昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2014年04月の日記

〜39才日々節目〜
 昨日誕生日を迎えたくさんのお祝いメッセージを頂きました。
改めてこの場でも感謝の意を述べたいと思います。
お祝いの言葉、ありがとうございました。
39才になりました。
 ジンセイにはたくさんの節目が潜んでいます。
ボクもこれまでたくさんの節目に直面してきました。
13で自慰を覚え14でオンナを知り15の時は犬でした。
16にマサカの高校生になれ、18では出席日数の足らなかったボクに担任の先生の計らいで日数を頂き形ばかりの卒業証書を頂戴致しました。

 19の時に家を出ました。
買ってきた金魚を水槽の水に慣らすように、引っ越しから手続きに至るまでこーじが寄り添ってくれていました。
 毎週月曜日がこーじとの日で、狭いワンルームの部屋で二人でなにをするでもなく過ごしていました。
近所の目から見れば完全にホモでした。

 23になって地元を飛び出しいきなり秦野の町へ引っ越しました。
その時の引っ越しもこーじが一緒です。
知らぬ土地の慣れない暮らしでもよくこーじは泊りに来てくれてました。
 25の時に西の湘南”二宮”へ引っ越しました。
海のそばの小ぎれいなアパートを借りました。
しつこいようですが、引っ越しから役所手続きに至るまでこーじが一緒です。
近所から見れば夫婦でした。。

 思い返せばいつもこーじが一緒です。
彼は3月生まれなので生きていれば先月38になっていました。
ボクは4月生まれなので彼の誕生日を待って一つお兄さんになるのです。
 同級生ではありますが一年のほとんどがボクは1コ上のお兄さんなので、
”おい、先輩には敬語を使えよ”
と言うのがプライベートでもライブのMCでも定番でした。
するとこーじは、
”ばかやろう、なんでおめーなんかに敬語を使わなければならないんだですか!?”

 彼の突発的なギャクセンスにはいつも腹をよじらされていました。

 ずっと一緒に年を重ねてきたから、ここで3つの差がついてしまうんですね。
 ボクは月日にまかせシワも増え髪も白く薄くなり正しいじいさんになってゆく。
 写真の記憶の中のこーじとりえちゃんはあの時のままの笑顔でずっとボクを見届けることになる。
 お前らが行きたかった一日一日、重ねたかったこの年月。

 ずっとずっと何かが欠けたような感覚。
体の一部が引きちぎられたかのような痛くてたまらない日々。
 だけどね、ボクは扉を開けたらニコっと笑うことにしてる。
今更になって、こんな辛い日々が待ってたのなら、二人の代わりにボクが死ねばよかったなんて無理な交換条件を誰にともなく突きつけてしまう。
 ボクは昔からメチャクチャやってたから、もしボクが逝ったのなら少しは笑いがあったはずだし、こーじはいつでもそれを覚悟はしていた。
 そしてそれがボクらの描いていたスピリッツの終わりだった。
 

 月日が経つと癒えてゆくところと浮き彫りになってゆくところがある。
 こんな悲劇的な景色があるなら、彼らこそ生きるべきではなかったのかという新しい感情。
 でもね、全然心配はいらないよ。
いつでも扉を開けたらニコっと笑うようにしてる。

 だから今こそあなたが歌わなければだめだと思ってる。
こーじもりちゃんも深くあなたを尊敬しいつでも真剣に気にかけていた。
 彼らの生きた証しはボクやあなたが黙ってしまえば薄れてしまう。
 事故の夜に、
”今こそ歌を作れ”
とムチを打ったのはあなたではないですか。
 その夜はそんな気力体力などなくうなだれるだけだったけど、あなたの気持ちは理解できた。
 沈黙は一時でいい。
彼らの生きた痕跡は嫌でも無数の日々に埋まってゆく。
 それをかろうじて遅らせることができるのは歌を歌えるわずかだ。
 だからあなたの歌はこのままにはしないでもらいたいと、僭越ながらずっとエールを送り続けています。
 ボクだってホントは大丈夫じゃないよ。
でも扉を出たらニコっとするようにしてるだけ。


 








 
(2014.4.29[火])

〜ムーニーさん〜
ライブではスピリッツで2度共演させてもらい、ブルースイベントではもう何度もご一緒させてもらっているムーニーさん。
毎回渋いバーボンボイス(ご本人は毎度焼酎を飲んでらっしゃるのを覚えています)でジャズ、ブルースを歌い上げ、貫禄、実力の違いをマザマザと見せつけられているのですが。
つい先日ブルース仲間の連絡メールでムーニーさんの奥様の訃報が届きました。
偶然にも奥様の名前はボクのお袋と同じ。
そして明日の告別式は、去年ボクの親父が荼毘に付されたのと同じ場所。
ボクは行くことができないのですが、ベルズの小山さん、ブルース仲間に礼を託し、遠くの空からご冥福を祈っている次第であります。
昨日小山さんに電話を入れたのですが、あのアッケラカンとした軽いアタリに、そーいえばこーじとりえちゃんの時もだいぶ救われたな、なんてことを思い出しました。
心よりご冥福をお祈りいたします。

今日は積み込み待ちで急遽夕方まで千葉で足止め。
本来なら仕事を終わらせコギレイな服に身を包み渋谷のスペイン料理屋で親戚の子のカナダ行きの旅立ちを祝う予定だったのですが、そんな予定もアッサリ叶わず。
なんせ数少ない親戚なもので、そのご家族との予定には顔を出したかったのですが、小さい悲劇も遠目に見れば喜劇。(どこかで聞いた文言。。)
生きてればお互いまた会えるさ、と急に視野を広くしては思い通りにいかないジンセイに寛大になってみたりしてるのです。
でもホントだよな。
生きていればどうにでもなる。
今日がためなら明日がある。
小さなことでクヨクヨイライラしなくなったのは、死者を弔うボクの表現。
見知らぬ地の靄がかったとるに足らない空でも、そこには感動があるんだ。
あなたが生きたかった今日。
旅立つあなたと旅立った君をずっとずっと見てるよ。
2014.4.26[土]

〜ひとりでも多くの生還を〜
韓国の客船沈没事故。
ご家族にしてみればこんなにも歯がゆく残酷な状況はないのではないでしょうか。
海を隔てた鉄板の中には愛する家族が助けを求めている。
国の対応、船長の対応、政府高官の不謹慎な行動が取り沙汰されています。
日本だったらすぐに船内に進入でき救助できたという文字がテレビに映されています。
ご家族の身になれば、机上の仮説よりも隣国としての配慮が必要なんじゃないかと思うのです。
マスコミにもね。
それにしても民間のダイバーまで動員した地道な人海戦術の救助法しかないのには歯痒さが募ります。
船を囲むようにそびえ立つ無力なクレーンの重機がむなしく映し出されているのが印象的でもあります。
亡くなった尊い命と1人でも多くの命が救われますようにと強く思っています。

日本ではまたも高速道路の観光バスの事故。
ボクらはお金や利便、快楽に隠れてしまっているとても危険なリスクにより有り余る犠牲を出し過ぎているような気がしてならない。
行方知れずの旅客機。
1人の過ちで多数の生死が決まる長距離バス。
国道で乾いてゆくたくさんの動物の死骸。
誰でも加害者や被害者になり得るこの世の中。
ボクは大丈夫だから、君の方が平穏でありますように。
(2014.4.22[火])

〜ライブあれこれ〜
あまり寝てないんだけど晴々とした1週間の始まりを名古屋で迎えています。
次のライブは5月29日の木曜日。
新横浜ベルズで弾き語りで出演します。
平日ですがお越し頂ければ嬉しいです。
東海大学前駅近くのタウンニュースビル”ミッシェル”では内容盛りだくさんで6月8日に出演する予定でいたんですが、先方の都合によりキャンセルになってしまいました。
だけどその2日前の6日に下北沢のビックマウスというお店で開催される”長谷川家”というイベントに出演させて頂きます。
こちらは録会メンバーのリムズ、ひろし、ケンさんら長谷川軍団とのブッキングなので気持ちが楽です。
スピリッツははなさんを迎え松平家として出演します。
いずれの 詳細は追ってスケジュールにて更新させてもらいます。

毎月第3水曜日に新横浜ベルズで開催されているWednesday Blues Night Clubのことはいつも頭にあるのですが、仕事の関係でなかなか行けないのが歯がゆいのですが、6月あたりにはと考えています。
ブルースを歌いたいというよりも、あのイベントに身を置いていたいという思いの方が強いんですね。
”まっちゃん、ブルース歌いに来てよ”
と誘ってくれるこーじの思いには一生応えたいんです。

本来ならば憂鬱な雨の月曜日。
次のライブまでの暇つぶしと思えば贅沢なドライブ。
自分の居場所があればボクはどこへでも行け何にでもなれる。
(2014.4.21[月])

〜成瀬で弾き語り〜
思わず寒い日が続いています。
つい先日の夏日には早速半袖でポカリを飲んでは太陽に向かって、
”来るなら来い!”
とムキになってた自分がバカに思えてきます。
今朝なんかはトックリにチョッキを着込み内股で白湯を飲みながら足のつま先をこすり合わせ暖をとっています。
陽気に翻弄されるのも季節をふたつ楽しめると思えば悪くありません。

本日は成瀬(町田隣り)にあるイマジンというお店で弾き語りをします。
毎回呑んだくれイベント”録会”にお越し下さるノコさんからお声をかけて頂き本日馳せ参じることとなりました。
なんでも”音楽のたまり場”略して”音たま”というイベントということでたくさんの出演者が集いオープンマイクという形式でそれぞれがパフォーマンスするということです。
まったく初めての場所、企画ということでどうなることやら想像もつきませんが、ギター一本、少ない持ち時間で自分がどこまでできるのか、これもひとつの挑戦であり大きな一歩になることと思っています。

今年はギター一本による弾き語りに重心を置いています。
弾き語りの日の朝をこんなにも落ち着いて迎えられるのはだいぶ慣れてきたからなのでしょうか。
もしかしたらまったく状況がわからないのでシュミレーションができていないのかもしれませんね。
まあどんな状況でも板の上ではやることは変わりません。
大きな声で歌を歌う。
たった2、3曲のためでも朝から自分をつくる。
昨日はトドのように過ごしてしまいましたが今日は違いますよ。
思えば38才最後のステージになるのですね。
同い年だった君からどんどん離れてゆく。
急にストンと独りにされたようでなんとも言えぬ寂しさがあります。
浮かれていない今日の陽気がなんだか気持ちにシックリきて今日のボクにはちょうどいいです。
2014.4.20[日]

〜夢 もしくは夢でなく〜
夢を見た。
それこそ君が今朝歩いていた瑞穂埠頭から見下ろした港湾の海のような、救いようのない汚れた水をたたえる湖にボクはドボンと沈んでゆく。
深い 水中から見上げたわずかに届く陽の光を追えば助かるけど、沈むのに任せ湖底に到達すればもう助からないと誰にともなく問われる。
夢とはいえはっきりとしたボクの意思はわずかな逡巡の末に生を諦め黙って沈んでゆく。
ともいうのも、死ぬ前にひとつだけ夢が叶えられるということを知ってるから。
シルトの細かい砂漠のような湖底にたどり着いたのをボクは感触で知った。
それほどまでに墨汁を流したような汚い水の中。
湖底でボクは死ぬ前の最後の望みをささやく。
”こーじとりえちゃんに会わせてください”
すると見る見るうちに濁りがなくなり宝箱のような木箱がひとつ湖底に現れる。
夢でなければ色があるはずだ、とボクは強く思っている。
ボクは必死になってヘドロをかき分けその蓋を開ける。
ガラス越しにこーじとりえちゃんがボクを見ている。
白黒ではないはっきりと色がついている。
ボクは夢ではないことを確信しガラスを叩き割ろうか悩んでいる。
ここでガラスを割ってしまえば2人に傷を負わせてしまうことになってしまう。
でも2人には表情がない。
ゆっくりと2人の顔が絵になってゆく。
ボクにはどうにもできないでいる。
最後はすっかり2枚の絵になった2人がユラユラと水中に舞ってゆく。
ボクはその2人に向かって、
”オレはお前らの口や耳になって食べた物、聞いたことをそっちに送ってやるから”
と2枚の紙に誓っている。
夢だから言動が短絡的で意味不明。。

というような夢。

夢に色があるのを初めて知った。
(2014.4.8[火])

〜卒業おめでとう〜
先日暖簾のしまわれたはっぴーに花を届けてきました。
花屋さんには、”卒業にふさわしいアレンジでお願いします”
と伝えました。
ボクの寂しさはひとまず置いておいて、ママには新たなる門出を祝う気持ちで花を贈りたかった。
よく常連さんなどで、
”来てやってるんだ”
というような顔をするヒト、口に出すヒトがいてボクは笑いながらも、
”てめーこの野郎”
となってた。
ボクは幾つもの間が持たね夜をここで潰させてもらってた。
そしてホントたくさんの友人になり得た人々とも出逢うことができた。
はっぴーというお店がなければすれ違っても顔を見ぬ他人。
時々酔った頭で、カウンターを見回し話など上の空で運命の不思議にボケーっとしてた。
ママの新たなる日々がボクにとっての新たなる夜になる。
また今週隙を見て残った酒を呑ましてもらいに行こうと思っています。

もうね、ボクは知ってしまったんだ。
出逢いとはその先の別れをひっくるめてのモノ。
だから一瞬一瞬を大事にしたい。
(2014.4.3[木])

〜さよなら はっぴー〜
新しい年度がスタートしました。
どこを走っていても満開の桜が目を引きます。
つい先日まで閑散としていた河原の遊歩道も桜に紛れ色とりどりにツボミを広げ賑やかになってきました。
逃亡していた亀もいつの間にか池に戻っていまして、それも春の訪れの証のように感じます。

今週日曜日は本年一発目の呑んだくれイベント〜録会〜。
日々のどさくさに紛れながらもボクの焦点はいつでもこのイベントに定まっています。
こーじ、りえちゃん、準備はできてるか?
オレは万端だぞ。

お友達のカジヤマさんが突然失踪してしまってからポッカリと心に穴が空いてしまったような寂しい酒を夜な夜な呑んでいます。
そしてそんなボクを毎度毎度、
”おかえりなさい”
と迎えてくれていたボクの夜の居場所”はっぴー”も昨日をもって閉店となってしまいました。
なんでみんなボクを追いてどこかへ行ってしまうのでしょうか。。。
それでもコトは粛々と動いていて今年の”丹沢謌山”は10月18日(土)開催に決まりました。
白と黒が、水と油が、吉報と訃報が、日々ナンセンスにボクの元に入ってきます。

嘆いてばかりいては何にも始まらないことを知っているので、おおげさに溜息を一つついてボクはボクの鬱を振り切り歩くのみなのです。

あなたたちの新しい明日がボクの新しい明日になる。
決断こそ全てであってどっちにしてもボクは受け入れるんだ。
それがヒトを愛するってこと。

たくさんの出逢いを与えてくれたはっぴーのことは一生忘れません。
ママ、お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。
(2014.4.1[火])


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