昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2014年01月の日記

〜懐かしの空の下から〜
ここ最近の記事は出先からアイフォンで打ってます。
その前は会社のパソコンから打っていまして、しかもボクは見かけによらずけっこうなブラインドタッチャーでして、難なく長文などもカチカチとやっつけていたのですが、この手に余る小さい端末から親指だけをモジモジさせてますと、なんだかこう発狂しそうになります。
ただ仕事柄、そして生活環境がちょっと変わりまして、なかなか会社にいることが少なくなってきましたので、なかなか思うように日記の更新ができず、時々の友人からの消息確認にいちいち心を痛めていたのです。
環境が許さぬならこっちから伺おうということで、ここ何回かこの我がアイフォンで日記をコソコソ打っているのですが、いや、気が滅入りますね。
ただいくらフェイスブックが普及してきてもこの日記は続けなければなりません。
古きを残し新しきに目を向け、開発に嘆き科学の進歩に逆らうボクとしては、フェイスブックを始めた途端、
”続きはWebで“
などとマイノリティーをぶった切ることは信念を欠きます。
なので顔の見えないあなたにだから言えることをこれからも吐露していくつもりでいるので、偏ったボクの戯言だと思ってこれからも笑って流してやってください。

今日は千葉県は野田市に来ています。(いきなりですが)
昔母に連れられちょいちょい来た土地であります。
というのも母の姉がこっちに嫁いでまして、幼心ながら何度か手を引かれ歩いた記憶があります。
今ではまったくの疎遠になってしまいましたが、数少ないボクの親戚たちは元気に暮らしているのでしょうか。
母は三姉妹の末っ子なのですが、この姉妹は気持ちいいほどに仲が悪くいい年になっても遠くの空からお互い恨みあっていました。
よっぽど合わなかったんでしょうね。
いい年の大人が子供のように恨みあっている姿はその子からすると少し滑稽でした。
この野田市に住んでいたボクの叔母さんは子供が大きくなるとキッパリと旦那を捨て新しいパートナーと福島へ移り住んでいきました。
福島で叔母さんは元気にやっているのでしょうか。
この叔母さんの妹がボクの母なのですが、彼女も振り返ると似たような経緯をずっと昔に辿っています。
共通しているのがどちらにも良きパートナーがいるということ。
変化を求めるということは環境を変えること。
そう、人間関係、愛車、池の鯉、縫いかけのマフラー、肩書き、コレクションetc。
重いモノは全て捨ててカバン一つで一から始める。
ボクは地植えの木のようなジンセイよりも、手放された風船のようなジンセイに惹かれてしまうのは、母形の血なのでしょうか。
(2014.1.31[金])

〜社会の窓〜
作業ズボンのチャックがまったくくたびれてしまい、油断しているとチャックが全開になってしまい困っています。
夏場などは洗濯物をためこんでしまい不本意ながらノーパンで仕事に出ることもママあるのですが、さすがにこの時期は寒さに勝てずノーパンでは出ないようにしてまして、したがって無意識のうちに変質者にならずに済んでます。
特に貧乏性でもないのですが、たかだかチャックがゆるんだぐらいでポイしてしまうのもなんなのでおとなしく今の作業ズボンをはいているのですが、1日の大半はチャック全開で過ごしていることになるのでそれもどうかと悩んでしまいます。
ボク個人的にはチャックが全開だろうがケツ毛がはみ出していようが気にも留めないのですが、ヒトに不快感を与えるならやっぱりそれは罪になるのでオレはオレだ!と意固地に開き直り昔のようにそこらへんでウンチをしても胸を張って歩くようなことはなくなりました。

ボクの友人たちもほとんどがヒトの親になり、その子たちも見事に成長していっています。
昔のボクを知る古い友人などは納得してくれると思うのですが、こんなボクでも今更ながらとは言いつつも一般的常識が身についてゆくものなんですね。
なのであまり目くじらを立てずに、放っておくぐらいの度量が子育てには必要なのかもしれないですね。
親の言うことなんて聞かないんだから。
ボクを育てたのはこーじでありそこらへんの他人の大人だったからね。
親もひとりの他人と見せること。
万能に務めてる親ほど子は窮屈な皮肉。
チャックが開いてるぐらいの隙があってもいいんだよ。
下着はつけましょう。
(2014.1.30[木])

〜遠くの秦野〜
今朝は愛知県は高浜市で朝を迎え、正午を迎えた今は三重県は鈴鹿市に来ています。
鈴鹿サーキットで有名なこの町も見ているだけでは我が町秦野となんら変わらない牧歌的風景が広がっています。
どこの地方都市へ行ってみてもなんとはなしに物足りないのは、普段見ている景色とさほど変わらないからなんですね。
そう考えてみるとボクは普段とても恵まれた自然環境に住んでいることを再確認できます。
なのでボクにとってホントの異国情緒は東京や横浜の雑踏なのかもしれません。
東京はどこへ向かっていくのでしょうか。
細川さんの考えがボクには1番しっくりきます。
(2014.1.24[金])

〜弾き語り〜
ボチボチとライヴが決まってきました。
スケジュールが更新されているので都合を見て会いに来て頂ければ幸いです。(あきさんありがとう)
今年は苦手な弾き語りの割り合いを増やして、他力本願、現実逃避、
アルコール依存、独りじゃどこへも出かけない、よく噛まずに飲み込む、
体を洗ってから湯船に浸かる、足の爪を切らない、すぐにふてくされる、野グソをしてしまう。。。etcなどから脱する年と心に決めました。(さっき)

いろいろと考える。
答えが出るもんだといろいろと考えてしまう。
ほしい答えを待ってるだけで、すっかり答えは目の前にあるのに。
イバラの道、血のションベン、根性、そんなのまっぴらゴメンだから、ボクはボクがシラケナイように自分のやり方で歌ってきてるけど、やっぱりボクはボクの輪郭をはっきりさせないとだめだと思った。
弾き語り。
あぁ、やっぱりうまくできないや〜。。。
もうそんな時期は終わらせなきゃ。
最近ミスをしてテラテラしてる自分に嫌気が差してるんだよね。
他との差が慣れだというなら、簡単なこと。
場数を踏めばいい。
持ってるモノなら負けないんだ。
(2014.1.23[木])

〜成人 オトナの定義その1〜
 長い冬休みの後の一週間は思わず疲れてしまい、いきなりのこの3連休には救われました。
 あ、成人を迎えた皆様おめでとうございます。
毎年成人の日には大寒波に見舞われ、北陸、東北地方は雪で苦労されている報を見ている気がしてます。
自分の時はどうだったのかと思いを馳せてみても、そもそもが成人式などには行っておらず、天気はおろか何をどこでしていたのかさえ覚えていません。
ボクはまだあの頃はモノゴコロがついてなかったのかもしれません。

 最近立て続けに、
”オトナってなんすか?”
というような質問をされました。
 答えはたくさんあるのですが、ボクが先ず思うのは、
”自立してること”
です。
 自分の稼ぎで自分のオマンマを食う。
いろんなオトナの定義がありますが、先ずはここ。
やることは子供じみてた方がジンセイは楽しいのです。
ただそれは自分の広げた風呂敷の中で。

 ボクは年始早々パンツを汚してしまいました。
ウンチが間に合わなかったんですね。
誰が文句を言えましょうか。
ボクは自分で洗い自分で干し自分で取り込み自分でたたみ(あ、たたみはしませんが)、また今日もそのパンツで仕事へ向かおうとしています。
 これがオトナというものです。
どこかに誰かの手が加わってはオトナとは言えません。
(2014.1.13[月])

〜2014始まり〜
 すっかり2014年ですね。
平成でいうと26年。
 遅ればせながらではありますが、新年明けましておめでとうございます。
本年もひとつご指導ご鞭撻、応援、励まし、貸付け、甘い言葉、褒め殺し、高評価、”いいね”たくさん、おやすみのキス、カレーライス、ニラのチヂミ、原発反対、新曲たくさん、動物園に行きたい。
よろしくお願いいたします。

 今日から生活の糧のトラック運転手の仕事も始動と相成りまして、ひさしぶりの作業着に身を包んでみますと、なんとなくトラック運転手のような気持ちになってくるのが不思議でもあります。(トラック運転手ですが)
 昨日までの一日中部屋着のまま草食動物のような顔をして飲食と排泄だけを繰り返していた幸せの日々がもう遠い日の花火のような出来事のように思えてきます。
みなさんはどんなお正月だったのでしょうか?
 
 新年一発目のドライブは兵庫県は西宮。
元気に張り切って参りましょう!

 



 
(2014.1.6[月])


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