昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2013年12月の日記

〜距離感〜
 寒いのでストーブに張り付いていたら、軽く燃えたよ。
(2013.12.26[木])

〜イヴに会うヒト〜
 そもそもがクリスマスだなんだという家庭に育ってないので、この時期すれ違い様に、
”メリークリスマス!”
だなんて言われてしまうと(そんなヒトはいませんが)、戸惑ってしまう。
 毎年イヴの日などに、
”今夜のご予定は?”
みたいなことを聞かれて、
”いや、金魚にエサをあげて。。あとは。。屁をこいて寝るだけです”
なんて言うと、
”さびしいヒトね”
みたいな顔をされるのですが、そもそもが、
”クリスマスイヴを独りで過ごすのがさびしい”
という概念がないので、その都度、
”トヘ???”
となってしまうのです。
 まあいつまでも頑なに、
”反クリスマス”
みたいな顔をして(してませんが)歩いているのもなんなので、今年ばかりは勇気を出してあるヒトを誘ってみました。
”今夜空いてますか?”
答えは”OK”
返事をすぐくれるヒトは気持ちいいね。
 男 梶山庸介46歳!
あなたと2人でイヴを過ごしたかった。
 オシャレをして(ジャージですが)今宵行ってきます!
(2013.12.24[火])

〜遠くのクリスマス〜
 休日の早起き2日目。
起きる瞬間だけすごい辛いんだけど、5秒ぐらいジっとしてるとなんとなく大丈夫になってくる。
熱いコーヒーを飲むと爽快な気分になってきて何でもできるような高揚した躁の時間がしばし訪れる。
朝の6時から何かを成し遂げようと動き出すのも迷惑な話なので、垂直に立つ一時の精神世界から水平とした日常へと続く階段を下りてゆく。
このわずかばかりのエネルギーがいつももどかしい。
どこかに蓄積できるものであればいいのだけど、何をどこへが漠としてるのでもうどうにも手に負えない。
ほしい時にこの感覚はやってこない。

 今日は横浜へ出ようか散々迷っていた。
だけど人ごみを想像するだけで怖気づいてしまう。
クリスマスと言われてもボクは昔からシックリ来ない。
川原でたき火をしてた方がいい。
こんなボクを彼氏に持つヒトはかわいそうかもしれない。
だけどこんなボクを父に持つ子は幸せかもしれない。

 右足の古傷が再発してしまい、先週から走ることを自粛している。
今日などはもう大丈夫そうな気もするんだけど、一応念のためにと今日もジョギングはガマン。
汗をかかなきゃこの鬱々とした気分は抜けないのを知っている分、雨の降っていないこの空いた時間が恨めしい。
 いっそのこと雨でも雪でも降ってくれればいいんだけど、あのコのことを想うとそうも言ってはいられない。
(2013.12.23[月])

〜歌い納め〜
 休みの日の早起き。
今朝は冷え込んだね。
車のフロントガラスがスケートリンクのようになっていた。
お湯をかけたんだけどすぐに凍ってしまった。
お湯って凍るんだね。(凍りません)

 先日は水曜日に恒例のブルースナイトで今年の歌い納めをしてきました。
悔いの残らないいいステージだったと思う。
特にジョンファとボクのコンビはおすぎとピーコを超えてたと思う。
メインのヴォーカルの邪魔にならないようにと気を使いながら歌ったのは初めての経験だったかも。
余計なお世話だったみたいだね。
彼女のヴォーカルはボクの声なんて軽く超越してしまう。
いい勉強になった。
いいヴォーカリストを持つバンドの気持ちがわかった気がする。

 ちょうど一週間前の日曜日は録会〜のんだくれナイト〜でスピリッツの歌い納め。
 このイベントでスピリッツを歌い納められてよかった。
今のスピリッツを0から育ててくれた特別なイベントだからね。
実力のある4組の足を引っ張らないようにとだけ心がけていたけど、そろそろふてぶてしさを戻そうかと思っている。
自分なりに少し感触を掴めてきたんだ。
そんな気持ちにさせてくれるのはこのイベントでしかなし得なかったこと。
 こーじとりえちゃんの訃報が届き、真っ先に連絡をとったのがこのイベントのボスの1人”リムズ”の録さんだからね。
まさに次の日がこの録会だったんだ。
 泣きながら、
”録さん〜。明日スピリッツは行けましぇん!”
でもあの時一曲でも歌いに行って顔を出してボクの口からみんなに報告できて良かったと思ってる。
あの時引っ込んでいたらボクはもう歌ってなかったような気がするんだ。
そしてそれがこの録会だったからこそ行くことができたと思っている。
 恨み呪う運命にもわずかな救いを残してくれる。

 今年を振り返るのはまた今度にするけど、ホント今年もたくさんのことがあった。
あっという間だったなんて感慨はない。
いろいろあって長かった。
シンドイことだらけで、もう笑うしかなかった。
 ボクは泣いているヒトを見るとホっとする。
涙を超えると乾いた笑いしかないんだ。
 今年は父親を亡くした年でもあった。
あんなに恨んでた親父なのに、死んでから徐々に悲しい感情が湧いてきたのには我ながら驚いてしまった。
ここ最近は続けて親父の夢を見る。
若かりし日の親父が出てくる。
親父が夢に出てくるなんてことなかったから、自分の中で何かを感じているんだろうと思う。
 そして時々ムショーに悲しくなる。

 湖面を漂うわずかばかりの落葉のように、目の前を照らしてくれる素晴らしい出会い、関係の発展もいくつかあった。
それは決して多くはない分、強く深くボクを助けてくれている。
そしてそれがどれだけボクを再び生かしてくれてるか伝えたいのだけど、なかなかいい方法がなくて困っている。
 つまりボクは歌い続けていくこと。
それが言葉より伝わる恩返しになるということだと思っている。
2013.12.22[日]

〜見方を変えれば〜
 12月も半ば、今年もあと半月で終わってしまうんですね。
師走ということもあり忘年会とカコつけた呑み会が増えているのですが、よくよく考えてみればボクは普段から毎晩お酒を呑むので、よくよく考えてなくても普段と大して変わらないのです。
 話は変わりますが。
12月とはいえ思わずの小春日和の日などはボクは半袖で寒い寒いと言いながら過ごすのが好きなのですが、ここ最近急に冷え込みもきつくなり、不本意ながら長袖を着ることを余儀なくされています。(当たり前ですが)
 今朝も寒かった。
朝は熱いコーヒーで頭を覚醒させるのですが、今朝などは飲んでるそばから胃の中で冷めてゆくのがわかります。
こんなにもあっけなく冷めてしまうのなら、ノッケから冷たいコーヒーにしとけばよかった、そんな気さえしてきます。
その点、熱燗などはいいですね。
クピっと口の中に放り込みますと、ポカポカと体が温まってくるのがわかります。
もしも道路交通法がなかったら、ボクはこの時期毎朝クピっと熱燗をあおって仕事に行っていることでしょう。
あっという間に肝臓を悪くして命を縮めますね。
道路交通法には感謝しなくてはなりません。
法律も見方を変えればありがたいものです。
 

 
(2013.12.13[金])

〜2013年ラストライヴは録会〜のんだくれナイト〜
 秦野の駅前もご多分に漏れずクリスマスのイルミネーションがきれいでして、駅前だけを見てみれば一丁前に華やいだ町の態を成してるのですが、一歩裏路地なんぞに入りますと、あっけないほどに暗くなり、目の前を魚をくわえた野良猫なんぞが横切ったりするもので(魚はくわえてませんが)、なんだかヌフっとやさしい気持ちになったりします。
 先日久しぶりに渋谷の街を歩いたのですが、普段山と川しか見ておらずヤモリとばかり遊んでいるようなボクにとっては、完全に村人に囲まれた野生動物のように戸惑うことばかりでして、ヒトに道を譲ってばかりいたらいつまで経っても前に進んでいないことに気づき、すっかり待ち合わせに遅刻してしまいました。
すわ腹を決め道を開けろとばかりに歩いてはみるのですが、やっぱり手前半歩のところでボクが肩をどけてあげちゃうんですね。
根がやさしいんです。
都会ではやさしいはくたびれます。
 でも人間とは順応の生き物でして、数時間大都会の喧騒にもまれてただけで秦野に帰ってみると、心配になるほど静かな街なのには改めて驚いたふりをし、即席の都会人の顔を作り、
”やっぱりこっちは星がきれいだ”
なんて毎日見てる空にわざとらしく呟いてみたりする滑稽な自分がいます。
 そーいえばボクとこーじが好きで渋谷に行く都度食べていた”喜楽”(らーめん屋)がまだあったのが少し嬉しかったです。
 いきなり話が変わりますが、いよいよ今週ですね録会〜のんだくれナイト〜。
 今年の集大成のようなライヴにしたいと思っています。
スピリッツのライヴはその日が今年最後。
 今年も別れの年でした。
いろんなモノへのさようならという思いを込めたライヴにしたいと思っています。
ありがとう、という思いも込めたね。
 

 
(2013.12.11[水])

〜関越道を辿り〜
 昨日は関越道から北陸道、そして磐越道を乗り継ぎ新潟県は阿賀野という町へ行ってきました。
日曜日の夜、日付が変わった頃に出発し、まだ暗いうちに到着。
 地方の田舎道は無駄な街灯が気持ちいいほどに無く、長い距離を走ったという以外に、景色から異国の情緒を感じ取ることはできず、そこはかとなく漂っている硫黄のニオイが温泉街に来たのかな、という程度の唯一の日常との差。
 仕事は楽勝でドラム缶を卸せば次の場所へ移動し夕方の積込みの時間までひたすら眠る。 
こういう時の思わずの空き時間に普段の睡眠不足の解消ができるのがありがたい。
枕が変わると眠れないというヒトには地獄なのかもしれない。
前はボクもそうだった。
ヒトの家に泊まれない子供だった。
みんなが寝てから母におぶられて帰る子供だった。
でも今の仕事になってから変わった。
今ではセックスの最中だって眠れる。
さすがに怒られるより驚かれる。
 クタクタになってから体が悲鳴をあげ始める。
そこから徐々に慣れ始め順応が始まる。
 生きるためには順応していかなければならない。
どんな困難でも、ヒトはある一点を超えると順応してゆく。
生きてゆくために。
 この一年の自分自身がまさにそうだった。

 関越道を新潟方面に向かうと小千谷ICを通過することになる。
この下り線(東京方面)あたりにこーじとりえちゃん、そしてりえちゃんご家族が命を落とした場所がある。
なんの因果か、まさか仕事で通ることになるとは。
 はっきりと目に焼き付けてやるつもりだったけど、行きも帰りも真っ暗だったから、よくわからなかった。
 最後見ていたであろう現世の景色がどんなものだったのか、それも夜だったので暗闇に灯る遠くのまばらなネオンだけで、よくわからなかった。
 事故現場を通過してしばらく、ホっとしたのかハラハラと泣けてきて困った。
悲しいとか辛いとか、そういう涙ではなく、なんだかよくわからない涙だった。
なんとなく、自分が自分を労っているような涙のような気もした。
”よくがんばったな”
自分に対してのこういう思いがしていたのかもしれない。
 だから君の口から同じ言葉を聞いた時、驚くほどの量の涙が頬を伝ってきて黙ってしまったんだよ。

 こーじ、りえちゃん。
この日記を読んでくれてるよな。
危なっかしくてしょうがないと思ってボクを見てるだろ。
 ちょうど君らの結婚式の時、最後ボクがギター一本持ってステージに上がった。
その時の二人の心配そうな目つき。
今だから言うけど、あれはちょっと失礼だぞ。
面白くなかった。
ボクだって何もできないわけじゃない。
と思ってた。

 いっつもいっつも君らへのラブレターだと思って歌を歌っている。
君らへの報告の場がボクのステージ。
何年経とうがこの気持ちは変わらない。
 しかし随分と遠いとこで逝ってしまったんだね。
無念だったろうよ。
 一生その無念を胸に秘め生きていくからな。
ボクの乾かない傷口を見てくれ。
そして少しでもその無念を治めてくれ。
 





 
(2013.12.3[火])


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