昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2012年02月の日記

〜迷子〜
 来週は名古屋に行ってきます。
6、7年振りに懐かしい友人に会いに。
名古屋もそれぐらい振りでしょうか。
 昔は沖縄に住んでいた彼女と会うには名古屋で落ち合いそこからどこかへ旅行に行っていました。
一晩名古屋に腰を落ち着かせたのは愛知万博でしょうか。
 中継地点、通過地点が名古屋の印象なのですが、今回はゆっくりと名古屋を満喫できそうです。

 前回宇都に行った時もそうですが、今回もカバンにジョギングウエアとジョギングシューズを忍ばせて行こうかと思っています。
 知らない町の知らない路地を体力の尽きるまで走り、帰りは涼しい顔をして電車で帰るのがボクの旅先でのひそかな楽しみになっています。
 ボクがこの秦野という町に越してきた頃も、ちょっと走っただけですぐに迷子になってしまう異国情緒感が新鮮で、よくジョギングに出たまま帰れなくなり隣り町から電車で帰ってきてました。
 そーいえば車の免許のとりたての頃もよく同級生のニシムラくんと深夜ドライヴに行ってたのですが。
その目的も”迷子になろうぜ”でした。
ただしコトノホカ迷子になるというのは難しくて、知った道に出てしまうと、
”あ〜あ〜”
とよくわからないため息を漏らしていたことが思い出されます。
 
 いつか迷子になったまま帰って来ないようなジンセイに憧れている部分があるんですね。
 なので旅先でちょこっとだけそんな疑似体験をしてはニンマリしてみるのがボクの旅の楽しみなのかもしれません。
 
2012.2.25[土]

〜1日2分〜
 遠き春と途方に暮れていたのが、日を追うごとに春の気配を感じられるようになりました。
 特にボクのように夜から朝にかけてサッソウと町を流すトラックドライバーにとって、日の出の時間が昨日より今日、今日より明日とジリジリと変わっていっているのが目に見えてわかります。
 ラジオが言ってましたが、この時期は一日2分づつ日が延びているらしいですね。
 1日2分3日で6分、10日で20分ですよ。
幸せは歩いてこないですが、春に向かってボクらは歩いていっているんです。
 アラスカの人たちの鬱々とした冬の中でみんなが待ち焦がれているのは春の訪れらしいですね。
 星野道夫さんの本などを読んでいると、寒気に閉ざされたアラスカのインディアンの人たちがどれだけ水ぬるむ春を待ち望んでいるのかがわかります。
そして春は突然やってくるらしいのです。
氷りついたユーコン川に亀裂が入ったかと思うと一斉に川が動き出すのだそうです。
それが春の合図なのでだそうです。
わかりやすくていいですね。
 
 あまり自然を感じることのできない日本、ボクらの周りでも、実はジっと耳を澄ましていると、明らかに昨日より違う今日、春の発見があります。
 きっとそれはアラスカの100分の1ぐらいの地味なものかもしれないけど、我らが日本の春も小さな音を立ててある日を境に急に始まるのかもしれません。
 その繊細さが日本のイイところでもあるので、なるべくそういった瞬間を見逃さずにいたいですね。
(2012.2.24[金])

〜真夜中の騒音〜
 昨日は仕事が早く終わったので(といっても夜勤なので夜中の1時ですが)、いつもは川の遊歩道を走るのですが昨日は気分を変えて真夜中の町を走ってみました。
 車一台通らず人っこ一人いない交差点。
それでも律儀に赤や青に変わる信号機が滑稽ですらあります。
 時々夜中などにどこからどう見ても車など来ない信号機で律儀に赤信号を守っている人がいます。
赤信号は人が行き交う中での共通信号なのであってそれ以上ではありません。
 ボクには理解できない。
その横をサッソウと信号無視をし渡り始めると十中八九つられてついてきます。
 条件反射で赤信号で止まってしまうのでしょうか。
なんだかちょっと切ないですね。
  
 しかし夜中だというのに静けさを感じませんでした。
というのも夜間工事が多いんですね。
 毎年恒例の予算消化のための駆け込み工事。

 真夜中に無遠慮な重機の音というのは、嫌なものですね〜。
(2012.2.22[水])

〜愛すべき人、町〜
 やっぱり小田原はいい町ですね。
”合う”町と”合わない”町というのがあります。
小田原はとても”合う”町なのです。
 
 ライブ後ひさしぶりに打ち上げをしました。
早い時間のライブは暗くなる前に体が空くのが嬉しいですね。
 早い時間からやっている居酒屋で乾杯をしましてその後カラオケへ。
 絶叫する人、踊り狂う人、熱唱する人。
カマキリのように手首を曲げ、相撲のシコを踏むように踊りながらにじり寄ってくる人はタロさんの奥さんです。
 みんな酒もはいり狂ったようになっているのですが、お会計の時のレジの前では、まるで何事もなかったかのように”オトナ”の顔をしているのがなんともかわいいですね。

 ”あんたさっきまでカマキリだったじゃん”
 
 と心の中で笑っていました。

 愛すべき人たちと愛すべき町へ。
懐かしい顔、職場の仲間、思いがけずたくさんの人が来てくれたのには感謝です。
 ありがとうございました。
(2012.2.20[月])

〜空ばかり見て〜
 すぐに融けてしまうしまう雪が今年はずっと丹沢の山を覆っています。
 寒々とした雪山景色に抜けるような空。
耳を澄ますとスコーーーンと音が聞こえてきそうです。
 大山の頂上の上社にカキーンと陽が反射して、それと知らない人には不思議な光景でしょう。
 日が登っても空気はリンとしてまして見上げればスコーン。
静かなだけで実はいろいろな音で溢れています。

 明日は小田原でタロ・マハールのライブ。
今回の選曲のギターもどんどん体に入ってきました。
 バンド演奏の音源を聴いて、それを解体してギター一本のアレンジに仕上げてゆく。
 マコトに難しいことでもありますが、マコトに楽しい作業でもあります。
 
 さ、明日がんばりましょうタロさん。
2012.2.18[土]

〜育ての母〜
 ボクが一番荒くれてた時分から大人になった今まで、いつだってボクを心配してくれてたボクの育ての母が今朝亡くなりました。
 滞在先のアメリカで。
 
 なんでアメリカなんだよおかあさん。。。
早く日本に帰っておいで。。。
 
(2012.2.16[木])

〜one way〜
 せっかちな人というのは人の話を最後まで聞いていられないんですね。
 電話でこういう人と話すと疲れます。
 息継ぎのないクロールのように一方的に話すのは100歩譲ったとしても、隙間にちょっとでも言葉を添えようものなら、こっちの言わんとしていることの先へ回り全てを言ってしまう。
もう少しがんばってまたなんかを言おうとすると、
”違うの違うの!”
もしくは、
”そうそうそうそう!”
大体この二種類で押さえつけられてしまう。
 行間だとか間とかいうものがないんですね。
しまいにはこっちの相槌のタイミングが遅いのか自分の言ったことに対して自分で相槌を打っている。
 結局自分が話したいだけなんですね。
 ボクは電話ではけっこうおっとりしているタイプなので、こういう人と話す時はまったく違うことを考えて気をまぎらわすことにしています。

 寂しがり屋の人に多いですね。
(2012.2.14[火])

〜湯たんぽ〜
 去年のクリスマスに湯たんぽをもらったんです。
これがまたあんた、外気温とほとんど変わらない”下界の山小屋”と呼ばれていますボクの部屋ではヒジョーに役に立ってくれてまして、冷え込みの厳しい夜なんかは両足で器用に挟み込み末端から温められて寝る時の幸せと言ったらあんたこれがホントにもう。

 そんなことをしてたらモノの見事に低温火傷をしてしまいました。
 しかも片足に一箇所づつ計二箇所。
 表面だけの擦り傷なんてものは、例えばクモの巣なんかにイタズラをしますともう次の日にはあっという間に修復されているように治りが早いものなのですが、低温火傷というのはゆっくりと深く組織にダメージを与えるものでして、驚くほど治りが遅いんですね。
 みなさんも湯たんぽを間違っても足と足で挟み込んだまま寝ないように気をつけてくださいね。
(2012.2.13[月])

〜傾向と対策〜
 今回は鼻風邪のようです。
イケダが買ってくれた風邪薬をマジメに服み終日布団の中でグッタリしてたので熱も下がりこのバルタン星人のような鼻づまりの声を除けばだいぶ調子も良くなってきました。
 失楽園の作者であり元医師でもある渡邊淳一さんもエッセイの中で、
”風邪の引き始めにヘタに病院などに行って弱った体にたくさんの病原菌をもらってくるより、市販の風邪薬を服んでただひたすらに寝てる方がよっぽどいい”
とおっしゃられております。
たしかにその通りなのでございます。

 前に喉が痛くて病院に行きまして処方箋をもらい一歩外に出たところ、待ってましたとばかりにクシャミが止まらなくなり、結果しっかりと違う種類の風邪をウツサレタ経験があります。
 過去に生カキにアタッた時があるんですが、味覚というよりもなんとなく本能でわかるものなんですね。
口に含んだ瞬間、
”ん?”
と感じた一つがあったように。
 たしかにその時も、
”ん?なんかウツサレタっぽい。。。”
となんとなしに感じたことを記憶しています。

 しかしボクはホントよく風邪を引きますね。
そして恥ずかしいことに毎回毎回思い当たる節があるのには我ながら呆れます。
 今回の風邪の原因は、前の日にジョギングに行っているんですね。
それだけなら体にいいのですが、ついフラっと行きつけの呑み屋ハッピーに寄ってしまうんです。
 ジョギングに行くのに財布を忍ばせて行くなんてハナから確信犯なのですが。
 冬場はなかなか汗をかかないものなのですが、カウンターに腰をかけ熱燗を注文してるそばから行き場を失った汗が地層からにじみ出る水源のように噴き出てきます。
それでも体から湯気を出しながら呑んでいるうちはいいのですが、
”それじゃ明日早いんで”
と一歩に外に出まして、酔いにまかせてスキップしながら帰っているそばから濡れた下着がピターと地肌に張り付きまして、家路に着く頃にはしっかりと冷え切ってしまうんですね。
 あまり大きい声じゃいえないんですが、冬場は特にメンドーになり風呂に入らずそのまま寝てしまうんです。
 火のないところに煙は立たず、風邪の伏線はしっかりと前の日に引かれているんです。
 そこで毎回涙目になりワラにもすがる思いで薬を服んでるボクは。。。バカなのでしょうか。
 最近では風邪を引かぬようにではなくて、風邪といかに付き合っていくべきか、と考えるようになりました。
 前進なのでしょうか後退なのでしょうか。



 


 
2012.2.11[土]

〜多謝〜
 昨日から声が変だな〜と思っていたら、ゆっくりと歩み寄る茂みの豹の如く今日になりすっかり風邪っぴきです。
 ただボクの場合寝起きはヒジョーにわかりにくいのです。
ほとんどが軽い二日酔いの寝起きなもので、そこからゆっくりとアルコールが分解されてゆき、最後に残ったそこはかとない気だるさで風邪だと知るのです。
 さきほど発熱のショックで涙目で仕事をしていたところ、腰にガシャガシャとたくさんの工具をぶら下げたイケダが通りまして。
 見るからに風邪っぴきの声で、
”ハグしてやるから来い”
と言ったら逃げてゆきました。
 ただ彼はホントやさしい男でね、
すぐにロッカーに戻ったのでしょう、風邪薬を片手に戻ってきてくれまして。
 ただそんな彼には言えないのですが、藁にもすがる思いですぐにトラックに戻り水と一緒に服もうと思った矢先に、手が乾燥していて思うように袋が破れずあっけないほど手から袋が滑り落ちてしまいまして。
 ちょうどチンチンのあたりがまっ黄色の粉まみれ。
”イケダ、イケダ、ごめんなごめんな”
とマスクで打ち震える悔しさを隠し待ってはくれぬ仕事を終わらせトラックを走らせたのです。
 彼の行為を無駄にしてしまった無念と、終わることないような長い夜に油断すると漏れてしまいそうになる嗚咽を堪えながら信号待ちで元気だった頃を思い出してたりしているところメールの着信。

 ”ピアノの上に薬を置いときました。お大事に”

 そう、イケダです。
 
 彼はいつだってそうなのです。
誕生日、記念日にはいつだってさりげなくピアノの上にプレゼントを置いて行ってくれるのです。
 自分一人苦しんでると思うとやりきれないものですが、一人でもこの苦しんでる事実を知っていてくれている人がいるだけでだいぶ気持ちが違うものです。
 ボクは独りじゃないんだ。
いつだってそばにいてくれる仲間がいるんだ。
 そう思っただけでだいぶ楽になったような気がするから不思議です。

 ただの風邪の話なのですが。。。

 感謝感謝。
 
 ありがとうなイケダ。
(2012.2.10[金])

〜脱 原発〜
 ホトボリ冷めたらなんとやらで、原発再稼動するか否かと取り沙汰されてます。
 脱原発の勢いもどこ吹く風と徐々に”何事もなかった”かのように原子力依存へ頭をもたげてくるのでしょうか。
 少なくともボクはロウソク数本で過ごす夜の覚悟はできています。
そんなささいな一人一人の取り組みで済むものならと、ボクらの覚悟はあの時からできているんじゃないでしょうか。
 結局、真実、正義はどこにあるのでしょうか。

 数人集まってそんな話になると、議論はそれぞれの口を使って吐き出されるだけでテレビと同じことを言っている。
 雇用?コスト?
いやいやそうなのかもしれないけど、あなたはどう思うの?
 ボクは誰と話しているのかわからなくなる。

 ”ボク、ワタシはこう思ってるんです!”
これはね、叩かれたり一歩引かれたりしやすいのだけど、抽象的な歌で愛だの平和だの歌うよりも、どこか場末の安酒場あたりで、
”原発はもういらんのです!ドン”
とテーブルの一つでも叩いてもらった方が、ボクにはよっぽどそっちの方が響いてくるのです。
(2012.2.9[木])

〜オトナのチキチキコンサート
 来週の日曜日2月19日にライブがあります。
ボクがサポートギターを務める”タロ・マハールで”オトナのチキチキコンサート”という恒例イベントに出演します。
 これはね”オトナの〜”というだけあってホント出演者がおっさんばかりなのよ。
あ、オレもか。。。
 クラッシックギター演奏の白髪のおじさまやら熱いアラフォー世代、焼酎のニオイが体から抜けない流し風情、子育てから開放された主婦ユニット、つまり子供がいません。
 だけど時間は昼間です。
なのに酒クサイおっさんがいたりします。
あ、オレもか。。。
 興味のある方はぜひ小田原観光ついでに立ち寄ってもらえると幸いです。
 ボクはいつもたくさんの魚の干物を買って帰るのが恒例になっています。
なんだかライブに行くというよりも小田原に行くのがボクにはそこはかとない楽しみなのです。
 ボーカルのタロさんは小田原出身なので”どこそこのナニナニがおいしいよ”といろいろ詳しいのも嬉しいのですが、いつも連れて行ってくれるのがどこにでもような某ラーメンチェーン店なのが、いつも不思議でなりません。


 
(2012.2.8[水])

〜死ぬ自由〜
 自殺対策としての取り組み、題して”GKB47”に対しての撤回問題。
 不謹慎だから撤回だとか。
印刷済みのポスターを急遽回収し約300万円の無駄だってね。
 まあ”乗っかった”感じのネーミングも確かに”は?”とは思ったけど、その都度の野党の指摘によりテンデ速度の上がらない論議に、そしてその都度消費される経費という我らが税金に、うんざりを通り越して気の抜けた炭酸のような笑いしか出てこないね。

 ただね、ボクは思うんだけど、
自殺という選択肢の閉ざされた社会というのかな。
それはそれで窮屈というか息の詰まるものだと思うのよ。
 生きる自由と同じぐらいまでとは言わないけど、どこかでわずかに死ぬ自由というのもあっていいんじゃないかなと思ってる。
 いつの頃からか人はみんな病院で死ぬものみたいな風潮になっていて、部屋で人知れず死のうものなら”孤独死”なんて言葉でくくられるようになってしまったけど、きっとそれはこっち側の勝手な解釈なのであって、本人は”孤独な死”なんて思ってないんじゃないかな。
 ボクは大嫌いなヤツの前で死ぬのならガマンできるけど、愛する人に看取られるなんて絶対に嫌だと思っている。
 数字ばかりを追いかけてゆくと、日本もどんどん子供の国になってしまうよ。

 
 
(2012.2.7[火])

〜夜勤の楽しみ〜
 雨の日はよく眠れます。
終日布団の中で過ごしました。
そのままお風呂にでも入って本格的に本の虫になりたいところだったのですが、悲しいかな今日から夜勤なのです。
 でも夜勤は好きです。
ガヤガヤしてない感じが無口なボクにはちょうどいいのです。
 真夜中の信号待ちの時などに、あまりにもボケーっと放心しすぎてしまい、走り出した時にここが一体どこなのかわからなくなる時があります。
その一瞬の迷子の感じが地味に楽しいのです。
(2012.2.6[月])

〜パンツの中からホタルイカ〜
 ここ神奈川の丹沢に降る雪なんてかわいいものです。
町にこそ降りませんが24時間いつでもボクの前に広がっている丹沢の表尾根はちょうど標高1000mぐらいを境にして真っ白な雪山のソレになっています。
 自慢したくなるような景色。
外を歩くとなんとなくいつもと違ったテンションになるのは、やっぱり圧倒的にいつも違う色合いが風景の大部分を占めているからなのでしょう。
 
 いやいやしかし昨夜の冷え込みは堪えましたね。
目隠しをされそこらへんに放り出され、
”はるばる中国はハルピンへようこそ”
なんて言われたら思わず信じちゃうような強烈な冷え込み。
 行きつけの焼き鳥屋ハッピーの暖簾をくぐり帰る道すがらキッカリ4合の熱燗で温められた五臓六腑がものの5秒ぐらいで冷めてゆくのがわかります。
 川沿いを千鳥足で歩くも日付の変わる前から芝生が凍ってきて踏むとパリパリを立てていました。
 途中立ちションを試みるもうまくチンチンが出てきません。
やっとの思いでつまみ出してみれば、なんださっきお通しで出てきた茹でホタルイカではないですか。
なんでこんなところにあるのだろうと思っていたら、それがボクのチンポコだったんですね。

”今は死ねない”

と思いました。
(2012.2.3[金])

〜大雪〜
 日本海側が大雪で大変なことになっています。
どこかの県知事が自衛隊に対応を要請したとか。
ここまでくるともう災害だよね。
 テレビからは若者のいない過疎地で雪下ろしをするお年寄りの姿が流されています。
 体力の余っているボクはヌクヌクとコーヒーを飲みながらそんなニュースを観ている。
 ボクのお袋の故郷でもある秋田では雪崩により3人の命が奪われました。
 少し前までは温暖化温暖化と地球の熱帯化が騒がれていましたが、フェイントのように例年にない寒気が日本を襲ってくる。
 なんだか自然の非情だけでは割り切れないモノを感じるのはボクだけでしょうか。
 ウダウダと動かずに思いを馳せてばかりいるだけなら、いっそのこと自衛官にでもなっておけばよかった。



 
(2012.2.2[木])


もどる バックナンバー
ログイン   Powered by HL-imgdiary Ver.3.03