昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2014年02月の日記

〜来たる春〜
先週の弾き語りライブから1週間が経ったんですね。
そして今日で2月も終わり。
月日というのは容赦ないですね。
酸いも甘いもローラーのようにいっぺんにさらってゆく。

遅ればせながら先週のライブにお越し頂いたみなさん、ありがとうございました。
ひとりひとりにホント助けられてる。
ボクのささいながんばりが少し実を結んできたような気がする。
弾き語りの苦手意識もだいぶ薄れてきた。
今年は弾き語りを多くしようと心に決め勝手にビビっていたけど、なんとなくヤレるような気がしてきた。
ひとりで潰す時間にも慣れてきた。
時間を逆算して遅刻せずに到着できるようになってきたし、セッティング表だって今更ながらに書けるようになってきた。
なんだか妻に先立たれた九州男児のおとっつあんのようにドン臭かったボクも、なんとかひとりのシンガーとして自立してきてるような気がしてきた。
ありきたりなんだけど、これも見捨てずに応援してくれるみんなのおかげなんだよなぁ。
ホント感謝の気持ちでいっぱいです。
次のライブが少し楽しみな感情も随分と久しぶりだったような気がします。
おいお前、今年は桜を見に行くべーな。
(2014.2.28[金])

〜きぃーちゃん〜
 昨日は来月15日東海大学前駅近くのカフェ”ミッシェル”で共演する”きぃーちゃん”とセッションの曲のリハのためお宅へお邪魔。
 何本も垂涎のギターが部屋にぶら下がっており、そのうちの一本を借りてボチボチと音合わせ。
 思えばきぃーちゃんとの出会いも偶然の上に必然が乗っかっているようなもので、一緒にギターを弾きながらジンセイのオモシロさを感じてた。
 毎年秦野のお祭りに出演していたボクらをインターネットで知りメールをくれたのがそもそものきっかけ。
秦野在住ということで、
”では、近所の赤提灯(はっぴー)で会いましょう”
となり、
”いやいや、初めまして”
と暖簾をくぐってきたのがきぃーちゃん。
 それからは上品な奥様トモさんを連れすっかりはっぴーの常連になり、たまにライヴにも顔出してくれ、たまに居合わせるとお互いの音楽活動などの話で杯を交わす中に。
 だから今回のミッシェルの話を頂いた時、真っ先に頭に浮かんだのがこのきぃーちゃん。
 会社を経営されている傍ら、ボクなんかより積極的にライヴに出向き、物おじせずどんどん自分の音楽活動の道を切り開いていっている姿には学ぶべきところが多々ある。
 きぃーちゃんの座右の銘は、
”何が起きてもおかしくない世の中だから、今を大事に今を精いっぱいに謳歌しようではないか”
 歌やギターテクニックではなく、ボクはこういう思いで音楽に向き合っている部分にこそ強く共鳴を覚え、僭越ながら今回ご一緒しませんか?と声をかけさせてもらいました。
 このヒトのすごいところはスピード感。
”オレもオリジナル曲を歌う”
と言ってたと思ったらもう何曲もオリジナル曲を持っている。
言ってからやるまでが早い。
だからボクも、
”いつかライヴ一緒にやりましょうね”
なんてこのヒトには同じ言葉を繰り返したくはなかった。
 この思いは今回ピアノでサポートしてくれるくみさんにも言える。
 去年、
”来年は松平くんのライヴでピアノを弾くのを夢にします”
ポツリと言ってくれた一言が嬉しかった。
 思ってることはどんどん叶えていこう。
”いつか”なんて言葉に夢を繰り越していかず、思ったことは一つ一つ叶えていこう。
 こーじとのスピリッツがそうであったように、夢を追い続けていた日々こそボクらはすっかりその夢の途上にいたんだ。
 実現してゆく。
もう子供じゃないんだから。








 
(2014.2.24[月])

〜ギター一本〜
 久しぶりの満足の睡眠。
ある程度の無理はきくけどそれが続くと萎えてくるよね。
だからワンプレートの隅にチョコンと添えてあるクレソンのように、必ずたっぷりの睡眠日を置いておく。
それがあるのとないのとでは、全体がグラっと違うものにすらなってしまう。
だからボクは、
”寝る暇もない”
というヒトはだめだと思う。

 トラックを動かさないこの2日間を利用してメンテナンスに出す。
雨漏り、細かなパーツ交換など。
 他人に台所を使われる奥様方の気持ちがわかるような気がする。
生活の場でもある自分のトラックにボクが休みの間他人に乗られてると思うとなんとはなしにいい気がしない。
だから1人1台、ボクが乗らなければこのトラックは動かないボクの会社は”いいね”と思う。
 ルーズでケチでまったく使えない経営者な分、ボクは違うところでモトをとっているので、あまり会社への不満はない。
 実質的に所長よりボクの方が仕事もできるし腕力もあるので、
”お、ライブなんだ。駅まで送っていこうか?”
なんて気すら使ってもらえる。
 社会では腕力なんて菜っ葉の肥やしにすら成り得ないけど、ないよりあった方がいいと思う。
 舐められないで済むのは子供の社会と大して変わらない。

 今夜は今年2度目の弾き語りライヴ。
新横浜ベルズにて20時45分頃から出演します。
 残念ながら体調万全、見上げれば晴天、乾いた風が笑いながら吹いています。
 ボクは”言い訳”の部分がないと自分に厳しくなってしまうので、この絶好調のコンディションはあまりいいコンディションとは言えないのです。
メンタルの弱さがボクにとっての大敵。
 まあ今日の弾き語りのスケジュールを入れたことがボクにとっての一つのハードルをすでに超えていることになる。(ハードル低っ)
あとは野となれ山となれ。
 ボクは天才なのでそこにしがみつき信じるしかない。







 


 

(2014.2.21[金])

〜Wednesday Blues Night Club〜
 今夜は新横浜ベルズにての毎月恒例イベント”Wednesday Blues Night Clubの日。
とてもなかなか毎月の参加はできないけど。
 立ち上げ当初からこのイベントを維持してくれているメンバーには感謝しなきゃいけないね。
こーじもそのうちのメンバーの1人だった。
 ”まっちゃん。たまには来て歌ってよー”
すっかりごぶさたになっているボクをその都度誘ってくれてた。
彼はボクの歌うブルースが大好きだった。
自分で言ってますが。。

 今では時折こーじの遊んでた”場所”になるべく顔を出すようにしている。
場に慣れないボクをこーじとりえちゃんがニタニタ笑いながら見ているような気がしてる。
当初はK&Kの大ちゃんがそんなボクを遠くで笑い、
”ほら、松平が寂しそうだから誰か相手してやってよー”
なんてボクをはずかしめてくれてた。
素っ気ないけど熱い大ちゃんの気配りにはだいぶ助けられたな。
 今ではジョンファと連絡を取り合い、
”何歌うの〜?”
なんてかわいくウキウキしながら、すっかり大ちゃんがいなくても平気になった。(大ちゃんごめん)

 ボクにとってのBLUES。
それは”嘆き”かな。
体を一杯使って嘆く。
絶望を嘆く。
まあ演歌でもロックでもいいんだけど、このイベントはBLUESだから黒人のブルースマンの歌は一曲でも入れるようにしている。

 偉大な先人達には到底追いつくことのできな蜃気楼のようなものだけど、精一杯の背伸びが彼等への日々の弔い。
 




 
(2014.2.19[水])

〜交通被災〜
 一週間前を彷彿とさせる大雪被害。
特に今回は交通被害ともいえる高速道路封鎖のための立往生がひどかった。
”除雪車が入ればすぐに解除すんべーよ”
とタカをくくり高速道路の本線上で”ウサギ”を決め込んだ派と、ボクのように一歩でも先にへと国道に降りジリジリと進む”亀”派との明暗がくっきりとわかれてしまったようで、深夜満身創痍で家路に着いた先に入ってくるトラック仲間の、
”まつ、おめーどこ走ってんのよー”
の電話に、
”あ、いや、今布団の上でぬいぐるみを抱きながら眠るところです”
と答える心苦しさと言ったら。
 昨日の日曜日。
本来なら幸せの休日を無邪気に謳歌しているはずが、土曜日の納品がすっかりズレこみ、疲れの抜けきらないままに早朝早く東京へ出発。
 東京は中野区の現場まで糞づまりの246をベタ走り、卸しを終え来た道をそのまま辿る。
 聞いてください。
東京は中野区の新井から秦野のぬいぐるみが待つ我が家(ぬいぐるみなど持ってませんが)までの所要時間10時間。
思わず何かのドッキリかと思いカメラを探してしまいました。
 こうして考えてみるとボクの土日は5時間ほど寝に帰っただけでそっくりトラックの中で過ごしたことになります。
まあ、トラックならベッドもあるしテレビもあるし、ボクの場合ギターも縦笛もクラリネット(ウソです)もあるのである程度の時間は潰せるのですが、乗用車の方はよりしんどかったんじゃないでしょうか。(今も一部立往生が続いていますが)
 昨日の夜やっと東名高速は開通されたようですが、まだまだ本日もその余波が残っていて各地の本線が真っ赤に塗りたくられています。
 先の見えない足止めに茫然とする中、トラック仲間と連絡を取り合っていたのですが、なにより一番こたえたのが、”情報がない”こと。
”なんでいっこうに東名は解除されないのか”
”除雪作業を待つ通行止めなのか”
”事故による撤収作業のための封鎖なのか”
 何を待ち今こうして微動だにしない渋滞に泣かされているのか、という不安が一番しんどかった。
 時々テレビやラジオから流れてくる、
”メド立たず”
このフレーズが一番堪えた。
 もし、明日でもいい、あさってでもいい。
いついつにはどーにかなります、と示してくれたなら、ボクはそれまでの時間を捨てプランターに種を植え水をやることもできたはず。(しませんが)
ある程度の指針がないと、刻々とした一秒を待ってしまう。
偶発的な時間はたっぷりあれど、気持ちなんて休めたもんじゃない。
 これはなんにでも当てはまる。
痛み、苦しみ、悲しみ。
 ヒトはどんな絶望にも耐えられる、耐えざるおえないんだけど、一番の苦しみとはいつ終わるか見えないこと。
先が見えていればどんなことでも乗り越えられるはず。
 ボクの大事な週末がそっくり潰れてしまったのは仕方ない。
ただ何が原因でここまで長期に渡り高速道路を封鎖したのか、知っておきたいとは思っている。
 ソチの速報ばかりが目立つテレビを、仕方なしにシラーっと見ていた。
(2014.2.17[月])

〜吹雪でもくみさんと共に歩く〜
週末の大雪。
驚いたと同時に苦労したヒトもたくさんいたんじゃないでしょうか。
なにもこんな日に、と泣く泣く歩く他人の背中に同情の念を禁じ得ませんでした。
ゴタブンニモレズのボクも電車のヒトになりギターを背負いスタジオに向かうことに。
山の町秦野よりも降雪量は横浜はあざみ野の方が勝っていまして、スタジオへ向かう道すがらまるで雪国のような景色に笑うしかありませんでした。

久々のピアノとの音合わせ。
3月15日はグランドピアノの置いてある東海大学前近くライブカフェ ミッシェルでのライブなもので、せっかくだからと数曲ピアノアレンジでいつもの曲を歌いたいと思っています。
ピアニストはもちろんくみさん。
スピリッツの曲を深く理解してくれている大事なメンバーのひとり。
いつも不安気に振る舞うわりにはしっかり曲を理解し弾いてくれる。
とりあえず3曲ほど手合わせ。
なんかもうくみさんの中ではビジョンがくっきりしていてくれていて、あとは反復練習すればいいだけの段階にまで仕上がってくれ嬉しくなってしまった。
ピアノとアコースティックギターはやっぱりいい。
この編成のライブをもっと増やそうと思った。

リハ後はくみさんと一緒にこーじの実家へ。
お母さんの心のこもった料理がしみじみおいしく煮物、漬物を何杯もおかわりしてしまった。
な〜んだ、ハナワくんは来ないのか。
釣りの話したかったのに。。
お父さんは相変わらず無邪気で、ボクとしては少し寂しくもおかしかった。
しかしなんでボクとは釣りの話をしてくれないのだろうか。。。
釣りへ行っても釣りをしないことをこーじから聞いていたのだろうか。。

また行きますよこーじのお父さんお母さん。
これからもらたくさん2人の思い出話をしましょうね。
(2014.2.10[月])

〜他人は鏡〜
久方ぶりに高熱を出し涙目で床に伏してました。
先週電車に乗っている時に横のオッサンが無遠慮に水っぽい咳をしてまして、うわ、困ったな〜なんて思っていたのですが、きっとそれがすっかりウツされてしまったのでしょう。
治りかけではありますが、まるっきりそのオッサンと同じような水っぽい咳をしている昨今であります。
他人とはいえその水っぽいオッサンが恨めしくなります。
今度会ったらおぼえとけよ、という気持ちがあるのですが、そもそも顔なんてマトモに見ていないものでいざ目の前に水オジサンが現れてもわからないでしょう。
怒りの対象がボヤけてしまうと一体自分は誰に対してイカっているのか急に心細くなってきます。
まあ、公共の場に身をさらすということはたくさんのリスクに身をさらすのと同じことと言えます。
そー考えると先の水オジも被害者の1人となるのでしょう。
風邪も事故と同じようなもので、いくら自己管理をしてようがもらうものを拒むのはやぶさかではありません。
風邪は引くものと考え、そうなった時に2、3日寝込むぐらいの余裕を常に持っていたいものですね。
それには、周りが休みなさいと言ってあげること。
これを言ってあげられるヒトって意外と少ないんですよね。
(2014.2.4[火])


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