昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2013年01月の日記

〜新たなるチャレンジ〜
 facebookを始めようかと思っているのですが。
なんせ未だに和式便所しか信用せず、インターネットと言ってもエロサイトとこの日記ぐらいにしか利用してないもので、友人などからは”いいね”をすでにもらっているようなのですが、その後ボクは一体何をどうすればいいのかわからなくて困ってしまっています。
 ボクだって情に熱い人間です。
”いいね”
なんて言われたら、
”ありがとう!”
の一言でも言いたくなるのですが、どこをどう探したって”ありがとう”のボタンがあるわけでもなく、パソコンを前に良心の呵責に苦しむのもどうかと思うのですが、まったくそんなようなアンバイですので、どうかもうしばらくボクの理解までの時間を頂けたらと思っているのです。
 とは言っても今日はアカウント登録を完了させることができました。
もうそれだけで肩で息をしている始末ですが。
ただこれで片足は突っ込んだことになります。
なんだかよくわかんないけど知った顔も何人か見かけました。
いちいちドキっとしている自分がいますが。
別に覗かれているわけではないのに姿勢を正したり髪型を直したりしてしまいます。
 facebookではたくさんの写真を載せたいと思っています。
またひとつ違う表現のツールとして使っていけたらと思っているので、どうぞ覗いてやってくださいね。
まだ手をつけてませんが。。

 こーじとの写真もたくさん載せるよ。
知らない人が見たらホモだと思われるんだろうな。。。
まあいいや。
 
(2013.1.29[火])

〜命〜
 アルジェリアの人質事件。
新しい情報が入ってくる都度、なんとも言えない思いがしてました。
早々にDNA鑑定という言葉で安否の報が伝えられると遺体の損傷の激しさが窺えてきます。
今朝も新聞を読んでると2体は爆発による死因との記事が。
詳細が伝わってくる都度、ご家族の心痛に思いを馳せざるおえません。
 知りたくないけど知らなければいけないこと。
受け入れがたくとも直視しなければいけない現実。
考えられたたくさんの選択肢。
”〜たら〜れば”の空論ほど遺族を苦しめることはないと思います。
ただただ亡くなられた方々のご冥福を祈るのみです。

 最近柄にもなく命について考えさせられます。
先週寝たきりの親父を見舞いました。
8階の病室からは市ヶ尾の田園風景が見渡せました。
こーじが育った市ヶ尾の町。
死を待つ親父はどんな気持ちでこの風景を見ているのでしょう。
 右手しか動かなくなってしまった親父の手を握り笑ってあげました。
親父に触れたのも何十年ぶりでしょう。
”おかげでこんなに立派になりました。ありがとう”
と伝えました。
幼少期以来の父子との会話のような気がしました。
 先の長くない親父のために、言葉は出し惜しみしません。
また近いうち見舞うつもりでいます。
 


 

 
2013.1.27[日]

〜生みの喜び〜
 今日は名古屋で荷を卸しましてそこから岐阜県の海津へ行ってきました。
ちょうど滋賀県との県境。
残雪の養老山地が目の前にそびえるコンビニでだいぶ待機させられました。
なのでこんな時間の帰宅。(22時15分帰宅)
今朝は朝の4時には東名高速に乗っているんですよ。
ただでさえ小さい目がショボショボしています。
なんたる労働時間。
普通ならふてくされたくもなるのですが、ちょっと前から手がけていた新曲を長い待機時間を使ってほぼ完成させることができました。
なのでヘッチャラです。
長い待機時間に感謝さえしています。
 よく産みの苦しみとは言いますが、生みの喜びもヒトシオで、きっと母性に近いものがあるのかもしれません。
 もちろん次のライブで歌うつもりでいます。
(2013.1.23[水])

〜ミッシェル〜
 だいぶのごぶさたになってしまいました。
こんな駄文でも日本はおろか世界各地からご愛読頂いてまして、急なクローズに心配をかけてしまったようです。
安否の確認のメールを6通ほど頂きました。
 本来なら事務所なりマネージャーなりに対応を任せてダンスの稽古にでも励んでいたいところなのですが、なんせ6通なもので丁寧にコトの経緯を1人1人に説明させて頂きました。
売れないアイドルは惨めなものです。
トホホ。

。。。


 ま、冗談は顔だけにしといて(ほっとけ)、しばらくのクローズの経緯を簡単に説明しておきます。
ホントに簡単にですよ。
 ドメイン名の使用期限が過ぎていたみたいです。
以上。
 
 まあホントにホームページに関してボクは無知とアナログと性欲を足して2で割ったような顔をしてテンデ関知していなかったもので、まるっきりお手上げだったのです。
しかも今回などもそうなのですが、プロバイダーからの連絡は全てこーじ宛にいっちゃうんですね。
なので全てが事後対応になってしまう。
その一切合財をこーじの勤めていたアイランドスタジオのアキさんがその都度プロバイダーにかけ合い説明をし対応、解決してくださり今回も早急な復旧に至ることができました。
ホントに頭が下がる思いです。
ありがとうアキさん。
ボクはその間、電話口で、
”はぁ、はぁ、そうなんですか。はい、はい、じゃあそれでお願いします”
とわかったようなわかんないような相槌を繰り返すだけで、ただただ復旧を待っていればいいだけのテイタラク。
情けない。
今後はアキさんに協力してもらい、ホームページも少しづつリニューアルしていくつもりでいます。
みなさんもいろいろな思いがあるとは思いますが、1つ1つの変化の意味を酌んでくださりご理解くださりますようお願いいたします。

 さて、日記なもので近況でも。
昨日は2月23日のライブ会場である東海大学前駅近くのタウンニュースビル2F”ミッシェル”というお店に行ってきました。
下見がてらライブ鑑賞。
第一印象は、
”広っ”
第二印象は、
”きれい”
第三印象は、
”オシャレ〜”。
 こんなところで歌っている自分を想像すると鼻の穴が膨らんできます。
例えていうなら、ステージでのジャズのビッグバンドの演奏をBGMに、客席からテラスに至るまで着飾ったオトナの男女がグラスを傾ける優雅な夜といったところでしょうか。
ぜひとも来月23日はスピリッツ、そしてみなさまの居場所がもう1つ増えることを今から鼻息荒く願っているのです。
よっぽどの予定がない限りはご来場頂くことを、鼻息荒くお願い申し上げる次第であります。
鼻息荒くなってばかりで困っているのです。








(2013.1.22[火])

〜初荷〜
 申し訳ないぐらにのたっぷりの休暇を頂きまして、心身ともにキッパリとリフレッシュできました。
前半はふらふらと出歩いては夜な夜なヘロヘロと酔っ払っていましたが、後半になると急にスコンと引きこもりましてペラペラと活字を追ってはスヤスヤとよく眠りました。
メリとハリのある休暇。
短い休みだと遊びか休息でそういうわけにはいきません。
サービス業の友人などからは、
”いいな〜、そんなに休みがあって”
なんて言われるのですが、ホントにそう思います。
 勤勉を誇る国民性。
これはかつての日本人の誇りでありました。
農耕民族の日本人は休むことに一抹の後ろめたさを感じる血が流れています。
ボクはきっと狩猟民族の出なのでしょう。
逃げるモノを見ると追いかけるクセがあります。
労働を悪と考え不貞を美と感じます。
ションベンは野原で済ませ満月の夜には落ち着きがなくなります。
”オレはライオンなんだ”
と思うのですが、よくヒトからは、
”犬だね”
と言われます。
なんの話をしてるのでしょう。。。

 今日からボクの労働も始まります。
初荷というやつです。
2013年記念すべき初荷は、
”ドラム缶”です。
180〜200`ぐらいあるドラム缶をバシバシぶっ飛ばしてきます。
なんだか我ながら自分に合う仕事だなと思うのです。

 仕事柄、毎年安全運手祈願のお守りを頂きます。
今朝も下駄箱の上にポツリと届けてありました。
ありがとう。
これをトラックのルームミラーにぶら下げることから今年のボクの仕事が始まります。
プロの意識。
それは例え夢が他にあってもこれでメシを食っている以上持つべきもの。
これはステージに立つ時も同じ。
プロの意識。
 さ、行ってきます。
(2013.1.7[月])

〜引きこもる〜
 幸せだな。
今日は一歩も外に出る用事がないの。
だから一歩も外の空気を吸わず”読む日”と決め込む。
飽きたら次、飽きたら次、と大体3冊を同時進行で読む。
これだと一日中読んでいられる。
でもボクは知っている。
人恋しくなって夜になるとフラっとハッピーに行ってしまうんだね。
だけどハッピーはもはや、ちょっと長い廊下の先の台所のようなもので、ボクにとっては外出にならないの。
2013.1.5[土]

〜ふらりふらりと〜
 やっぱり幾つになっても母親というのは息子と会うのが嬉しいのでしょう。
ボクが顔を見せに行くとキチガイのようにしゃべりまくっています。
逆に幾つになっても息子というのは母親がうっとうしいもので、ひさしぶりとはいえ30分も話しているともう帰りたくなってきます。
それでも愛猫のフーコがいてくれたおかげでなんとか発狂せずに済みました。
逃げるように早々に就寝し、起きて朝ご飯を食べ終わるとさりとて用事などないのに逃げるように出てきてしまいました。
逃げてばかりでなんだか申し訳ないような気がしましたが、玄関でじゃあと言ってハグをしたら、やっぱりキチガイのように嬉しそうな顔をしてたので、まあよかったとしましょう。
 ボクがまだ中学生ぐらいの時などはベランダからボクが見えなくなるまで手を振るまだ若きミチコ(母)がいて、ボクなどもまだ母性を欲していたのでしょう、角を曲がるとグスンと涙してた可憐な少年(ボク)という別れなどがあり、角を曲がれば急に解き放たれた犬のように駅までの道をスキップする今とでは随分と少年とミチコも年を重ねたものです。
※ボクは父に育てられ母は東京の下町に住んでいて定期的に会いに行っていたのです

 母との時間から開放された反動でなんだかこのまま秦野へ帰るのも勿体なくなり、暇してる友人もうまくつかまったのも手伝って急遽スカイツリー見学と相成りました。
母の住むマンションからスカイツリーは歩いて20分ぐらいの距離なんです。
 スッコーンと抜けるような青空を突き抜けるようにスッコーンと鎮座するスカイツリー。
スコーンスコーンいうだけで5秒見てたら飽きてしまいどうにも困ってしまいました。
そしてヒトヒトヒト。
館内放送が、
”長野からお越しの○○様。ご家族が○○でお待ちしております”
国内はもとより飛び交うは中国語、韓国語、タガログ語、英語、関西弁 時々犬。

 スカイツリー駅から秦野まではちょうど2時間かかりました。
やっぱり遠いね。
 今夜は親しい人の誕生日を祝うため横浜は元町へ。
いちいち秦野に帰ってくるからなんだかバタバタと忙しく感じるのですが、やっぱり寝る時ぐらいは一人でいたいのです。





 
(2013.1.4[金])

〜2013始める〜
 なんだか風に揉まれた年末年始でした。
伊豆半島の先っぽあたりまで行って富士を眺めてきました。
海上は大荒れで、海岸に近づく都度にのっぺりとした波が白く崩れてゆきます。
なんだか津波を見ているようで意外にもいい気持ちがしなかった。
 ボクはここ数年手を合わせて拝むことと言ったら自分そして愛する人一人一人の健康。
それだけ。
そう、健康であればそれでヨシとする。
あとは各々で好きにやってくれ。
 
 昨日はちょっと遠回りをし夜の町を歩き家路に着きました。
高台の日本赤十字病院の病棟から明かりが漏れています。
なんだかそういうことも忘れ無邪気に新年気分に浸りたくなかった。
何年か前に親しい友人もあの中で年を迎えてた。
そして今はいつ死んでもおかしくない父親が病室で年を迎えている。
病気なんて明日は我が身のロシアンルーレットなんだよみんな。
去年からずっと親父の訃報が届くのを覚悟している毎日。
携帯が鳴る都度に緊張する。
一日でも長くなんて思ってはいない。
だけど少しでも楽に安らかにとは心から祈っている。
憎み通せない分、辛いんだよな。


 元日、三が日とはいえ、けっこうみんな暇を持て余しているらしく、ちょちょいお誘いを頂きます。
ボクだってゴタブンニモレズなのですが、飛び飛びに入っている細かな用事が邪魔をして、行きたい誘いに乗れず歯がゆい思いをしています。
今夜もお袋のところに行くよりも、なんのリガイもシガラミもテライもいらない呑み仲間のトオルちゃんと鍋でもつつきながらベトナムの移住計画の話でもしたいところなのですが、露骨に落ち込む我が母の声を想像するとそういうわけにもいかず、まあ新年ぐらいはという気持ちで上京せざるおえないのです。

 先日の日記で大事なことを書き忘れていました。
今年一発のライブは東海大学前駅のお店(名前は確認しときます)と書きましたが、日程は2月23日(土)となっています。
ちなみにそこでは4月も決まってまして27日(土)となっています。
毎回ボクの大好きなゲストを迎えてのツーマンライブにする予定でいます。
どうぞちょっと先の話で恐縮なのですが、新しい手帳の2月23日、4月27日の欄にハートマークを入れてといてもらえると幸いであります。
   
 さあ、不精髭を剃って出かける準備をしましょうか。。。
 本年もひとつよろしくお願いいたします。

 
 
(2013.1.2[水])


もどる バックナンバー
ログイン   Powered by HL-imgdiary Ver.3.03