昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2011年01月の日記

〜想像できること〜
 今朝は寒かった。
水溜りはもちろんのことバケツの水も凍っていました。
池の亀たちはそれぞれの場所に潜って冬眠しているのでしょう。
池に活気がありません。
金魚たちもほとんど動かず、スープの中のワンタンのようにただ無気力に浮いているだけです。
 動かす前のトラックの中は、もうただただ鉄の塊のようなもので、冷凍庫のように冷え切っています。
飲み残しのペットボトルの水も凍っていました。
 最近は星野道夫さんのアラスカに関する本を読んでいます。
フェアバンクスなどは最も寒い時期などはマイナス60℃にもなるそうです。
ちょっと想像できない温度です。
 星野道夫さんの本にはたくさんのステキな言葉が散りばめられています。
 星野さんの言葉を借りるなら、
今ボクがこうして温かい事務所でパソコンに向かっているこの瞬間にも、アラスカの荒野でオオカミやクマが生きている不思議。
同じ時間をまったく環境の異なる場所で共有している不思議。
 アラスカに開発の手が入ると、そういう想像すらできなくなるんですね。
星野さん曰く、そういう自然が残っているからこそ、想像することができるんだ、というようなことをおっしゃっていました。
 わかるんだな〜その感覚。
ボクの場合はすごく小さい規模なんだけど、丹沢の山の稜線に目を置く時、いつもそのような感じで見ているのです。
 ここから見えるあの稜線の上には、こことはまったく違う空気、そして眺めがあるんだな〜、と。
 もしもあそこに山がなければ、ボクの生活はもっと感性に欠しいものになってしまうんですね。
(2011.1.31[月])

〜タロ・マハールだからね〜
 2月13日のタロマハールのライブのチケットが届きました。
前回は”パロマ・パール”となんだかガス器具のような名前で紹介されて本人は苦笑してたのですが、今回は、
”ダロマ・ハール”とプリントされてたみたいです。
なかなかホントの名前が受け入れてもらえずタロマハール本人は笑っちゃってます。
 ボクはなんかは、もうこうなったらイッソノコト、
”ダルマ・パール”
でいいんじゃないかと思っているぐらいでして、電話でのやりとりは危なっかしさを痛感させられます。

 しかし昨日のメジナはおいしかった。
型の大きい方をお店に持っていき刺身にしてもらいました。
頭と中落ちは塩を振って塩焼きに。
それを肴に日本酒を2合、2合、1合、1合、1合。
足して7合か。
一升酒になってないおかげで今日は二日酔いもなくすっきり。
今日は夕方前にジョギングに出て、帰ってきてから2合、2合、2合。。。
 毎日呑んでるな。
 おいしい肴においしい酒。
それに付き合ってくれる友。
それ以上何を求めようか。


 
2011.1.30[日]

〜スタジオにメジナ〜
 今夜はタロマハールのリハ。
もう一人のサポートギターのおのさんは昼間は釣りの人です。
 ついさっき、
”良型のメジナいりますか?”
とメールがきました。
大漁だったんだね〜、よかったよかった。
 ホントにこの時期のメジナはおいしいんです。
もちろん二つ返事で返信。
今夜はいきつけのお店でメジナをさばいて貰い、メジナの刺身で日本酒の人に決定と相成りました。

 先日、このいきつけの店におのさんを連れて行きました。
いつも頼む刺身三点盛りを注文しまして、
”おいしいでしょ?”
と聞いてみたところ、
おのさん、
”やっぱりいつも自分で釣ったの食べてるからね〜”
などと遠い目をしてノタまうのです。
なんだかこの人はどんどん漁師のおじいちゃんのようになっていっています。
 確かに自分で釣った魚をその日のうちに食べる釣り人なんかにすると、特にスーパーなんかのパックに入った刺身なんかは別物のように感じてきちゃうのはよくわかります。
 ボクも出されたモノをバカ正直に、
”うまいうまい”
とガツガツ食べるのをやめ、

”え?、いや〜、はは、どうもナポリタンと言ったら、本場ナポリで食べたあの味を舌が忘れられなくてね〜”

なんて言って墓穴を掘りそうなので。。。やっぱりやめときます。


 
2011.1.29[土]

〜山小屋暮らし〜
 深夜のトラックの友はラジオです。
一時トラックにテレビを備え付けて、運転しながらワイドショーばかりを観ていた時期があります。
考えてみると危ないよね。
 普段からテレビはほとんど観ません。
そもそもテレビ自体を持っていないのです。
テレビを生活から排除してから10年近く経ちます。
 例えば恋人と部屋で一日過ごすとなると、テレビがないとけっこう時間を持て余します。
そういう時はそれぞれの好きな音楽をBGMにとりとめのないことを語り合ったり、ギターを手にして歌ってあげたり、より親密な時間を過ごすことができます。
 例えばそこにテレビが一台あると、ボクは阿呆のように口を開け、終日テレビの人になってしまうのです。
”そういうジンセイは嫌だ”
とある時宣言をし、テレビを捨ててしまったのです。

 あと照明。
”無駄に明るくなくていい”
とある時ボクはこれまた宣言したのです。
そして、
”脱蛍光灯”
とういうスローガンを掲げたのです。
あの白くて無機質な明かりは、例えば職場の事務所や倉庫でいいのです。
明かりはなるべくなら質素の方がいい。
なのでボクの夜は二つの小さな間接照明で過ごしています。

 ボクの部屋は山小屋と呼ばれています。
(2011.1.28[金])

〜弘法山からの景勝〜
 朝(と言っても昼前ですが)起きまして、納豆ご飯を食べまして、山に行くか、川に走りに行くかします。
 今日は山の日でした。
夏にはウッソウと茂る弘法山も、この時期は落葉して山肌がアラワになります。
遠目に見ると落葉した木々はかすんでモヤがかかったように映るだけでして、まさに裸にされた色っぽい山が恥ずかしそうに佇んでいる観があります。
 登る方も何の障害物がないもので、下界から見られながら登るようになりますが、もちろんわざわざ山を見上げている人などおらず、下界にも上界にも右にも左にも視界の利く空気の乾燥したこの時期は、景色を楽しむにはウッテツケの季節なのです。
特に今日は視界が良く、横浜のランドマークのビル群から、伊豆の半島の方まで、はっきりと見ることができました。
視界が良いということは音の伝達も良く、富士の方から大砲の音が地響きのように届いてきます。
 平和的風景には不釣合いなBGMです。
 山には高齢のハイカーが目に付きます。
お昼の時間帯にはみんなお弁当を広げてそれぞれ展望のいい場所を陣取りランチを楽しんでいます。
 年配の夫婦も二人でひっそりと景色を楽しみながらお弁当を広げているのを見ると、なんだか微笑ましくもあります。
 こんな時間帯にモクモクと山を走るボクなんかは、そういった人たちから見たらある種異様かもしれません。
 なのでそういう時は、
”試合前の減量中のボクサー”
のような顔をして走ることにしています。
そうするとなんとなくみなさんも納得してくれたかのような雰囲気に感じるのです。
 これは地味に楽しいボクの遊びでもあるのです。
帰ってきてお風呂に入り、ビールを飲んで一休み。
ボクの一日はこれからなのです。
(2011.1.27[木])

〜幸せの夜勤〜
 今週は夜勤です。
みんなが働いている時間帯には寝ていて、みんなが起きる頃に寝る。
と思ってたら。
みんなが寝る頃には仕事が終わってしまうので、整理してみると。
みんなの仕事が終わる頃、ボクの仕事は始まります。
そしてみんなが寝床に就く頃、ボクの仕事は終わります。
もう少し話しを進めてみますと。
 みんなが起きる頃、ボクは寝ています。
みんながお昼ご飯を食べる頃、ボクは起き出します。
みんなが午後の仕事をしている頃、ボクは山に登っています。
みんなが3時のオヤツを食べている頃、ボクは山を降りてきまして、みんなの仕事が終わる頃、ボクは仕事に行きます。
 つまりボクの労働時間が短いんですね。
なので相変わらず空いた時間は山へ行きます。
別に芝刈りに行くわけじゃありません。
山の上へ登りジョギングをするのです。
 最近友人からipodをもらいました。
不思議なもので普段見慣れている景色にBGMがつくと、恥ずかしくなるほど艶っぽく見えるのです。
(2011.1.25[火])

〜寝相〜
 ボクは自慢じゃありませんが、ひどく寝相が悪いんです。
決まって腕を体の下に敷いたままの姿勢で寝てしまっているようで、寝起きは腕の感覚が完全に麻痺していることが多々あります。
よくよく考えると、寝てる間ずっと腕の血流を止めていることになるので、ヒジョーに不健康な状況だと思うのですが、なんせ本人は寝ているものでどうすることもできません。
 時々無理な角度に捻じ曲がっているのか、目を覚ますと指や肘などを痛めている時があります。
困ったことなのですが、これまたなんせ寝ている時なのでどうすることもできません。
 時々舌を噛んでいる時などもあるようで、なんだか寝起きの口の中が血の味がしてそのことに気づかされます。
口の中の血マメなんかはショッチューでして、きっと夢の中で何かを食べているつもりで自分の口の中を噛んでしまっているのでしょう。
幸せそうにクチャクチャと音をたてながら何かを噛んでいるつもりのマヌケな寝顔が、我ながら想像できます。

 昔よく彼女に、
”寝てる時、呼吸止まっている時があるよ”
と言われてまして。
いわゆる無呼吸症候群というやつでしょうか。
あまりにも気になった彼女が、ボクが寝入って呼吸を止めた時に、
”ほら、何してるの?”
と声をかけたそうです。
そしたら息を止めたままのボクは、
”ちょっと待って”
と答えたそうです。
何を”ちょっと待って”なのかはわかりませんが。
もちろん当人(ボク)にはそんなふうに答えた記憶はありません。
 
 この話にはウソのような続きがあるんです。
一晩に何度も無呼吸状態があるようで、その後もハタと呼吸を止めたボクに彼女はまた、
”ほら、まただよ”
と声をかけたそうです。
そしたらボクはバホっと屁をこいたそうです。
 その時の無呼吸が屁をこくためのリキミだったのか、いつもの無呼吸だったのかは、なんせ当人は寝ているので永遠にわからないままになっています。
 寝てしまってからのボクには、申し訳ないのですが責任が持てません。
ただし危害を加えるわけではないので、これからボクと寝るであろう人、ご心配なく。
危害は寝る前に加えます。
では、ごきげんよう。

 
(2011.1.24[月])

〜残念な一日の終わり〜
 昨日はクミさんとばったりスタジオで会いました。
小さい体にバンドネオンを二つも抱えて、近所のお家からやってきます。
 英語が堪能の人で、目下スペイン語を勉強中。
会うと必ずスペイン語で話しかけてきます。
去年の年末はベトナムに行ってきたとかで、バイタリティーの潜む静かな情熱家。
 ピアニストでありバンドネオン奏者であり旅人。
自分の力で自分のやりたいことにグングン向かってゆく様は気持ちよくもあります。
 そのクミさんからドラムのハナワさんが熱で寝込んでいると聞きました。
いつも鉄棒にぶら下がっていそうな肉体美のハナワさんなだけに心配でもあります。
 しっかり体を休めて、くれぐれもご自愛ご自慰してもらいたいものです。
 昨日リハーサルの後に伊勢原に寄りオロチョンラーメンを食べに行きました。
とりあえず生ビール。
最初の一杯はビグビグビグビが基本。
その生ビール。。。
すっぱいというかまずいのなんの。
生ビールの味で文句を言って何度もお店とトラブルになっているので、迷った挙句おとなしくオロチョンラーメンを食べて帰りました。
 なんか実にもったいない一日の終わりでした。
その生ビールの値段、650円。
 時代を無視したこの高価格が、生ビールの回転を悪くさせ品質を低下させる悪循環の典型です。
2011.1.23[日]

〜オノさん〜
 昨日は友人宅でスキヤキパーティー。
肉はあまり食べないけどスキヤキは好きです。
メインのスキヤキの前にサラダ、菜の花のおひたしとからし和え、餃子、ヤーコンのキンピラ、茹でた落花生などが出てきて、スキヤキの前に幸せの腹八分状態。
 この友人の食卓のすごいところは、野菜は全て自分のとこの畑で作った無農薬の野菜ということ。
新鮮で噛むとパリパリといい音をたてます。
スキヤキのネギだけは下仁田ネギでした。
これまた太くてマルイ味で美味。
 シメはスキヤキ雑炊。
スキヤキの汁の尖った味が仕上げに入れたとき卵でマイルドになりこれまた美味。
”まっちゃん、カレーあるよ”
と言うので雑炊の後はカレーライスも頂きました。
ホントよく食べた。
珍しくたっぷり野菜を食べた夜でもありました。
そして本日、2度の快便。
野菜は最後まで体にいいですね。
ごちそうさまでした。

 今夜はその友人とスタジオでリハ。
タロマハールというユニットで、去年からサポートギターをしています。
やるのは邦楽洋楽のカバー。
次回のライブでは、もう一人サポートをつけてやります。
 釣り仲間のオノさん。
元々はギターリストです。
今はギターより釣り竿を握っている時間の方がはるかに多い人です。
まだ小さい男の子のパパ。
”セイリュウ”という子で、オノさんは”セイさん”と呼びます。
奥さんはボクの幼なじみ。
酔うと何をしゃべっているのかわからないほどロレツが回らなくなる愛すべき古くからの友人です。
 ギターアレンジは一本より二本の方が数倍アレンジの幅が広がります。
前回の打ち合わせでは、いきなりイイ感じでした。
呑みながらの打ち合わせだったもので、後半はまたロレツが怪しくなっていましたが。
 ギター2本の音の場合、ボクは低い音と高い音のハーモニーを心がけています。
高い音に対して低い音で安心感を与えてあげます。
難しいことをやらなくてもそれだけでグっと雰囲気が出ます。
 ひさしぶりの友人との共演がすごく楽しみであります。
2011.1.22[土]

〜みんな同じ〜
 携帯に電話をもらう時、トイレや手の離せない仕事、携帯が手元にない時、などで出られない時があります。
そういう時は着信履歴を見て時間が空いた時に折り返し電話をかけます。
これって誰しも当然のことだと思うのですが。
 中には自分のタイミングで話したいのか、それを待てない人がいるんです。
着信を受けたすぐ後にメールが入ります。
それでも用件をメールしてくれればいいのですが、
”忙しいのに電話してごめんね”
のタグイの内容。
いわゆる”スネル”系なんですね。
 ボクは基本的に忙しい人間ではないので、”ただ今だけ手が離せない”
だけなのですが、そういう人はいちいち、
”まっちゃんは忙しそうな人だから”
という理由で、ふとした時の電話をボクに詫びるのです。
万が一にも、どんな忙しくたって電話ぐらいできます。
”忙しい”という理由だけで電話に出れないボクだと勝手に決め付けないでほしい。
と思うのです。
 大体いつもそういう感じで連絡してくるのは友人の中に二人いるのです。
男と女。
これが不思議なぐらい似た性格というのか、いちいちスネル感じが似ているのです。
 すぐに折り返しの電話を入れてもなかなか話してくれない。
二人に共通するのは、
”さっき話したかった内容”
なんですね。
 これは心理学的にヒジョーに着目すべき傾向だと思うのです。
ある種の孤独を二人に感じるのです。
その時、そのタイミングでなければ心が開けない。
その時に聞き手(ボクのことですね)が応えてくれない。
なおさら孤独を感じスネてしまう。
 ボクはいちいちその二人にそういうとこを注意したりしません。
な〜んにも気づかないフリをして、いつものボクで話します。

”誰だって同じなんだよ。自分だけが孤独だとは思わないで”
という思いから、

 ”もっともっとそばにおいで”

という唄ができたのです。

”オレだってね〜。同じだよ”
なんて言っても、
”うそだ〜。だってまっちゃんはいつも楽しそうじゃん”
の一言で片付けられてしまうので、ホントのとこは全て唄に詰め込んでいます。
 得てして、そういうタイプの人は”自分だけ”と思い込んでしまう傾向が強いんですね。

 
(2011.1.21[金])

〜ニヒヒな気分とオッホッホーな気分〜
 いやいや晴れ渡っています。
視界がいいね。
空を見上げると、
”スコーーーン!”
と音が聞こえてきそうです。
ニヒヒという気分になります・
 
 こういう日は山に登るといいね。
視界がいいと山頂からでも、車から人までわりとクッキリ見えるのです。
ということは、街から見上げれば山頂の人も見えるということです。
ボクはみんなを見下ろしているけど、みんなはボクを見上げたりはしません。
ニヒヒという気分になるのです。

 あまりニヒヒばかりしているわけにもいかないので、今週からはマジメな顔をして仕事をしています。
朝は早いので、寒さに首をすぼめて外に出ると、満点の星空を見ることができます。
不思議とニヒヒという気分にはなりません。
星空だけはオホッホーという気分になるのが不思議です。
 
(2011.1.19[水])

〜みかん畑〜
 長い長い冬休みも終わり、昨日からやっとマットーに仕事をしています。
ひさしぶりに丸一日働いてみると、当たり前のことなんだけど疲れるね。
寝るまでの”自分の時間”がすごく短い。
ご飯を食べて風呂に入ると、もうイイ時間になっている。
だからといって、休みの間の有り余る”自分に時間”に、何をしていたかというと、別になんにもしてないんだけどね。
時間がないと時間がほしくなり、時間があるとな〜んにもしない。
 いや、時間があると山に行く。
これはボクにとってヒジョーに重要だな。
常に山、自然を生活の中で感じていたい。
 わりと、向き合っていないモノに対しては、ストレートな気持ちでいられる。
常に向き合っているようだと、斜に構えたり、偏見、頑なになり、なんだか疲れてしまう。
 ふっといろんなモノはひとまずこっちに置いといて、山に行ってきます、というスタイルはボクにとってすごく息抜きになるんだな。

 まだ横浜に住んでた高校生の頃、秦野に遊びに来て一曲作りました。
みかん畑に腰を落ち着け、眼下には鶴巻温泉の市街があったように思います。
 なんやかんやとAメロは理屈が並びまして、サビは一言、
”そんなことより見渡す限りのみかん畑〜♪”
 ライブでは歌わないけど、ボクの中での名曲の一つです。
あの頃のようにもっともっとストレートに、唄を創らなければならない、と常々思っているのです。
 30分ぐらいで作詞作曲できる唄がボクの理想です。
(2011.1.18[火])

〜南無阿弥陀仏の山〜
 昨日は念仏山に行ってきました。
地図に載っていない山。
秦野盆地に囲まれた秦野の街が一望でき、富士山を真正面に望めむことができます。
 自衛隊による富士の演習が始まったのか、山を歩いていると富士山の方からカミナリのような大砲の音が反響してきます。
 その昔、近隣の農民がこの山へ登り南無阿弥陀仏を唱えながら田畑の豊作を祈願したと云われていて、その合唱は下の村にまで聞こえたと書いてあります。
 その名の通り山頂から少し入ったとこには、たくさんのお地蔵が置いてあります。
不思議なもので、お地蔵の置いてある一角だけ空気が違うような、神々しい雰囲気さえします。
 ガシガイとスピードを緩めず登ってきたもので、防寒着の中のインアー類が水に落ちたように濡れてしまいまして、動きを止めると途端に体が冷えてくるのがわかります。
上着こそ登山用のモノを着てきましたが、中身は普通のシャツだったもので、汗で濡れた分だけすっかり体の熱を奪っていきます。
 高山の場合、夏でも疲労凍死する場合があります。
凍死の場合、衣類の素材で生死が分かれる場合があるそうです。
 次からは、かいた汗を衣服内から蒸発させるゴアテックスの上着を着て登るようにしようと思いました。

 下山はまたまた鶴巻温泉へと下りまして、弘法の里湯という温泉ですっかり汗を流しまして、電車に乗って帰ります。
東京方面から帰宅する通勤客に囲まれ、ボクはなぜだか風呂上りのツヤツヤの顔でつり革を握るのです。
なんとなく場違いな感が否めません。
 
 明日は念仏山を経て高取山を目指します。
(2011.1.13[木])

〜今日も山へ〜
 昨日恋人からの電話。

恋人”どこにいるの?”

ボク”山登ってて今帰りの電車降りたとこ”

恋人”仕事は?なにやってんの?”

ボク”山が呼んでたんだよ”

恋人”ねえ?頭大丈夫?”

ボク”山の上に小さな神社があってね、初詣してきたんだ。君の無病息災もお祈りしてきたよ”

恋人”ねえ?なんでいつもそうやってバカなの?”

ボク”愛してるよマンコリー・モリアガッテール(←仮名)

恋人”もう気持ち悪いから切るよ”


 日本人はシャイでいけない。
愛してるという気持ちはなるべく言葉で伝えるようにしてます。
なるべく抱きしめたり、肩を抱いたり、時々持ち上げたり(やりすぎて怒られます)します。
 特にボクが最も愛するフーコに対しての愛情表現は度を越えているところがあって、彼女は辟易していることでしょう。
あ、飼い猫なんですが。
 ボクの母親というのはボクに拍車をかけたようなバカハツラツの人でして、時々電話をしてきては、
”ちょっと待ってね、フーコに替わるわ”
と言っては、電話でネコと話をさせようとします。
ボクもボクで、
”ネコとどうやって話すんだよバカ!”
なんて言いながらも、
”フーたん?おにいちゃんでちゅよ?聞こえまちゅか〜?”
なんて言ってるのを考えると、親子なんだな〜と悲しくなります。
 
 動物と話せたら?
と思う時があります。
フーコしかり、山を歩いてますとカラスの群れが木々に止まり、なにやら明らかにボクに対して鳴いていると感じることがあるのです。
一体奴らは何と言っているのかを知りたいのです。
 町で見るカラスはというと、どちらかというと人間の方が優位に立っているところがあり、カラスは人から逃げながら地上をあさっていますが、山に入るとなんとなく形勢逆転のような感があり、カラスの方が明らかにエラソーにしていて、こっちもなんとなく肩身の狭いような思いをさせられます。
そんな時にボクに向かってガーガー鳴いているカラスが一体何を言っているか、これにはヒジョーに興味をそそられます。

 昨日歩いた弘法山のコースは、夏のボクのロードワークのコースでもある権現山に先ず登りまして、そこから神社のある弘法山を経て、弘法山から二駅先の鶴巻温泉の市街を望む吾妻山を経て終了となる、ゆっくり歩いても半日にも満たない気軽な低登山にも満たないハイキングコースです。
 今日は途中の二股を左に折れ、善波峠を越えて丹沢へ分け入る、昨日よりかは幾分登り応えのあるコースを登ってきます。
 そしてカラスはどこにでもいるのでして、なんだか5,6匹に鳴かれると、気持ちがションボリしてきます。
山に入ればボクらはただの無力な侵入者。
なんだか雄大な山肌の中の点になったような気分になるのですが、それはそれで嫌な気持ちがしません。
 むしろ点になって初めて、ボクという人間が目を覚ますような感覚を覚えるのです。
(2011.1.12[水])

〜午後からの小さな旅〜
 仕事初めといっても、今週は工場の生産ラインの移転に伴い驚くほど暇なもので、早朝一発走る(トラック)と9時頃には車庫に帰ってきちゃいまして、今日の伝票をあげてしまえばもう終わり。
一応、
”どうですか?”
なんて工場には電話を入れるものの、どうですかもこうですかも、その時にはすでに今日の伝票を書き終え、すっかり着替えてピアノの前に座りながらの電話だったりして、まったく我ながら調子のいいものです。
 なので今週は朝6時から9時までの3時間が仕事。
あとは夜までの10何時間はすっかり自由の時間を持てます。
なんとも理想的な生活。
鼻歌がとまりません。
 が、残業が給料の軸である運送会社。
来月の給料は悲惨なことになりますが、こちとら気軽な独り者。
どうにでもなるのです。

 先日は弘法山の弘法大師の祭られてある小さな神社へ遅ればせながらの初詣に行こうとしてたのですが、二日酔いのため行くことができなかったもので、今日これから行こうと思っています。
 ザックの中には着替えと水筒を入れ、時間があるのでそのまま山歩き。
弘法山の下山ルートは鶴巻温泉へと降りることになるので、ゆっくりと温泉にでも浸かり、電車で帰ってこようかと考えております。
 ボクは昔から”ごっこ”が好きでして、一人でもけっこう”〜ごっこ”をしてはブツブツ言いながら歩いたり走ったりしています。
最近は”ちいさんぽごっこ”が流行ってまして、
 
”こんなところにいい店があるじゃないですか〜。おじさんハンペンと大根ちょうだい”

なんて言いながら歩いています。
山を歩く時なんかは、立松和平になりきり、

”寒いけど、山はいいな〜”

なんてしみじみした顔なんかを作り、遠くを眺めたりしまして、
ジョギングの時なんかは、ロッキーのような顔を作り、英語で独り言を言ったりしています。
ちなみに英語の独り言は、

”come on hey come on”(自分を励ます時)

”Im tired”(疲れて弱気な時)

”oh, shit”(コケた時)

”oh cold”(寒い時)

”oh hot”(暑い時)

”oh river”(川を見る時) 

よくよく考えてみると、一人の時のボクは相当恥ずかしいことをしていますね。
ただしどれも、余程近づかないと聞こえないような小さい声で呟いているので、人に聞かれて気持悪がられることはありません。

 今日はどんな顔をして、山と温泉をリポートしようか、それも一つの楽しみでもあるのです。
(2011.1.11[火])

〜雪の憧憬〜
 今朝は驚いたね〜。
山が真っ白。
真っ暗な仕事初めの早朝、普段は暗くて何も見えない視界に、真っ白な山が浮かんで見えている。
いつも見慣れていない風景とはある種異様でもあります。
白と黒の二色の世界。
 よく子供の頃は雪が降ると夜に散歩に出たものです。
夜の闇に雪の白が勝って、夜なのに暗くない世界。
いつも見ている角ばったモノたちが雪でほんのり丸くなり、別世界に来たようなあの不思議な感じ。
オトナになって恋人ができると、彼女を連れて夜の雪の世界を散策したものです。
もっとオトナになり車を持つと、わざわざ雪深いところまで出向き、やっぱりその別世界を求めたものです。
 今日ボクは川をずっと遡り、より雪の積もった場所を求めて走りました。
あまり期待した積雪のある場所はなかったけど。。。
 子供だったからそういう別世界に惹かれていたのではなくて、いいオトナになった今でもなんらそういう好奇心というのは変わっていないんだな〜、と我ながら感心した次第です。
 また急な積雪に備えて、ボクはいつでも外に出る準備はできています。
(2011.1.10[月])

〜山の上の初詣〜
 年始早々風邪で寝込んでたのですが、実は年末も2010年最後のライブを終えた途端駆け込むように風邪をこじらせてしまい、ベッドの中でハンカチを噛みながら泣いている日々だったのです。
年末からの風邪とつなぎ合わせればほぼ半月近く弱ってたことになります。
それまでは毎日のように走り、汗だくで帰ってきたかと思うとバーベルを上げながら、
”これでもか〜〜〜!!!”
などと、まったく何が”これでもか〜〜〜!”なのかわからないのですが、なんだかもう一体何になりたいの?ってぐらい体力をつけては、気持悪いぐらい健康体だったのです。
そんな生活から急に病気のヒトになってしまったもので、それまでの体力からは比べものにならないぐらい筋力が低下しているのはトイレに行くのに歩くだけでも十分感じるわけでして、体が資本のボクとしましては、いささかケツの穴がむず痒いような軟弱な年明けだったのです。
 でもここにきてようやく風邪も完治してくれたようなので、昨日からやっと走ることを再開させました。
昨日はリハビリをかねて大体8`ほどのコースを歩いたり走ったり。
そして今日からは同じコースをちょうど4`づつ歩きと走り。
これでなんとなく基礎体力も目を覚ましてくれると思うので、明日から通常の8`をジョギングに戻ります。
こうなってくるとボクはやっと通常の自分に戻れるような気がするのです。
健康な体に健全な精神。
ボクのように感化されやすいモロい人間は、体が弱るとすぐ心も塞ぎ気味になってしまいます。
なので、体力をつけることで少しでも早くいつもの自分に持ってゆくのです。
 あさってあたりは弘法山へ登り、弘法大師に手を合わせてこようかと考えております。
それがボクにとっての初詣であり、今年の始まりになるのだと考えているのです。
(2011.1.7[金])

〜2011始まりました〜
 前回の日記がクリスマスの頃で終わってまして、年末の挨拶もないままいきなり新年の挨拶とはいささかまさに間抜けではございますが、今年もすでに走り出しております。
師走にかまけた無礼をお許し願うと共に、みなさま明けましておめでとうございます。
2011年ですね。
気の早い企業などは昨日今日あたりから働き始めているそうでご苦労なことです。
まだ休んでればいいのに。

 ボクといえば、つい先程マカオから帰国しましてこの日本の寒さにひさしぶりに震えております。
空港からの迎えのハイヤーの中でこの日記を書いているのですが、ベイブリッジを走る乗用車が一台、強風のため海へ飛ばされたとかでベイブリッジが封鎖され大渋滞を起こしています。
 マカオでは押尾学くんとたまたま一緒になり、彼からインディア種のカリミストを分けてもらい、二人でキメながらカジノでナンパしたドイツ人と乱交して遊んでました。
どうやらそのドイツ女から病気をもらってしまったのか、年が明けてから熱が出てきてずっと寝込んでいました。

すみません、うそをつきました。
一つだけホントのことを書きました。
熱を出して寝込んでいました。
年始早々。。。
一つ二つの予定を除きほとんどの予定はキャンセルに近いお正月です。
 ボクは楽しみを待っている日々というのが一番元気のある人のようでして、いざその楽しみが始まろうとするのに合わせてバタリと床に伏してしまう人のようです。
そしてわかりやすいほど落ち込みます。
事実、布団の中で時々泣きました。
不甲斐無さとだるさ、心細さ、おしっこがしたいけどトイレまで歩く自身がない。。。新年早々。。今年を占うかのような出だし。。。いろいろな理由で。
 きっと強い人なら、
”新年早々体調崩しちゃってテヘヘ”
なんて言いながら表に出ていくのでしょうが、こうなってしまうとボクは弱い。
ドアに鍵をかけ、カーテンを閉め、厚着をし、涙をためながら断りのメールお詫びのメール。
あとはひたすらに電気アンマに股間をビクビクいわせなら。。。
失礼。
電気アンカでしたね。
電気アンカを我が子のように抱きしめながら寝る寝る寝る時々自慰。

 
まあ〜〜〜、こんなんだから語るべきことがないお正月というのもある意味新鮮であります。
だだし大晦日から元日にかけてはちょっと出かけたのですが、いろんなオトナの事情により、ここには書けません。
ある人には、
”山へ行ってくる”
と言い、またある人には、
”故郷に帰る”
と言い、
またある人には、
”タビニデルヨ!”
と言い、またある人には風邪で寝込んでると言い。
そしてそれがホントになって涙をためて寝込んでいる。。。

 人間うそはいけません。
バチが当たったのでしょうか。
年始早々幸先の悪いスタートです。
 でも幸先のいいスタートというのはなんだ嫌です。
ボクのように一歩目からコケてしまうと精神的にだいぶ楽です

カヌーなども一回転覆してしまうと急に気が楽になりうまくなると言います。
ボクは漕ぎ出した途端、沈をして体が濡れているようなもんなので、2011年というまだ知り合って日が浅い同僚のようなものと、いきなりタメ口をきける気楽さがあります。
”やったな〜、次はオマエの番だからな”
という闘志すらあるのです。
なにがオマエの番だかわかりませんが。

 なにやらダラダラ言っておりますが、
”今年も健康に”
というのが大前提でありまして、笑っていられる時間を去年より多く持つこと。
嫌いなものやりたくないことからはなるべく離れ、好きなことやりたいことのそばでなるべく多くの時間を過ごしたい、これが本年の抱負でしょうか。

 今年もよろしくお願いします!
(2011.1.5[水])


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