昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2013年03月の日記

〜中央道〜
 明日はひさしぶりの長野は駒ヶ根への旅。
と言っても仕事ですが。
前回行った時はすっかり駒ケ岳が雪化粧をしていて、その時はまだ暗いうちに到着していたもので目覚めのフロントガラス越しの雪山の存在には驚いたものです。
もうすっかり雪解けしているのでしょうか。
今回もなるべく暗いうちに現着して、また目覚めのフロントガラス越しからの景色にわざとらしく感動するのが楽しみな旅でもあります。
仕事ですが。
 帰りはそのまま愛知まで下りまして荷を積み東名高速で帰宅。
なんだか日本の真ん中を一周したようで気持ちいい旅でもあるのです。
 仕事ですがね。
(2013.3.27[水])

〜サクラマスの季節〜
 今年の桜は早いようで、改めて辺りに目を配りますとソコココに桜の木が開花しています。
”なんだ〜。君は桜だったのか〜”
なんて場所もあり、急に景色が賑やかになってきました。
 そんな春の行楽渋滞なのか東名高速も大渋滞。
下りが混んでる頃ボクは上り、上りが混み始めてる頃ボクは家路へ下る行楽とは無縁の日。
 行楽の車とはいえ、あの渋滞を見ると羨ましさいという気持ちよりもご苦労様という気持ちの方が強くなってしまう。
どうにかならないもんかね。

 全ての用事を終え帰宅したら気が抜けてしまったようで、油断をしてると口をポカーンと開けボーっとしてる始末。
このままだと19時頃には寝てしまいそうなので、ちょこっと一杯ひっかけてこようかな。
 なんか今夜はどうしても呑みたいんだ。
ヘロヘロになったら何も考えずドロのように眠ってやる。
嗚呼、マンガのように腹がグーグーなってうるさい。
2013.3.23[土]

〜浜辺の記憶〜
 また新曲を書きました。
”浜辺の記憶”
タイトルとメロディーはずっと前からあったんだ。
”若い母が笑っている 潮の香りの浜辺の記憶”
でも心を父へ向けて書き直した。
 ボクは父親のことは誰にも話したくなかったんだ。
でも先の短い親父へ、ボクはわずかばかりの新潟の海で遊んだ思い出を手繰ってこの曲を捧げることにした。
 誰も降って湧いた命じゃないんだ。
どんな環境で育っても1つぐらい焼きついている思い出はあるよね。
それはずっとついて回る一生の宝物になるんだ。
 年を重ねるということはとってもいいこと。
どんな辛い過去でも対峙できるようになる。
最後の最後には否定できない部分でもあるんだから。

 明日はこーじが生きていれば37回目の誕生日。
でも親父の容態が思わしくなく病院に行くことにした。
ランチを約束してたこーじのお母さんにメールしたら電話がかかってきた。
"今ね、桜を見に歩いているのよ”
”桜咲いてます?”
”う〜ん、咲いてたり咲いてなかったりね”
相変わらず大事なところが曖昧なところが変わりなくホっとした。
”お母さん、今回はごめんなさい。4月に入ったら近所でおいしいもの食べましょう”
”はい、ありがとう。まっちゃん。くれぐれも運転気をつけなさい。ボケっとして運転してちゃだめよ”
”はいお母さん”

 今日はいろいろ考えて疲れてしまったな。
”あ、も、疲れたー!!!”
と言って全部放り出してしまいたくなるんだけど、それは最後の砦としてなんとか一日一日先送りしているような日々。
(2013.3.22[金])

〜with サックス〜
 昨日はブルースナイトにお越しのみなさん。
長丁場な夜お付き合い頂きありがとうございました。
ホントだったら仕事の関係で自分の出番を終えたらノコノコ帰ってしまう予定だったんだけど、本番前日になって仕事の都合がついてしまい、結局後半はお客さんとして楽しませてもらいました。
思わず唸ってしまうような歌あり笑ってしまうような場面あり多種多様、ヒジョーにフェスティバルな夜でした。
 なによりフードコーナーが設けられており、そこの味噌味の鍋がうまかった。
5、6杯おかわりしてしまいました。
なのに帰りはラーメンを食ってしまいました。
帰って歯を磨いたら、ニラがたくさん出てきました。
今朝起きたらお腹がポコリと出ていました。
 昨日はアオイちゃんというサックス奏者のコが来てました。
管楽器でブルースを歌いたかった夢が果たせた日でもありました。

”オレね、これとこれとこれ歌うんだけど、入ってくれる?”

”ええ??いいんですか?”

 出し惜しみしない才能っていいですね。
またの共演が楽しみなのです。
(2013.3.21[木])

〜キング様〜
 今夜ボクはブルースの巨人BB.KINGの曲を歌うので昨夜ちょこっとホンモノを観てオサライしといた。
やっぱりキングのヴォーカルはすさまじい。
マネて歌ってみるとすぐに喉が痛くなる。
でもバックの演奏を押さえつけるほどのあそこまでのヴォーカルがないとキングの歌にはならないと思っているので、なんとかがんばってみるつもりでいます。
 今夜ボクが歌う一曲目のブルースは、
why i sing the blues。
なんでオレがブルースを歌うか教えてやるよ、というフレーズがノッケにあって、あとはただガナリながらその理由を歌い上げてゆくキングの定番ナンバー。
なんだか今のボクにはグっと共鳴できる歌なんだよな。
英語の歌詞なんだけど、うまく自分の気持ちも乗っけられたらと思っています。
 場所は新横浜ベルズね。
こーじ、りえちゃん、観てろよ。
(2013.3.20[水])

〜松阪牛メンチの実力〜
 春の嵐だわ。
仕事から帰ってきたら干しっぱなしの洗濯物がビショビショ。
昨日のオレの労力ってなんだったんだろう。
おまけに今日は朝からクシャミが止まらない。
トラックの中に常備してあるティッシュは午前中になくなってしまった。
あとは買い置きしてあるマスクでハナをかんでた。
トラックの中のゴミ箱が栗の花のようになってて思わずキレイだった。

 先週は土曜日は東神奈川J-バッカスにて東日本大震災の祈念イベント〜そうぞうりょく〜。
藤原の亮ちゃん、ROSE、お疲れさま。
そして足を運んでくれたみなさんありがとう。
時に重いテーマになりがちなコンセプトなんだけど、賑やかに楽しい夜になった。
それでいいと思う。
救われる報われるモノがないと継続は難しい。
一生の付き合いになるモノに対して正直に面と向かってたら生きていけない。
 当日は東北3県の地ビールが用意してあった。
その売上げが寄付に回るという。
ビールだけは受け付けないというヒトが、
”ビール飲めなくて申し訳ない”
と恐縮してた。
全然そんなことない。
あなたが来てくれてボクらの歌を聞いてくれる。
あなたが来てくれたことだけでまた違う力へと還元されてゆく。

 話は変わりますが。
あさって水曜日は毎月恒例行事”ベルズブルースナイトクラブ”。
この日は東日本大震災のチャリティーイベントも企画されているとか。
ひさしぶりに参加できる。
ひさしぶりのブルースの仲間と共演できるのを楽しみにしてるし、ジョンファ、静香ちゃんの強烈な存在感あるヴォーカルを観るのも楽しみ。
ブルースに興味ない方でも十分に楽しめる夜になると思うのでぜひ新横浜ベルズへお越しいただければ幸いです。

 話は変わりますが。
今日は三重県の久居という町へ行ってきました。
深夜1時30分に秦野を発って全線高速道路を使って朝の6時に到着。
松阪牛で有名な松阪市も近いことからソコココに”松阪牛”の看板が。
あまりにもしつこいので途中パーキングに寄り松阪牛のメンチカツを1つ買って食ってみた。
ナツメグの味しかしなかった。。。
(2013.3.18[月])

〜それぞれの役目〜
 さあ明日はオレのステージ。
東日本大震災復興祈念ライブ〜そうぞうりょく Vol.2〜
去年と同じメンバーだ。
主催者の藤原亮、そしてROSEとオレ。
 去年はこーじもいてりえちゃんも観に来てくれた。
本番までの時間3人で駅前の立ち呑み屋へ行き串揚げをつまみにとりとめのない話をした。
”ひさしぶりに3人で呑もうか”
そんな約束をしながら一緒に東神奈川へ向かったんだよね。
結局3人で呑んだのはそれが最後になってしまったな。
 明日はなんとか時間を作って今ボクのそばにいてくれているハナさんナオヤ、クミさんとその3人の最後の思い出の場所に行きたいと思っている。
 東日本大震災に限らず、ホント毎日尊い命が失われてゆく。
1つの命に対してたくさんの悲しみが生まれる。
明日はそういう日なんだ。
死者をそれぞれの役目で弔う。
明日ボクの役目は歌うこと。
ただのセンチメンタリズムに浸るのではなく、少しでも前向きな力に還元する。
東北出身の藤原亮の取り組みをそれぞれの役目で応援する。
先頭に立つ者。
それを後押しする者。
それを後押しする者。
その繰り返しが支援。
 みんな、来てくれよなぁ。
そしてオレを観てください。
それぞれの役目。

 昨日はなんだか急に知恵熱のようなものが出てしまい、新横浜のビル風にもまれながら困っていたんだけど、しっかり寝たら治ってくれてホっとしている。
ひさしぶりの発熱にどうにも弱気になってしまった。
ホント治ってくれてよかった。
これで今夜酒が呑める。
でも明日のためにいつものようにはならないよ。
(2013.3.15[金])

〜思わず休日〜
 昨日の強風には参ってしまいました。
身軽な方、大丈夫だったでしょうか?
湾岸沿いにいたのですが、時々の突風はボクの体までもを飛ばしかねない威力を持っていました。
強風の後は鳥の死骸をよく目にします。
突風でバランスを崩したハトやカラスなどがフロントガラス目がけて突っ込んでくるんですね。
歩くのが苦手な鳥にとって地獄の一日だったのではないでしょうか。
”鳥になりたい”
なんて軽はずみに言うもんじゃありません。
 
 昨日強風による被害を受けました。
ヘルメットを飛ばされたり、チャックが開いていたりは(これは風のせいかはビミョーですが)その都度対処していたのですが、トラックが被害を被ってしまってはどうにもなりません。
三重、愛知行きのドラム缶を積もうとトラックの荷台へ上がり、やりもしないゴルフのスイングなどをマネて積み込み開始を待っていたところ、
”あらら、運転手さん。すごいことになってるよ〜”
ん?と思い指差す方を見上げてみれば、荷台を覆う幌がポッカリと口を開けてしまっているのです。
突風で幌が引きちぎられてしまったんですね。
これでは走行不能です。
このまま走れば風をモロに受けてしまい、走るマントさながらになってしまうのは想像に難くありません。
急遽代わりのトラックを手配してもらいそのまま近所の修理工場へ逃げ込み秦野まで帰れるようにとりあえずの応急処置。
本日トラックは入院と相成りまして主人のボクは宿のなくなったカリのように急に訪れた休日にトヘっとしている次第であります。
 身入りの減ったサモシイ打算と急に訪れたウレシイ時間に、さてどーすんべかなんて思っているんですが、ハタと思いつき今日の予定はすぐに決まりました。
 おとといこーじとりえちゃんが公私共々お世話になっていたカオルさんから電話があり、
”マツ、オレは一日も忘れることはねえよ。14日にベルズでライブやるんだ。場所が場所だけにもうどうにもそういうライブになっちまう”
というようなことを話していました。
ひさしぶりのベルズ、ひさしぶりのカオルさんのライブ、辛さも楽しさも全部ひっくるめて観てこようと。
オコガマシくも受け止めようと。
コロっと与えられたこの時間は、
”まっちゃん、カオルさんのライブでも観て勉強してきなさい”
とこーじが言ってるのかもしれないなんて勝手に解釈しまして、ましてやこのタイミングは無駄にしたくないという思いがこみ上げてきてね。
 新横浜ベルズはこーじとりえちゃんのもう1つの居場所だったんだ。
ボクがたまに行くとりえちゃんは、
”まっちゃん来たよ〜”
と嬉しそうに迎え入れてくれてた。
特にりえちゃんにはカオルさんには特別な思い入れがあって
カオルさんの話をする時のりえちゃんは珍しく頑なだった。
そしてよくりえちゃんはカオルさんとボクを比較してた。
”まっちゃんの女ったらしはまたカオルさんとは違うんだよ〜”
ってね。
ボクには告げないところでしっかりとボクを分析してた。
ボクは妹を見るような目で好きなように言わせていた。
時々こーじが、
”いやでもまっちゃんはね”
なんて口をはさむと古風なりえちゃんはこーじを立てながらもしっかりと丁寧にこーじを言いくるめていた。
キミらよっぽどボクのことが好きだったんだなぁ。
でもボクはもっともっとキミらのことが好きだぞ。
 今夜はカオルさんのステージを一緒に観よう。
そしてまたなんやかんやと語るべ。
(2013.3.14[木])

〜異国の目覚め〜
 なんだかすごい変な夢をたくさん見たな。
面倒くさいから言わないけど。。。
あれは一体どういう心理状態が影響しているんだろうか。
しかしなんであのコがハイレグに黒の網タイツ姿で踊っていたんだろうか。。
夢の中ながらボクは困惑していた。
睡眠が浅いんだろうね。
時々外の音が夢の中に入ってきて、夢の中に片足を突っ込んだまま、
”オレ今どこにいるんだっけ?”
なんて片方の頭だけで考えてたりする。
夢だとわかった途端大胆な行動に打って出たりするんだけど、大体が押し倒したり脱がしたりとヒジョーに心外な行動に出てしまう。
ひどい時はズボンからパンツまでもをすっかり脱いだ姿で目を覚まし独りで恥ずかしがっていたりする。
今朝も夢の中で腰を振っていたら電話で起された。
いつもの調子でテーブルの上の携帯に手を伸ばつもりが、ガーンとすごい音がした。
どうやら枕元のギターに手を打ち付けてしまったようで、考えてみたらトラックの中で、しかも名古屋の線路沿いで寝ていたのだった。
 線路沿いの立ちションはいつ電車が来るかハラハラしてしまい、少しだけパンツを汚してしまった。




 
(2013.3.12[火])

〜まだ見ぬ春〜
 2年前の今日も似たような陽気だったと記憶している。
寒くて晴れてて。
あと数時間経てば一瞬にして多くの命を奪ったあの時からキッカリ2年の月日が経とうとしている。
 改めて、謹んで冥福を祈ります。

 災害は災害として。
そして今も尚15万人もの人達が故郷に帰られないでいる現実。
2年経ってるのに。
今も尚放射線の数値が高い町。
今この瞬間も放射能に汚染された水がタンクに貯められているという現実。
 災害は災害として。
あんなものがなければ。。。

 経済的議論より心が先だろ。
今も尚避難生活を余儀なくされている福島県民、および被災者の不憫に気持ちを馳せれば、経済的損失、代替エネルギーのコスト高、そんなこと言えるか?
 
 あの瞬間まであと2時間とちょっと。
まだ見つからぬ多くの体。
ただただ黙祷。
春はまだまだ先。
(2013.3.11[月])

〜花粉症〜
 おとといから急に花粉症の症状に苦しんでいます。
今は少し落ち着きを取り戻しているのですが、何かの拍子に再発するかもしれないのでなるべくジっとしているのです。
特にハウスダストかなんかで思わずクシャミなんてしようものなら、それが呼び水となるような気になるもので、呼吸も死なない程度の最小限に控えています。
目のかゆみはどうにもならないもので、昨日走って買いに行った目薬に頼っているのですが、ヒトより幾分サイズが小さくできているボクのツブラナ瞳はなかなか目薬をうまく飲み込んではくれません。
なので蛇口の下のバケツの如く、ジョボジョボと目のあたりに思いきり良く垂らし、運良く受け止めることの出来た一滴にすがるような思いで瞼を閉じ飲み込むのです。
しかるに花粉症とは杉のメシベが。。。
もういいね花粉症のことは。

 昨日は来週に控えたライブに向けてみっちり4時間のリハ。
ドラムのハナさんがライブなのでベースのナオヤと2人のリハ。
なんでも事前にハナさんから新曲の音源を渡されてたとかでもうすっかり合わせてくれる。
ナオヤの実力はもちろんのこと、ハナさんの気配りには頭が下がる思いです。
そしてナオヤは、無口なようでしっかりと、
”新曲いいですね”
と感想をくれる。
曲作りとは調味料をたっぷりと使った料理のようなもので、作っていて一番いけないのは客観的な目が麻痺してしまうこと。
仕上がった時にはそれまで散々味見を繰り返してしまった舌ではホントのとこの出来がわからなかったりする。
人前で歌う前に披露するのは当然メンバーになるわけだから、そういった素の感想がグっとくるほど嬉しかったりする。
演奏はもちろんのこと彼のそういったフルマイからもすっかりボクは助けられているのです。
ありがとうなナオヤ。
そもそもナオヤこと白武なおやは1978年に神奈川県は横浜でその産声を上げ。。。
もういいねナオヤの話は。

 昨日の午後はちょっと精神的に疲れる作業をしていたので、スタジオに着いたときには心身ともにグッタリしてたんだけど、受付のアダチくんと話していたらニョキニョキと元気が盛り返してきた。
ちなみにアダチくんの名前もナオヤ。
スタジオが空いていたので時間よりも早く使わせてもらい、作りたての新曲やら弾き語り用にアレンジした曲を爪弾いているうちになんだかいよいよ元気になってきた。
ボクが今チャレンジしていることがあるんだけど、少しづつ近づけていけているような手ごたえを感じられた。
いずれそれらはライブで披露をし度肝を抜かせてやると思っているんだけど、プレッシャーに弱いボクはそれはまだ言わないようにしている。(言っちゃってるけど)

 そんなこんなで本日日曜日は昨日の疲れを予想して予定は何もいれておかないでおいたんだよね。
正解だった。
 昨日全てを終えた帰りの車で、すぐにでも眠れてしまいそうなほどの疲れを感じた。
体もすっかり汗臭くなんだか懐かしいような疲れ。
酒を飲みたかったけどもう時間も遅くそもそもがそんな元気もないことを知っていたので途中コンビニでビールを買い込み、帰ってからささやかに乾杯をしたんだけど缶ビールを2本飲んだところで目を開けているのが辛くなり急いでベッドに潜り込む。
 高速道路なら1時間走ればきっちり100`進むことができる普段の仕事と違って、なんだか前進しているのか後退しているのかわからない暗中模索なボクの音楽活動。
どんなに遠くへ行けと言われても、よっぽど仕事してる方が楽なんだ。
だけど手ごたえ、実感という部分では比にならないほどのモノがある。
 そもそもボクにはクッキリと歌う理由があるんだ。
痛々しいほどクッキリと。
 花粉症なんかに負けていられないんだ。。。
2013.3.10[日]

〜夜を駆けて〜
 今日は三重県は多気郡、松坂牛で有名な松坂のずっと先の方まで行って来ます。
初めての町。
 なるべく朝の6時頃には現着して異国の朝焼けなんぞを拝みたいので深夜の1時には出発です。
 今夜の帰りは何時になるかわかりませんが、目下最大の楽しみは今夜行き着けの”ハッピー”へ行き労いの美酒を味わうことなのです。
 エサがあればどこまでも走る。
みなさんも無理のない今日一日を。
(2013.3.8[金])

〜この道の先に〜
 今日は三重県の亀山に行きました。
鈴鹿サーキットの近くです。
同僚も近所を走ってるとかで、
”あぁ、じゃあ同じ306号線上にいるんだね〜”
なんて話してました。
なんだかいい会話でしょ。
ゴツイのを転がしてても意外とかわいい会話をしてるもんなんです。
(2013.3.6[水])

〜一日一生〜
 先週土曜日、転院先の病院へ父を見舞ってきました。
ちょうどリハビリの最中で自力でベッドに腰掛ける練習をしていました。
 昔一緒に風呂に入りその逞しい握りこぶしに憧れの念を抱いていた強い父、思春期に入り殺してしまいたいほど憎く恐ろしかったあの父とは別人の、ただただ老人がうつろな目つきでかろうじて息をしてるかのごとく生にしがみついている。
 右手1本しか動かないのにアパートに帰りたいと駄々をこね叔父を困らせている父もボクの話はおとなしく聞いてくれる。

”ゆっくり時間をかけて、せめて1人で腰掛けられるぐらいになればいいさ。それまでアパートの荷物は一切合財は預かってやるから”

 そんなのウソなんだ。
もうそんな余裕はない。
今月中にはわずかな身の回りを残して全て処分される。
親父と叔父とそのことで揉めていて関係がこれまでないほど悪化していたのでボクは、
”ホントのことを全て伝えなくていいんじゃない”
と間に入った。

”親父は余計な心配はしなくていいから、今は一日でも早く体を元に戻してこんなところから抜け出すこと”

と伝えたら子供のようにコクリと頷いてた。
それもウソなんだ。
体が治る前に寿命が尽きてしまうのは誰の目にも明らか。
でもいちいちホントのことなんて伝えなくていい。
 鬱屈して一日を過ごすより、希望を持って一日を過ごした方がいい。
本人は気付いていないけどもうそんな段階なんだ。
 あと何回親父を見舞えるか。
その一回一回がボクの父への親孝行。
 次はお土産の1つでも買っていってやろうと思っている。
(2013.3.5[火])

〜我がルーツ〜
 今日の朝は愛知県の犬山という町で迎えました。
なんだか坂のないまっ平らな町なもので、白み行く空の色の変化が面白いように見てとれます。
 道路にある温度計は−3℃を示していました。
暖かいトラックの中では実感が湧かないものでわざわざ外に出てみました。
死ぬかと思いました。

 2日に一回は東海地方へ下っているので、もうすっかり愛知、三重、岐阜あたりの地理は頭に入ってしまいました。
今日も、
”あんたこっちのヒトかね?”
と聞かれました。
よく関西のヒトからも言われます。
前にサマール島に行った時などは村の長老に、
”どこの島から来た?”
というようなことを言われました。
その時はニホンから来たと何度言っても信じてもらえませんでした。
その時の長老の言い草が忘れられません。
”ニホンジンはこんなに大きくない”
きっと戦中の日本兵のイメージのまま止まっているんですね。

 自分のルーツとはなんなのでしょう。
愛知県の豊田の山の方に松平という町があります。
たまたま岐阜に向かって国道を走っていたのですが笑ってしまいました。
地名から社名まで松平だらけなんです。
だけどボクの本能は懐かしみを呼び起こさないのです。
 ずっと前に”マレーナ”という映画を観ていたところ、シチリア島だったかな、の町の風景になんともいえない妙な懐かしみを抱いたのです。
もしかしたらボクはイタリア人なのかもしれないと思うのです。
(2013.3.4[月])

〜殻の中〜
 我ながら呆れてしまうほど終日何もやる気がおきず、ご飯ばかり食べ本ばかりを読み昼寝ばかりを繰り返していました。
8畳ほどのボクの部屋もよくよく考えてみれば贅沢極まりなく、ベッドのスペースがあればコト足りる生活なんですね。
日課のジョギングもさぼってしまいました。
独り言のないボクは今日自分の声も聞いていません。
中途半端に動くならジっとしてる方が利口なのです。
 ただボクだけが独りジっとナリを潜めている時分にもしっかり世間は動いていまして、メールなどの連絡事項は必ず日に何件かは入ってくるのです。
まったく今日などは沈黙の日と決め込んでまして、まったくレスポンスのないボク宛へのメールへは一抹の心苦しさを感じてはいるのですが、こうなってしまったらもう病気だと思って勘弁願いたい次第であるのです。
 できればもう一日ぐらい自我の殻の中へこもっていたいのですが、明日になればまた1週間の始まりの列車に飛び乗らざるおえないのが憂鬱でして、だけどどんなに悪態をついたところでそれでもしっかりと週末行きの始発列車に鎮座することを知っているボクは、今日一日ぐらいはと平気でヒト様のメールをシカトしてしまうのです。
 申し訳ない。
この日記の更新はせめてもの贖罪の意でもあり、ボクの生存の安否でもあることとご了承願いたい次第であります。
2013.3.3[日]


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