昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2012年10月の日記

〜近所を独り旅〜
今日はフト思い立ち山を歩いてきました。
フト思い立ってからが早かった。
ザックに着替え(温泉後に着る)、水筒(熱湯を入れインスタントコーヒー用)、飴(遭難用)を放り込み表に出れば10分で登り口。
秦野っていいところですね。
思い立てばすぐに山がある。
 
 すこし汗をあきたくて歩を早めいつものコースへ。
権現山から鶴巻温泉へのハイキングコース。
独りだと休まない。
1時間で最後の峰”浅間山”へ。
そこでコーヒーを飲みあとは下り。
ホントだったらこの山の上から先日行った江ノ島を望みたかったんだけど、あまり展望がよくなかった。
たった一つの目的が果たされないと知り走って下ってきて弘法の里湯へ。
サウナと水風呂を繰り返し、なおかつ温泉にもたっぷり浸かり、牛乳を飲んだら満足した。
体重を計ったら83`だった。
 電車に乗り秦野へ戻りハッピーで生ビール。
焼酎に替え常連さんと山談義。
ギターもちょっと弾いた。
千鳥足でいつもの川沿いへ。
雲ひとつない夜空がきれいで泣きたくなった。
 小さな小さな独りの旅。
(2012.10.31[水])

〜江ノ島からの水平線〜
 先週土日のこーじりえ追悼ライブ終わりました。
ホントにホントにみなさんお疲れ様でした。
あの場に居合わせたみんなに心から感謝です。
ありがとうございました。
 感情を吐露できるボクらは幸せ者です。
だから観に来てくれた人達の分を代弁しなければならない。
愛だの恋だのでもいいんだ。
悲しい気持ちも楽しい気持ちも。
時には開きたくない感情、歌いたくない歌だってあるけど、それらをひっくるめてボクらは音楽という手段で感情を表現してゆく。
泣いたっていいんだ。
詰まったっていいんだ。
真正面から感情とぶつかってゆく。
それだけを心がけた2日間だった。

 ただ2日間ともなるとホトホト疲れてしまった。
精も根も尽き果てるとはこのことかと思った。
それに追い討ちをかけるように日曜日の夜は土砂降りの雨だった。
ベルズを出て雨の中をたくさんの荷物に両手を奪われ、かろうじて差した傘にわずかばかりの身を隠しホテルへの家路を急いだ。
なんだかもうまったく遠慮のない土砂降りに参ってしまい、さりとてタクシーを拾うにはもうどうにも荷物も体も濡れすぎてしまっていて、もう少し水深があったら荷物を浮かし泳いで帰りたいと真剣に考えてしまった。
ホテルの部屋に帰った瞬間は”生還した”という思いが素直な感想。
 カバンに入れてあるこーじとりえちゃんの写真とひとカケラの遺骨は、考えたけど出さずにそのままにしておいた。

 昨日はうまく眠れないままに目が覚めてしまい、起きた瞬間の想像通りの虚脱感に覚悟してたとはいえ困ってしまった。
ただ相変わらず食欲まではなくならないのが我ながらおかしかった。
気持ちとは裏腹にモリモリ朝食を平らげ部屋に戻ってからが悲惨だった。
虚脱感に無気力をかけて睡眠不足と気の張りをミックスしたような、なんともいえない朝が待っていた。
チェックアウトを1時間延ばしひたすらボケーっとしていた。
不思議とこーじとりえちゃんよりも2日間の共演者のことが去来してた。

 チェックアウトを終え車に乗り込み、
まりに、
”どーしようか?”
と聞かれた時、迷わず
”海が見たい”
なんて子供のようなことを言ってしまった。
ナビをセットしようとするまりの手を制止し、
”わたしの勘で走りましょう”
なんて動物のようなことを言ってしまった。
まりの困ったような笑顔を見ると、こーじもよくそんな目でオレを見てたな、なんて思う。
ただそれがボクの本心だった。
”海を見たい”
というよりもそれ以外へは行きたくなかった。
帰りたくもなかったし人ごみも嫌だった。
”海を見に行く”
なんて人は言うけれど、きっとこういう心境なのかな、なんて思った。
 平日の江ノ島から望む海は風が強いわりにはノッテリしてた。
展望台に登って思ったのは、海よりもこの水平線が見たかったのかもしれないということ。
 街に目をやってみる。
河口が山から旅してきた水を吐き出している。
海に流れ込んだその水は何キロにも渡って海水と交わらず海を2色に染めている。
”あれは○○川の河口で、あっちに見えるのが○○川。ちなみに○○川のBOD(生物的酸素要求量)は○×△”
などとムキになって説明を始めたボクを見てまりが、
”ホント昔から川と亀の話になると熱くなるね”
なんて言われ我に返ってしまう。
ホントにそう。
ボクは昔からどんなに不機嫌でもカレーライスを目の前にすると2秒で笑顔になれ、どんなに機嫌が良くてもゴキブリを見ると半日は落ち着きを失くしてしまう。
そんなボクをこーじは操るのがうまかった。
 
”まっちゃんはすっごいな〜〜〜”

なんて言われるとホントに木のテッペンまで登ってしまい、
”ニヒ”
なんてしてしまう関係だった。
その延長線上にスピリッツがあった。
だから急に独りにさせられてしまってから、実は木に登れないことに気付いた。
今度からは自分の力で木のテッペンに登らなければいけない。
だけどその手がかりは掴んだ2日間だった。

 あの場に居合わすことのできなかった人からもたくさんメールをもらってました。
遠くの空から応援してます、仕事の事情で思うように時間がとれなくて。。。
存在、思い出が深かった分、立ち会えないジレンマを察するにはあまるものがある。
だから居合わせられなかったみんなにも感謝してることを付記しておきます。
(2012.10.30[火])

〜いってきます〜
 今日明日と新横浜ベルズでこーじとりえちゃんの追悼ライブ。
こーじとりえちゃんのお別れ会が終わってすぐにベルズの小山社長から電話がありその電話でこの2日間が決まったんだ。
枠を決め中身も決めてくれた。
お別れ会の段取りといい遺品整理、そして今回の2日間、小山さんそしてベルズスタッフには頭が下がる思いです。
ありがとうございます。
 2人に縁のあるたくさんのミュージシャン、そしてたくさんのファンの方々。
みんなそれぞれの弔いの日。
ベルズという場所。
これ以上のふさわしい場所はないでしょう。
 2日間がんばってきます。
みんなもがんばろう!
2012.10.27[土]

〜逗子から御殿場〜
 今日は仕事で海にも行ったしきれいな清流も見た。
つくづく思い出されて困ってしまったよ。
 風景を何枚も写真におさめたんだけど、誰にも送らなかった。
見る景色と映る景色は別物なんだ。
 追浜の港にはビルのような船が完成車を一台一台飲み込んでゆく。
ボクも車になってどこか遠くの国へ輸出されたくなったよ。
(2012.10.24[水])

〜弾き語るよ〜
 テレビが本降りの雨だと言うので覚悟してたら、短い時間に風が雫を撒き散らしただけですっかりあがったようです。
大きめの傘を持ち長靴姿の場違いな姿が夕方駅に溢れることでしょう。
どこかでこの雨の早上がりに拍子抜けしている感があるのは、秋の長雨という概念が無意識のうちに植えつけられているのかもしれないね。
天気予報よりもカエルの鳴き声。
 先日そんなようなことに思いを巡らし”パラソルの上に”という新曲をつくりました。
テレビの天気予報を信じパラソルのような大きめの傘を広げた上にオナサケ程度の雨が降ってる。
そんなような歌。
12月のライブにはお披露目したいと思っています。

 今サポートを入れての持ち歌は5曲だけ。
その中で曲順を変えてなんとかライブをこなしてきてたんだよね。
今週のこーじとりえちゃんの追悼ライブ2デイズを終えたら12月のライブまで時間ができるので、新曲を含めなんとか2倍の10曲はできるようにしておきたいと思っています。
それと平行して弾き語りも考えています。
 もうね、緊張ばっかりしてたらなんも恐くなくなった。
どこかで甘えがあるからビビるんだよね。
もう甘えることが許されないんだという現実が、それこそ雨のように1つ1つぶつかってくる。
 ボクが人前で独りで歌ったのはこーじとりえちゃんの結婚式の時だけ。
心配そうに見ているこーじの横で、何かおもちゃでも見るような笑顔でボクを見ていたりえちゃんの表情が今でも思い出せる。
 今週の追悼ライブ、半分は独りでがんばるよ。
そして半分はバンドでやる。
合わせて2曲しかやりませんが。。。

 せっかくみんな集まるんだ。
さらけ出すいい機会だと思ってる。







 
(2012.10.23[火])

〜妙音寺〜
 昨日は遅ればせながらりえちゃんのご両親、そしてお兄さん夫婦が眠る妙音寺というお寺さんに行ってきました。
 初めて降りた吉野町という駅。
路地をクネクネと登り、まったくもって丘の上にあたるところにお寺というよりも会館のような妙音寺はありました。
 奥の離れに通され、たくさんの位牌のある一角に4人の遺骨がひな壇上に置かれてありました。
ご焼香をし、
”遅くなりました”
と手を合わす。
 夏のシッポも見る影もなくすっかり晴れ上がった秋空も、寺から駅に着く頃にはすっかり西日になり商店街には影をつくり始めている。
 黄金町から関内までの商店街をハナさんとクミさんと手を繋ぎながらブラブラと散策。(手は繋いでませんが。。)
あちらこちらでバンドの生演奏の音が聞こえてきます。
みんな笑顔で元気に歌って演奏している。
タガログ語が聞こえ、韓国語で誰かを呼ぶ声、浮浪者とすれ違い、大きな声で独り言を叫ぶ人、猫背のハナさんにガニ股のクミさんの後を歩く田舎者丸出しのボク。
秦野とは大違いだ。
いろんな人種がいる。
道のど真ん中でウサギが交尾をしてた。
飼い主らしいおばさんが言い訳のように、
”じゃれて遊んでるだけよ”
と苦しいことを言ってた。
 りえちゃんのご両親、お兄さん夫婦の納骨が済んだらまた来ることになるこの町。
その時もこの商店街をブラブラ歩いて帰ろうと決めました。

 明けて日曜日の今日。
夕方に2時間リハーサルがあるだけであとはフリー。
だけど往復3時間かけて行くことを考えると2時間のリハを入れればほぼ半日仕事になってしまう。
今までだったらこんなスケジュールを組まなかった。
だけどたった2時間のためでも、もう面倒臭がらずしっかりそういうことはしようと決めた。
ボクがやらなければ誰がしてくれる。
もういないんだ。
でもね、少しづつだけどね、そういうことも慣れてきた。
 昔ね、お袋が家を出た頃を思い出す。
夕方になれば玄関の灯り、部屋の灯りが点くものだと思ってた。
お袋がいなくなったその日からいきなりそういう現実に直面するんだね。
近所からポツリポツリと明かりが灯される。
自分んとこだけおばけ屋敷のように暗いまま。
寝る時だってそうだ。
あの紐を引っ張らなきゃ一生部屋の電気は消えないんだ。
もう誰もやってはくれない。
慣れるんじゃないだよね。
自分がやるしかない。

 強いんじゃないんだ。
それをやるより他がないだけ。





 
2012.10.21[日]

〜成長〜
歯が。。。歯が抜けた。

すっきりしたぜ。
(2012.10.19[金])

〜秋を感じさせるもの〜
 今週は4時起きの週。
なのに昨日は1時近くまで呑んでた。
急いで寝てたと思ったらすぐに携帯のアラームが鳴ったような気がして時計を見たら、
”うそだろ”
と笑ってしまった。
あっと間に朝だった。

 日の出より早く荷を積んでトラックを走らせる。
眠いので窓を半分だけ開け冷気を入れて走る。
キンモクセイの香りが入ってくる。
 先日イラン人のフェリーが、
”ヒミツのバショでヒロッテきたネ”
と言ってギンナンを4つ酒のツマミに出してくれた。
 そんな季節になってきました。
(2012.10.15[月])

〜丹沢歌山無事終了〜
 昨日丸一日、ボクの回りはヨッパライだらけだった。
イケダなんか顔を真っ赤にして向こうに行ってたかと思うと隣にいたりと終始ヨッパライ笑顔でウロウロしていて、最後の最後にみんなと別れた後、クールダウンの一杯を付き合ってもらったんだけど、まだ顔を真っ赤にしてる。
あ、日焼けだったんだ〜。
と思った。
かわいいやつだ。
便所に立って鏡を見てみたら、ボクも鼻の頭だけ真っ赤にさせてる。
それだけ日差しの強い、夏を思わせる眩しい晴天だった。

 秦野市初の試み、山の上で音楽フェス”丹沢歌山2012”は大盛況で終わることができました。
はるばるお越しいただいたみなさん、ホントにありがとうございました。
 このイベントはね、そもそもが行きつけの呑み屋”ハッピー”での、たまたま隣り合った同士のささいな酒のつまみのような話から始まったんだよ。
ずいぶん体の大きな人がいるな〜と思って、
”どこの部屋の人ですか?”
と話すうち仲良くなったのが今回声をかけてくださったカジヤマさん。
それからちょくちょくカジヤマさんに会いにハッピーに行くようになり、ライブに来てくれたり時にはスナックへ流れることもあり、そんなことをしてるうちに、
”まっちゃん。やってみねえ?”
から始まったようなものなんだ。
 それから去年数回市内でイベントを打って様子を見て、いきなり今回の企画を市に持って行った。
あの。
”まっちゃん。こんなことできたら楽しいと思うんだ。やってみる気ある?”
から今回の”丹沢歌山”に持ってくるまで1年足らずで成し遂げたことになる。
 カジヤマさんはプロのイベントーでもなんでもないんだ。
昼間は昼間で本業の写真店を営んでる。
 昨日の成功は先ずカジヤマさんの強い思いが実を結んだ結果だと思ってる。
カジさん、みんなよかったと言ってくれたよ。
ホントお疲れ様でした。
 走り出したらなんだって転がるんだ。
止まってるものを動かすことが実は一番大変で一番目立たないんだよ。

 そしてこーじ。
昨日のライブまでが決まっていたスケジュールだった。
これでまっとうしたことになる。
無念だったろうよ。
オマエと一緒に立ちたかったステージ。
 一曲目でいきなりいつもの3弦が切れた。
もうどうにもやりきれない思いだった。
いつもだったら、
”ほれ”
とボクのギターを引き受け、ボクがしゃべってるうちに弦を張り替えてくれた。
ボクはナニゴトもなかったようにギターを渡されライブを再開させればよかった。
 ハナさんとナオヤが繋げてくれてる隙に急いで弦を張り替えてきた。
生まれて初めての経験だった。
弦を張り替えてる時、手がブルブル震えていた。
もうまったく、不運を呪ったよ。
”一曲目でつかんでやる”
とそれだけがライブの明暗だった。
”つかんで”しまえばボクは強いんだ。
なににでもなれる。
”つかめ”ないとまったくだめなんだ。
それを知っていたから、一曲目のトラブルは嫌というよりも想定外だった。
 前に日比谷の野音にブルースカーニバルを観に行った時のことが思い出された。
あろうことかメインが来日しなくて”ティナ・ターナーのお兄さんだったっけ)バックバンドが持ち時間を繋いだんだけど。
センターがいなくともバックバンドの演奏が素晴らしかった。
バディー・ガイのステージの時もそう。
バディー・ガイのギターの弦が切れてしまい、その間サイドギターがリードをとり間を埋めたんだけど、音量が小さいだけでやってることはバディー・ガイよりすごかった。
音量に頼っているバディーのソロが露呈された観があった。

。。。話が大きくなったね。

 今回ボクに2バンドの枠がもらえたので、ジョンファ&The Farmers'PitとThe good is goodにオファーしたんだ。
心からこの2バンドに来てもらえることができてよかったと思ってる。
どちらも圧巻のステージだった。

 今週水曜日は新横浜ベルズでブルースを歌ってきます。
歌うのはこーじが歌ってた曲。
ヒトの子にはやさしくなれるのと一緒で、うんと気が楽だな。
 だけど他人と身内も一緒。
全力でいきます。
2012.10.14[日]

〜昨日より今日〜
 気合い入れて半袖で仕事に行ったら今日は暖かい陽気なんだね。
ホっとしたよ。
 天気も安定してるみたいだし秦野初の音楽フェス”丹沢歌山2012”もいよいよあさってに迫ってきた。
 先日ハナさんとクミさんと会場の下見に行って来たんだ。
ステージから望む丹沢の表尾根が見事なんだけど、お客さんは山を背にしてステージに向き合うことになる。
時々後ろを振り向くといいよ。
ボクが歌っている山がすぐそこにある。
 会場は広い芝生のグランドだからゴザだのシートだの持ってくるといいかも。
8店ほど模擬店があるみたいだからそこでビールとツマミを買って寝転がりながら風景と音楽を楽しむんだ。
近くに川も流れてる。
巨大な吊り橋が対岸とを結んでいる。
晴れてれば遠く相模湾が望める。

 今夜はそのためのリハだ。
相変わらずリハがある日は朝からガチガチに緊張してる。
まだまだ慣れないんだ。
でも昨日より今日、今日より明日とギターを弾けるようになってる。
それを試す時が今夜なんだ。
(2012.10.11[木])

〜Mr.ストイック〜
 そうそう、土曜日は新横浜ベルズにフラワーヒップスのライブを観に行ってたんだ。
つまり昨日の日記は日曜日のこと。
そして今日の日記は月曜日のこと。
元旦の日記は大晦日のことで先日寝たのが前のオンナ。。。
いやいやそんなことはない。
shishoツッコミありがとね。

 今朝は冷え込んだね〜。
今週は5時に起きてるんです。
6時には工場にいる。
寒かった。
なのにジュンちゃんは(同僚、山仲間)半袖でフォークリフトに乗ってる。
なんか悔しくて今更ながらに上着を脱いでやろうと思ったけど、不自然な行為なのでやめました。
ジュンちゃんは手が空くとフォークリフトにぶら下がって鍛えてるんだよ。
半袖から伸びる腕にいい筋肉がついてる。
一緒にロッククライミングのジムに行くとボクが登れないような壁でもスイスイ登っていってしまう。
体力的に敗北感を味わうのが何より嫌いなボクは一生懸命目をそらし悔し涙を防いでいる。
 彼のようにストイックなタイプこそ山での偉業を成せるのかもいしれない。
 目的のために、今何をすべきかわかっている人。
明日からオレも半袖だ!!!
(2012.10.10[水])

〜ボクらのお父さんお母さん〜
 先週土曜日はリハを終えスタジオから出ますと、受付けのカネコくんが、
”クミさんから電話で連絡くださいとのことです”
と。
ギターを弾いていて気付かなかったけど携帯を見てみればクミさんからの着信が。
何かあったのかと少し身構えて電話をしてみれば。

”今こーじくんの実家にいます”
と。

そして電話の声が変わったと思ったらこーじの親父さんで、

”まっちゃん。今呑んでるからおいで”

次がこーじのお母さんで、

”お腹空いてるでしょ?”

ボク”何かつまみあります?”

お母さん”トマトしかないけどいい?”

 全然よくないんだけどとりあえず大ちゃんに送ってもらい急いでこーじの実家に駆けつけてみれば、すっかり酔っ払ったクミさんとすっかり酔っ払っているご両親。
オシャレにワイングラスで赤と白を楽しんでたようで、ホントにトマトがチョコンとお皿に盛られてました。

 しみじみと楽しく、こーじとりえちゃんの写真に囲まれた宴。

お母さんは自分の娘のように、
”お口ア〜ンしてごらん”
なんて言ってクミさんにケーキを食べさせてあげてるの。
クミさんもこういうところが面白い人で、すっかりなついてしまった野良猫のように当たり前のようにお口をア〜ンしちゃってる。
お父さんとボクはそれを微笑ましく見てる。
そんなお母さんを見るお父さんの目が、りえちゃんを見るこーじの表情にそっくりなんだよ。

 なんだかすごくいいものを見てしまったようで、少し恥ずかしくなっちゃったよ。

あ、最後はお寿司を出前とってもらっちゃいまして、すっかり満腹になりました。
ごちそうさまお父さんお母さん。
(2012.10.9[火])

〜感服〜
 昨夜は普段スピリッツでドラムを叩いてくれているハナさんのバンド”フラワーヒップス”のライブを観に新横浜ベルズへ。
いつも思うんだけど秦野から新横浜は遠い。
そして新横浜から秦野はもっと遠い。
みんなはこうしてライブに足を運んでくれてるのかと思うと今更ながらに頭が下がる思いがしてくる。
 ボクは意外と電車に関しては臆病というか、新横浜あたりだと2時間前には家を出てしまう。
でも乗り継ぎがうまくいくと1時間ちょっとで着いてしまいポッカリ余ってしまった1時間に困ってたりする。
実質的な乗車時間だけ見ると意外と新横浜は近いのかもしれないのだけど、どうにもタイトに行動するのが苦手なようでそれは遠ければ遠いほど早めに動く傾向が強くなり、成田空港に7時のチェックインなのに5時前に着いてしまいどうにも驚いてしまったこともある。
しかも空港は7時まで閉鎖されていることなんてつゆ知らず早々に車を置いて空港に行ってしまい、しかもあろうことか真冬の最中で、しかもマヌケなことに行く先が南の亜熱帯の国だったこともありハナから半袖短パンにサンダル姿で、震えながら扉の前に佇む独り。
ボクは根本的な部分で大きな勘違いしてるのかもしれない。
ボクが思っているほど日本は広くないのかもしれない。
 欲を言えばグっと地殻変動でも起きて新横浜が伊勢原あたりに来てくれたらボクの生活もだいぶ変わるのにと思う。

 話はフラワーフップスのライブなんですが。
はるばる出かけてよかった。
圧巻のライブ。
それぞれの音量バランス、それぞれのスキル、表情、間、口を挟む余地などない。
ちょっと難しい日本語で言わせてもらえるなら、

”やば、かっこいぃ”

 普通ドラムというのは観ていると、叩いた箇所しか震動が見てとれないのだけど、いつも思うのはハナさんが全部を使ってリズムを叩くとドラム全体が心臓のように動いて見えるんだよね。
そして時々バスドラですごいことをしてるのが床を伝ってケツの穴に響いてくる。
その都度ウンチが漏れそうになる。
あんな涼しい顔で叩いているけど両足は自転車を漕ぐようにすごいことになっていると思うとなんだかもう困ってしまう。
そしてギター同士のかけ合い。
普段ボクが弾いているのは何なのかわからなくなってくる。
やっぱりつくづく思うのはリズムなんだな〜と。
田辺さんのカッティングを見てても、自由にやってるようでしっかりとハナさんのスネアと決まったところで落ち合っている。
大事なところでの約束事がしっかりできてるから後の部分の余白が無限に広がる。
ボクの場合大事なところでの約束事ができないのに自由なことをするから、演奏前のそれぞれの音出しのようになってしまう。
 ライブ終了後ギターの田辺さんにエフェクターの話を聞けた。
そしたら、
”オーバードライブでギンとやって、絞ればクリアになって。ソロはこれを踏んでガチン。基本はこれだけだよ。このエフェクターは色が気に入って買っただけ。ははは”
ほぼ片島の大ちゃんと同じことを言う。
デキる人ほどシンプルなんだ。
ただあらゆる探求を重ねた上でのシンプルさと、ボクのようにそのままを鵜呑みにしただけのシンプルさでは全然質が違うので、謙虚さは忘れずにと思っている。
 いい刺激になった。
これからエレキを持ってスタジオに行ってきます。
 秦野からあざみ野って遠いんだ。
あざみ野から秦野はもっと遠いんだ。。。
2012.10.7[日]

〜今夜はフラワーヒップスat 新横浜ベルズ〜
 今週こーじとりえちゃんの月命日の日。
柿島さんからメールが来て、一枚写真が添付してあった。
見覚えのある景色。
勝沼は金剛寺、二人の墓から望む近くの山の写真だとすぐにわかった。
”そこのお寺のぶどう。すごくおいしいですよ。気をつけて帰って来てください”
と返信をした。
 ちなみにこーじの戒名には松という字が入ってる。
りえちゃんの戒名には音。
音楽に関係してるからとご住職が考えてくださったとのこと。
松はただの偶然なのだろうけど少し嬉しかったな。

 今週は叔父から連絡が入って親父が危篤とのことで早く仕事を終わらせ地元に戻った。
最後ぐらいは会いに行ってやろう、とそれだけの思いしかなかった。
お袋と別れてからずっと寄り添っていてくれてたノリコさんが親身に世話をしてくれていることに息子として頭が下がる思いだった。
とりあえずは一命をとりとめたけど人工透析直後でチューブに繋がれた痛ましい姿で高鼾をかいて寝てた。
満身創痍。
もういつ逝ってもおかしくない容態とのこと。
叔父と話して延命措置も行なわないことに同意した。
歯も抜け髪の毛も抜け、昔のゴツい親父とはほど遠い老人がいるだけだった。
 まあとんでもない親父だった。
ボクは今この年になっても親父が何の仕事をしていたのか知らない。
小学校の給食費から始まって、高校の授業料はその当時の担任の先生が払ってくれてたと思ってる。
借金で家を売り払って移り住んだ賃貸住宅だって、何年も家賃を払わずに住んでいることを不動産屋から聞かされすぐにボクは家を出た。
家からも親父からもサラバをしてもう20年近く経つ。
19の頃だったからね。
 憎しみしかない父子関係なんて悲惨だよ。
だけど弱っているボクにはそのドライな親子関係に救われているフシがある。
もうこれ以上の悲しみを受け止める自信のない今のボクにとっては、親の死を目の前にしても尚も冷静にいられることが皮肉にも救ってくれてる。
 ただ死にゆく親父には意識のあるうちに一回ぐらい顔を見せてあげようと思ってる。
もう時間がないんだ。
驚くほど感慨はない。
この顔を病院まで届ける作業に似た感情。
だけど嫌なシコリを残したくない。
自分のためなんだ。

 Badニュースはもうたくさんだ。
携帯の着信音がする都度嫌な緊張が走る。
 こんな時こーじがいてくれたら、と思う。
どんな重いことでもうんうんと聞いてくれた。
大したアドバイスなんて持ってないんだ。
幸せな家庭でしっかり育てられた彼には、生態の違う動物の巣を説明するようなボクの話にはかける言葉なんてなかったろう。
だけど誰にも言えない心の闇を知ってもらうだけで心がなんとなく救われてたんだ。
 生きてるといろいろある。
だけどそのいろいろに直面する都度に失った者の大きさを知ることになる。
今がまさにその時なんだ。
2012.10.6[土]

〜第一歩〜
 暑いな。
体が夏の時のニオイがする。
汗臭いんだ。。。
 町を行く人みんな眩しそうな顔をしてる。
台風で大気のチリがすっかり散らされて日差しが真っ直ぐに来る。
今朝見た女子中学生なんか両手ですっぽりと顔を覆って歩いてた。
気持ちはわかるけど、悪びれずに堂々とやってのける顔も見ぬそんな彼女が好きになった。
ボクも自慢じゃないけど急な雨の時などは頭の上に両手をかざしサササササと雨を切って濡れるのを防いでいるつもりでいる時がある。
だけどさすがにバカっぽいので人前ではやらないようにしている。


 先週土曜日はビッグマウス。
お越し頂いたみんなありがとね。
はなさんナオヤとの待ち合わせ時間の30分以上も前に着いてしまい困ってたんだけど、二人に会って気持ちが落ち着いてゆくのがわかった。
ライブ前の時間を独りで過ごすことなんてなかったからね。
早く誰かと会って、
”オレ今喉乾いてんの”
と知ってほしかった。

 ライブは無事終了。
成功した。
ライブ途中でギターが弾けなくなって泣きながら帰ってしまう自体を免れただけで成功なんだボクの場合。

 やっとやっと一歩前に歩き出したような気がする。
この一歩がすごく恐かったんだ。
だからひさしぶりに気持ちが落ち着いてる。
一生忘れられない一日になったな。
心強い仲間たちのおかげです。
ありがとうございました。
 次は10月13日(土)秦野戸川公園だ!!!
(2012.10.1[月])


もどる バックナンバー
ログイン   Powered by HL-imgdiary Ver.3.03