昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2015年01月の日記

〜右でもなく左でもなく〜
 当ホームページのスケジュール、スピリッツのフェイスブックでライヴ情報が更新されています。
特にフェイスブックの方では写真付きで常に更新されています。
その都度のライヴでの一枚なので、小ぎれいな身なりでニカっと笑ったりしてはいますが、普段のボクの無精ひげの目クソ鼻クソのクソまみれ顔を見慣れている身からすると、
”ウソつけーお前”
と言う気持ちも否めなくもないのですが、だったら、
”君の方こそ化粧をとったらそこらへんのおっさんみたいな顔をしてるじゃないか!”
と水掛け論になってしまうので、どうかご了承願いたい。(なんのこっちゃ)

 年初めの1月は少しゆっくりさせてもらいました。
さりとて何をしたわけでもなく、川原に降りて好きな歌を口ずさんだり、川原をどこまでも歩いてみたり、時には川原を(まあほとんど川原にいました)。
 なので今週の金曜日、えー、つまり明日。。。明日かよ!!!
失礼しました。
取り乱しました。
明日新横浜ベルズでのライヴが本年一発目ということになります。
 だめですね、ボクはいつでも月日から半歩ぐらい遅れて歩いているフシがある。
”やっと週の半ばだ”
と思ったらまだ火曜日だったり。
”月曜は憂鬱だ”
と思ったら火曜日だったり。
 昔から”火曜日”というものが好きになれないのは、きっとそういったことからなんでしょう。(どういったことからだ?)

 スケジュールにも追記されていますが、出演時間は19時55分からとなっています。
45分ステージと普段よりちょっと長めになっています。
どうぞ都合つけて観に来てくださればと思っています。

 ここ最近はISによる後藤健二さん人質のことが頭から離れません。
アメリカ人ジャーナリスト、イギリス人ジャーナリストは、あっけなく斬首されその命を奪われました。
同じ星で、こんな暴挙がまかり通っているなんて。
 どうか”救える命”なら救ってほしい。
”最悪の結末”、そんなことがまかり通ってなるものか。

 ボクらはこの目の前で起きていることから、今一度”平和を得る”ことについて現実的に考えなければいけない時期にきてると思う。
 ボクは思うんだけど、
”日本は戦争に巻き込まれてゆく”
だの、
”日本だけ平和神話”
にウットリしているヒトたちがいる。
 未だ還らぬ拉致被害者を抱えるこの国は、はたして平和だったのだろうか。
 ボクらの知らないところで、マスコミの取り上げないところで、世界は粛々と動いていて、手垢にまみれたボクらの信じる平和の理念は、30年ぐらい遅れてしまっているのではないか。
(2015.1.29[木])

〜金曜日は弾き語り〜
 予報では雨の週の始まりだったもので、朝から傘を差して待っていたのですが、いっこうに降る気配もなく、思わず拍子抜けの嬉しい小春日和でした。
すぐさま傘を放り投げ(放り投げていませんが)川原へ行きました。(犬か。。)
 どうやら寝ているうちに雨は降ってくれたみたいで、今朝は久方ぶりの湿度を含んだ眩しい大気に、鼻を突きあげワンと一声吠えました。(犬か。。)
 山ではしっかりと降っていたようで、眩しい川原から覗く水無川はお天道様の下、不釣合いにグッタリ濁っています。
 飛び石を覆うほどの増水ではなかったので、大股で小走りに川を渡り角を曲がれば会社が見えてきます。
 水はけの悪い会社の駐車場は万年水溜り状態でして、トラックのタイヤに毎回掘られる箇所などはちょっとした池のようになっています。
夏の暑い日などは、裸になりその水溜りで体を冷やすにはちょうどいいのです。(しませんが)

 今週金曜日は新横浜にて今年一発のライヴが控えています。
ギター1本裸1貫(服は着てます)で勝負します。
考えるとゲロを吐きそうになるので、とりあえずの今は、まだ深く考えないようにしています。
 どうぞ足をお運びくだされば、生まれ変わりのボクをお見せすることができるでしょう。
 気持ちが弱いくせにすぐにハードルを上げるくせがあります。。
(2015.1.27[火])

〜着の身着のまま300キロ〜
夜明けの岐阜。
岐阜と言ってもデカイんですね。
郡上から上は雪国。
ボクは下の方にある美濃市にいるので雪はありません。
残念と安堵な複雑な気持ちです。
雪景色は任意の旅人としては大歓迎なのですが、仕事の身としては少し気が引けます。

”今度プライベートで来よう”
という場所が東海地方だけでも30箇所ぐらいあります。
きっとひとつも行かないのでしょうが。
わかってるんです。
ただそう思うのは自由だし楽しいのです。

関東地方のヒトは富士山の場所で大体の方角がわかります。
ボクも未だに秦野で迷子になるのですが、必ず富士山を探します。
東海地方、とくに名古屋、三重の四日市あたりだと養老の山が富士山にあたるのでしょうか。
こっちで迷子になると養老の山の場所で現在地を確認します。
なんだか迷子になってばかりいますが。

サイドミラーに映る空が白んできました。
つまりトラックを東に向け駐車してるんですね。
ついでにサイドミラーで自分の顔を見てみます。
思えばここ2週間ヒゲを剃ってません。
なんだかイスラムの指導者のようになってます。
しかも後ろの髪が跳ね上がりおまけに目ヤニが乾いて粉を吹いています。
ヒトに見せられた顔じゃありません。
でもボクは顔を洗いません。
それはこれから少し仮眠をするからです。
次起きた時がボクの朝なんですね。
ではおやすみなさい。
(2015.1.23[金])

〜走れずの日々〜
インフルエンザが流行っているようで。
回りにはなぜかギックリ腰のヒトが目につきます。
寒さが関係しているのかもしれません。
これからがシバレも本気を出す頃です。
どうぞ体を冷やさぬよう無理をせずご自愛ください。

ボクは年末年始の絶不調が他人事だったかのように大人気なくも元気でして、時間が許せば川原に降りて野鳥などを追いかけ回しています。
野鳥などと言うのも、水辺に集まるのは野鳥だけではなく、犬、猫、タヌキ、ハクビシン、ブタ(首輪をしたペットですが)、一度はサルも見たことがあります。
一時、近所の山に熊が出没し物騒な看板が至る所で目につきました。
看板の絵が笑えます。
いわゆるグリズリーが描かれているんですね。
秦野はおろか本州にはグリズリーはいません。
遭遇するのはクマのプーさんのツキノワグマです。
ヒトなど食べないので怖くありません。(怖いですが)
その当時熊に会いたくて毎日のように山を歩いてました。
秦野が、
”柵のない動物園”
と言われているのがわかる気がします。(言われてませんが)

主に哺乳類は夜行性が多く、千鳥足で帰る道すがらホントたくさんの野生動物に出会います。
ハクビシンなどは足が遅く追うと鳴きながら逃げます。
そうなるとボクはヒトが見てないのをいいことにサドっ気丸出しで執拗に追いかけてしまいます。
ただ追いついたところで何をするでもなくただ一人と一匹で並走するだけでして、なんだったら追い抜いちゃったりして、ハクビシンも立ち止まり一丁前に???という表情するものでかわいいものです。

ボクは普通のジョガーとは違うジョギングスタイルでして、追う標的を求めての走りのようなもので、時に全力疾走だったり時に土手を駆け登ったり、たまに後ろ向きで走ったり、疲れると歩いたりとレパートリー豊かでして、筋肉も至る所に万分なくつき、なかなかの下半身をしています。(下ネタじゃありません)
ハタから見たら同じ穴のムジナなのでしょうが、1本の遊歩道をまったく変わらぬペースでいつまでも走っているジョガーなどを見ると、よくもまあ飽きないものだ、と感心してしまいます。

ただ昨日今日などのようにこうも雨が続いてしまうと、鬱屈した気持ちは同じなのかもしれません。
ただカッパを着てまで走っているヒトがいますが、わからなくもないのは、あれは一種の病気なんですね。
走りたいんじゃないんです。
走らない自分がガマンできなくなるんですね。
健康を求め成すことが、違う病にかかる皮肉ですね。

この調子だと明日の岐阜は雪かな。
今日はなんとなくイイコトがあったので、さっさと寝てしまうことができそうです。
(2015.1.22[木])

〜松祭(まっさい)について〜
 2月のスケジュールにアップされてます”松祭”ですが。
”松平の祭り”で”まっさい”と読みます。
ボクの独断と偏見による出ずっぱり60分一本勝負。(もっとやりますが)
 副題に”松平にまつわる愛しきミュージシャンたち〜と書いてある通り、ボクの憩いの場”焼き鳥屋オアシス”に集う呑み仲間歌仲間を集めてのライヴ。
ホントみんないい顔していい歌を歌うんだ。
いつまでも赤提灯でなんとなく歌っているのも勿体ないので、ここいらでキッパリみんなに観てもらおうと思い企画しました。
もっともっと出てほしいヒトはいるんだけど、それはまた次回ということで。
 今回出演する3人もボクが人間的にファンなお三方。
年齢も職業もバラバラなんだけど、ギターを持つとみんな同じ表情をする。
ボクはスピリッツ以外でもそれぞれのステージにギターで参加します。
まあ、普段とやってることと変わらないんだけどね。
 今回は席数に限りがあるのでボク、もしくは当ホームページまでご一報頂けるとありがたいです。
 今回はマイクを一切使わず生のギター、生声を大事にしたいと思っているので、300人ぐらい入ってしまうとだいぶ音も変わってきてしまうんでね。(入りませんが)

 今日は仕事も早く終わったので、それぞれの資料作り。
曲というのはコード譜でも書いてみると改めての”発見”があって大変だけど勉強になります。
大変だけど。。
特にビートルズには苦労させられています。
時々1拍多いんだな。(笑)
きっと歌う本人はわかりやすく4拍で揃えるんだろうけど、一応オリジナルを頭に入れてから足したり引いたりする。
全てに意味があると思うとボクには意味がわからなくても一応拾っておく。
作者に対する礼儀みたいなものかな。

 少し先の話ですが、ぜひぜひボクの普段着の姿を観に来て頂ければと思っています。
(2015.1.16[金])

〜今年の抱負〜
 仕事初め早々いきなりハードな仕事が続いていたもので、疲れというよりもなんとなく落ち込んでいたのですが、ここに来てのご褒美のような三連休が嬉しく、そしてなにより半日ぐらいを拘束されるような用事がないということも手伝って、なんだか毎朝ウキウキしながら起きています。
 ”なにをしてなくてもいい”

”なにをしてもいい”
ということでもあって、100%自分の意志で動ける長い一日は何にも代えがたい解放感があります。
 たださりとて何をするわけでもないのですが、そういう精神状態でベランダに出て空を見てるだけでもボクにとっては心躍ることなんです。
 一日にいくつもの用事をこなすヒトを見るとボクは尊敬してしまいます。
ボクは一つの用事すらマトモにこなすことができない。
なんだったら土壇場になって”逃げてしまおうか”とまで考えてしまう。
手帳が予定で埋まるにつれボクの生気がなくなってきてしまうのは少し病的なものがあるのでしょう。
そのクセあまりにも放っておかれると孤独に耐えられず死にそうになってしまう。
ボクをよく知るヒトは、
”ムズカシイヤツ”
と言います。
でももっとよく知るヒトは、
”わかりやすいヤツ”
とも言います。
きっとどっちも同じことなんでしょう。
相手の気の長さによって言い回しが変わるだけなんですね。
謝っておきます。
ごめんなさい。

 仕事初め早々いきなりハードな仕事と言いますと。
ボクの場合肉体的なことではないんです。
例えば重い荷物を手積みで積んでくれと言われればいつまでも積んでることができます。
肉体労働を終え帰ったそばから筋トレなんかしちゃいます。
夜中に帰って4時に起きろと言われれば泣くほどの苦労には感じません。
ただ一番堪えるのが、
”自分の時間がないこと”
なんですね。
追われるように一週間が過ぎてゆく。
”早く寝なければ明日に差し支える”
自分の意志ではない時間の使い方。
4合ぐらいの酒だったらグイっとやれば10分で飲める。
だけど3時間しか寝れないからそれだと飲酒運転になってしまう。
仕方ないのでコーヒーでも飲んで早々に寝てしまう。
お腹空いてないけど、当分食事とれないから食っておこう。
これほしいけどお金がない。
水じゃ嫌なんだコーラが飲みたい。
ガマンしてたら漏れちゃった。

。。。

子供ですね。

 みんな”当たり前”をヘッチャラな顔をしてやっている。
ボクから言わせるとすごいことなんですよ。
みんな”がんばってる”ラインでモノゴトを見てしまう。
ボクのようなニンゲンには”当たり前のこと”に首を揃えるのに精一杯なのに。
 みんなの日常をフェイスブックなんかで垣間見てると、ホントあれやこれやで忙しい。
ボクのこの3連休の過ごし方なんて恥ずかしくて書けたもんじゃない。
 不義理をしてしまっているヒトたちに顔を出さなければいけない時期だというのに、”近いうち”という言葉に逃げて川原で小鳥なんかを追いかけてしまっている。
 そういう恩からひとつひとつ克服していくことこそ、今年の抱負になるのでしょうか。
これからちょっとジョギングに出ますが、ホントだったらもっとしなければいけないことが他にあるんだけれど。。
2015.1.11[日]

〜ルーツからの年明け〜
2015年1発目の日記になります。
今年もご愛読の程よろしくお願いします。
年末年始にかけてたくさんのヒトと年を忘れ年始を祝った1週間でした。
夜に限らず昼からの宴会なども重なり、寝起きの数時間以外は酔っ払っていたことになります。
おまけに年末からの風をひきづったままの強行軍だったもので、いよいよ年明け早々起き上がれなくなり、お正月も3日を迎えた時には満身創痍、弱り切った肝臓に堪え兼ねた喉の痛みがぶり返してしまいました。
1月7日の今日も喉の痛みこそなくなりましたが声がだいぶ渋いことになっています。
ブルースもしくは落語なんかにはちょうどいい声なのでしょうが、普段のボクの会話は、
”どーも”
”はい”
”トイレはどこですか?”
ぐらいで事足りてしまうので、歯がゆい思いをしています。

この日記でも触れたと思うのですが、今年の元旦はおばあちゃんに会いに行きました。
たまプラーザ駅、”美しが丘3丁目”がボクで言う実家になるのでしょう。
そもそもが両親が離婚し、家族が離散した時点でボクには実家というものがないんですね。
なので”おばあちゃんち”というのがボクにとってのかろうじての帰る場所にあたるんです。

駅から”おばあちゃんち”までを何十年かぶりに歩いてみました。
なんだかジオラマの中を歩いているような気になりました。
目線の高さから坂の長さ、道幅、ボクの育った家。
だいぶボクは育ってしまいました。
巨人のような気持ち。
閑静な住宅街というのがピッタリくる風景。
やっぱりボクの居場所ではなかったんだ、と再認識。
ご近所は迷惑だったろう。
こんな閑静な地域に気の違った野生動物が迷いこんでしまっていたんだから。
ボクも居心地が悪くていつも怒っていた。

旅も故郷も、やっぱり人だと思う。
土地の印象はそこに住む人。
たまプラーザ、、、離れてみるとヘンテコな名前だ。
田園都市線、、、どっちやねん!
でもおばあちゃんがいる限りボクの故郷。
帰るべき意味を持つボクのルーツ。

ホントは親父の死の前後から、叔父からの連絡といえば物騒なことや深刻なことばかりで、すっかり松平家に関わる一切が嫌になってしまってた。
親父の死で、これでだいぶ気が楽になると思ったのも正直あった。
おばあちゃんという存在を見ないふりして急に実家を遠ざけてしまっていた。
ずっと後ろめたさを感じていた。
もうそこを無視して新年を無邪気に祝うことに耐えられない気持ちだった。
体調を崩す回数も増えある種の覚悟を持って行ったんだけど、思ったより元気そうで、安心した。
おばあちゃんちにあがると2つの仏壇に手を合わす。
これをやると子供の頃からおばあちゃんは喜んだ。
ボクは大した信仰心などないから、格好でおばあちゃんを喜ばせてあげる。
松平恭子。
昔、川勝恭子と名乗ってた時期もある。
祖父と離婚後に再婚をしたらしい。
祖父の仏壇はないけど川勝の仏壇は大事にある。
毎朝炊いたご飯は先ずはご先祖様に供え、それからボクらが食べる。
子供の頃、待ちきれずご先祖様より早くご飯を食べてしまったことがあるけど、叱られなかった。
何をしても叱られることはなかった。
シンナーを見つかった時だけは違った。
叱りはしなかったけど、焦っていた。
あんなおばあちゃん見たことなかったから、それからきっぱりシンナーはやめた。

おばあちゃんの小さな肩を抱いて実家を後にし、帰りもまた歩きたくなったのでこーじの住んでた家を通ってみた。
市が尾に引っ越す前のこーじの生まれ育った家。
ボクの育った家のように建て替えられることなくそのままの形で残っていた。
表札がなく灯りもなかったから今は誰も住んでいないのかもしれない。
昔こーじんちでセガのゲームをやったことが思い出された。
みんながファミコンなのにこーじんちはセガを買ってしまったことが面白く、
”なんでセガ?”
と先々までいじっては笑ってた。
せっかくだからと懐かしの家を写真におさめたんだけど、夜で薄暗く、すっかり古い作りになってしまい妙に不気味に撮れてしまったのが悔しくすぐに削除した。

思い出に浸る年初め。
今年で40を迎えるからね。
後ろ向きではなく、ひとつの感触のある区切りがほしかったのかもね。
おばあちゃんには会いに行くけど、またしばらくは歩かないよ故郷の町。
(2015.1.7[水])


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