鼻水を垂らしながらでも、そんな時間も至福というものだ。
 今夜もシコシコと最終準備。
夜明け前の愛知は豊橋に着き、すでに早く帰りたくて暗い中ギラギラしている。
 
 


 
 
(2020.2.21[金])

東京タワーで朝
 日の出前に芝公園に着け、東京タワーをポカーンと眺めている。
暗闇の中、暖色系に浮かび上がる東京タワー
は神々しい。
昨夜の冷気をそのままに、今朝も冷え込んだ。
暖冬に弛緩した身には、ことさら骨身に染みるよう。
手袋をつけていても、麻痺の残る右手の指3本は氷のよう。
痛み冷たさというよりも、無機質な感触。

 昨日のこの時間は、滋賀の山上の工業団地で見る見る積もりゆく雪を眺めていた。
今朝は都心に入り東京タワーの足元にいる。
仕事とはいえ、有り難くも毎日違う朝の風景を感じられる。
 そんな毎日なだけに、週末我が家で迎える朝というものは新鮮でいられる。
起き抜けすぐに、だるまストーブに火を入れ朝食前にコーヒーを淹れる、そんなささいな時間がしみじみと好きだ。
 
(2020.2.7[金])

国境を越えたら
 今朝は今季1番の冷え込みだそうで、滋賀は蒲生郡 日野町は吹雪いていて一面の雪景色。
久しぶりの雪道走行に気が引き締まる。
 雪道の運転は、運転技術よりも雪の状態を見極める判断力の方が大事。
外気温−2℃。
橋の上はタイヤの音が変わり緊張する。
 朝一のひと仕事を終え一路三重は鈴鹿へ。
積雪による渋滞を横目に工業団地を離れる。
 途中、スリップしたのか畑に突っ込んだ軽自動車があった。
通勤途中だったんだろう若い女性が、うつむき加減に運転席で救助を待つ。
トラックを付けガッチャを渡して引っ張ってやれば簡単なものだろうと思うも、片側1車線の渋滞の中ではどうにもならず申し訳なくも素通り。
 事故のショックより、ノロノロと行き去る渋滞車両からの人の目に晒される羞恥心の方が辛いのだろう。
傾いた運転席から出れぬ女性の心中を察するに有り余る思い。
 ただ、雪の多いこの土地なのに、ノーマルタイヤが多いのは謎。
 三重に入り鈴鹿はズッコケるほどの乾いた冬晴れ。
 ふんわり積もった車体の雪が、音を立てて溶け剥がれ落ちてゆく。
 

 

 
(2020.2.6[木])

 日の出前にアクアラインを潜り木更津から千葉へ入る。
館山道で一路南下し富津へ。
午後は南房総へ。
千葉特有の低山 里山な風景、新鮮な景色を走る。
現着後、日の出。
雲の切れ間を縫って強烈な朝日。
刺さるような日差しに恍惚となる。
 コーヒー豆を切らしていたのでコンビニでやっとコーヒーにありつく。
 帰りにコーヒーを買い忘れぬよう、腕に"豆"と書く。
ラジオでは節分の話題。
変な偶然に変な気持ちになる。
 
(2020.2.3[月])

北風の四日市
 北風の冷たい四日市。
いくら低温でも無風なら大したことはない。
冷たい北風はだめだ。
じっとしていると心が折れる。
特に今日はとても寒く感じる。(薄着だからだ)
 伊勢湾岸道では怖かった。
木曽三川を渡す橋では車体が揺れ、かなりハンドルをとられた。
まさか川に落ちるわけはないけど、ドスンドスンと揺れる眼下に、広い川面が見えるのはよくない。
三角波が立ち、波頭を見るとゆっくり海から川を逆流しているのがわかる。
 とにかく朝から強い北風。
外が過酷になればなるほど、畳二畳ほどのキャビン内に極楽を感じる。
 養老の山並みが寒々と雪化粧をしていて、見た目にも寒い。
 早く帰って熱燗を呑みながら湯船で暖まりたい。(別々にしろ)
 1月も今日で終わり。
梅の開花と共に、寒さ増すほど春も近づく。


 
(2020.1.31[金])


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