昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2015年02月の日記

〜気を解く〜
今週は京都から始まり、とんぼ返りで兵庫へと関西方面を中心に走っています。
トラックの仕事で一般的な勤め人と違うところは、出先で次の日の荷を積むもので常に荷を背負ってること。
つまり1週間が始まってしまえば週末が来るまで24時間営業中なんですね。
なので、隙を見て家に帰るわずかな時間がいわゆる一般的なアフター5に当たるのでしょうが、よっぽと早く荷が積めない限りわざわざ家まで帰りまた早々に出張ってくるなどといったメンドーなことなどせず、中、長距離のドライバーは出先から出先へとトラックを宿に渡り歩くのが(歩きませんが)ほとんどじゃないでしょうか。
だからボクなどのようにわざわざ勤め人のように秦野へ戻り、なんだったら呑みにまで行ってしまうようなヒトは珍しく、積込み時に顔を合わせてた同じ現場のドライバーに次の日、
”どこで寝てたの?”
なんて聞かれても、
”あ、一回帰ってオアシスで呑んで家の布団で寝てから来ました”
なんて言うのがなんとはなしに恥ずかしく、
”いやー、名古屋で味噌煮込みうどん食ってそのままそこで寝てたさねー”
なんて平気でウソをつき、
”あ、オレも名古屋いたよ。どこいたのよ?”
なんて話が膨らみ始め、急に雲などを見上げ天気の話にすり替えるのもだいぶ神の域に達してきました。
でもさすがに関西方面行きの時は束の間の我が家も叶わず、体力温存のため結果トラックを宿にすることになりまして、そんなのが続くと、体というよりもどこか気持ちの奥がぐったりしてくるのがわかりまして、今週がまさにそんな感じなのです。
ただ疲労と比例するように週末が待ち遠しくなるのが我ながらかわいくもありまして、馴染みの店で気を解いて呑む酒のうまさこそ、唯一の労働の対価と言っても過言ではありません。
普段中抜けのように秦野へ戻りまして立ち寄る酒というのはどこか刹那的な感じがありまして、待ちわびる明日にどこか緊張してる感じが抜けきれず他愛もない他人の一言にいちいち引っかかってしまい、よせばいいのに一言反撃したりしてのちのちいつまでも後悔するようなことも度々でして、だからこそ週の終わりに気を解いて呑む酒の時は表情まで違ってるのがわかるほど、どこまでもやさしくおだやかになりまして、例えば常連のカツラさんのよくわからない横文字の戯言なども仏のように聞き流せるのです。

よくヒトに”目つきが変わる”と言われます。
実感はないのですが、きっとそうなんでしょうね。
”野生の目をしてる”
なんてうまいことを言うヒトもいるのですが、お腹が空いてたり、嫌なことがあるとすぐに態度や歩き方、言葉使いからオナラの音程まで変わってしまうほど、素直に表れてしまうんですね。
なので今夜あたりは馴染みのオアシスで、まるでムーミンの寝顔に目を描いたような1週間で1番おだやかな顔をしているのは、自分でも想像がつくのです。
(2015.2.27[金])

〜そうぞうりょく〜
 来週日曜日は東神奈川でライヴがあります。
一年に一度、今年で4回目を迎えます。
東日本大震災復興祈念ライヴ”そうぞうりょく”。
詳細はスケジュールにアップされていますが、発起人の藤原の亮ちゃんが最後に控えてまして、ボクはトップの19時45分からの出演になります。
この2人の熱い男に挟まれるようにROSEが間に歌います。
世界観を持った3人によるまさに祈念と呼べるべき歌を観に聴きに来てほしいです。
いつまでも続けていきたい、続けなければいけないイベントのひとつ。

 昨日も亮ちゃんから当日のタイムテーブルに添えてメッセージが届きました。
”まだまだこれから。このイベントを新たなる節目として、復興への思いを確かめよう”
亮ちゃんの故郷は宮城県。

 ホントにそうなんだ。
黙っていても月日は経ち、お湯が冷めるかの如くボクらの気持ちも
冷め風化してゆく。
でもそれは仕方のないこと。
そうやって人は前に進むのだから。
でも思いを継続させるからこそ”節目”が大事であり、沸点を高めまた新たなる一年へと入ってゆく。

 原発再稼働、東京オリンピック、お湯が冷めるのを待っていろんなことが頭をもたげてくる。
悪いニュースも良いニュースも一緒くたに片づけ、人々は興味の惹かれる方へとマスメディアから誘導されてゆく。
正常に機能しない大手民放マスメディアが扉を閉ざしてしまえば、福島の現状も原発の内情も届かず、無知なボクらは”見ているモノが全て”と錯覚してしまい、それがまた風化に拍車をかける。
マスコミ批判は、閉ざされた扉に手をかけないボクら自身への批判にも繋がる。
政権批判ばかりしている図と同じ。
民主国家の前提は民が一番上にあるということ。
ハナから底辺からモノゴトを捉えているヒトがいて、実はその目線こそ”のさばらせる”温床になっている。

 今回のイベント”そうぞうりょく”。
一回目はこーじと2人で出たんだよな。
二回目の時はこーじはいなかった。
はなさんとなおやに助けてもらいバンド編成で出た。
三回目の去年はなんとかひとりで弾き語りでがんばった。
今年もひとりで弾き語りで立ちます。

 毎年言ってるかもしれないけど、最後にこーじとりえちゃんと3人で呑んだのが、4年前のこのイベントの時なんだ。
本番までの空き時間を使って東神奈川駅近くの”龍馬”(漢字が違うかもしれません)という立ち呑み屋へ行き、ボクとりえちゃんは山菜の天ぷら盛り合わせをツマミに好きな日本酒で早速ほろ酔いになっていた。(こーじは坂本龍馬の大ファンでした)
 だから本番前にたとえ時間がなくとも、ここへ行き山菜の天ぷらをツマミにコップ酒をやるのが恒例になっている。
 だって、こーじがいたら絶対してるであろうことだからね。





 
(2015.2.25[水])

〜ひとつになった魂〜
 春一番が吹くとか吹かないとか。
春の足音はおろか、ノックもしないで居室に入りこまれたような唐突さで、いきなり起きたら春でした。
ほんの昨日まで、心までもが通じてしまうかの如く頼りにしていたマフラーなんかも、この陽気の前では途端にたかだかの布地に成り下がったかのように映るもので、なんだか射手座の女性の去り際のようで爽快でもあります。(意味がわかりませんね)

 先週土曜日、丹沢美術館にてボクにまつわる友人達を集めた初の試み”松祭”もたくさんのご来場の皆様のおかげで無事に終えることができました。
ノーマイク、生音という”甘え”の許されぬ環境の中、見事にそれぞれのステージを務め上げた、オアシスのマスターこと松本誠司さん、きぃーちゃんこと生沼清隆さん、とくちゃんこと露木徳英ちゃん、そしてそれぞれにキーボードでサポートをしカッコウをつけさせてくれた我らがくみさんには深く感謝しています。

 こういう言い方は嫌なんですが、”昔は”いろいろなイベントを企画し、ヘトヘトになりながらも笑ってこなしていました。
それこそ、井の頭公園で屋台を出し赤提灯ライヴをやろうだとか(叶いませんでしたが)、キャンプ場を借り切って夏フェスをやろうだとか(叶いませんでしたが)、町田駅前にセットを組んでゲリラライヴを定例化したり(数回やりました)、ライヴハウスでも仲間のミュージシャンを集めてのイベントは何回か経験してきました。(少っ!)
こういう言い方は嫌なんですが、”あの頃”は”なんでもできる”というまるで根拠のない自信だけがボクを突き動かしていまして、ボクの気づかないところでの苦労を一身に背負っていたこーじの気持ちを今更ながらに改めて知ったことだけでも今回はホントいい機会でもあり、そしてボクもなんとかヨチヨチ歩きながらここまで動けるようになってきた自身への感慨のようなものを感じ得た上でも、大きな前進でもあるイベントでした。
 まあ、ボクの個人的な感慨などどーでもいいのであって、イベントとしても満足のいくものになったことは、出演者、そしてたくさんの駆けつけてくれたみなさんのおかげなのです。(ありがとう)
 音楽、歌というものはヒジョーに無力なものでもありまして、ボクらは好きでやってるので練習もリハーサルも(一緒です)、鍛錬も探究も修行も忍術も(関係ありません)いとわないのですが、そこに観てくれるヒトがいないと、そんなものスタジオでやってなさいという悲しいサガもはらんでまして、ボクら演者は先ず”来てくださること”に先ず深く感謝しなければならないのは言わずもがな。
せっかく貴重な時間を割いてお越し頂いたなら、”あとは任せなさい!”という姿勢がボクらの礼儀。

 なんせボクらスピリッツの初のワンマンライヴのタイトルが、
”あんたがいなきゃスカシッペ ちょび髭生やしたオンナノコ”

。。。ふざけてますね。
 でもその当時から同じ思いは抱いていたのです。
見てくれるからこそ、聞いてくれるからこそ。
 
 今回感受性の強い方がお1人お越しくださいまして、こーじ、りえちゃんへの思いを歌った”君の名を呼ぶ”を聞いてる時に涙がボロボロ止まらなかったとおっしゃってくれました。
こーじが彼女の体に入ったとのこと。
”来てくれてたよ”ってね。
ボクは最近、ベルズでもスタジオでもこーじの存在を感じなくなっててボク自身が別人のように変わっていくことを感じてた矢先だったから、なんだか意外というか嬉しいような泣きたくなるような感情がこみ上げてきました。
もうどこか遠くへ行ってしまったのかな、なんて思っていたもので、
”一つになってるんだよ”
と言われた時には、懐かしいような自信がこみ上げてきた。

 そうだよな。
ボロボロと人の目を借りお前は魂を見せてくれたんだよな。
すごくわかるよ。
お前は泣くよ絶対。
オレがかわいそうでかわいそうで仕方ないんだろ。
すごくわかるよその気持ち。
逆だとしたらオレも笑って見れる日なんて来ないもん。
オレは涙こそ流さないものの、今でもこーじ!りえちゃん!と叫んでいるよ。
甘々のボクらスピリッツらしい魂の交流なんだ。
 だからきっとその方の言葉はホントだと思う。
(2015.2.23[月])

〜ミシシッピー〜
 今夜は月に一度のBLUES研究イベント”Wednesday Blues Night Club”略してWBC。
19時30分からと少し遅めのスタートとなりますので、仕事帰りにほろ酔いでブルースを楽しんで頂ければと思っています。
 ボクは主に黒人のブルースマンの歌を選曲するようにしていまして、ほぼBB・Kingの歌うブルースを歌わせてもらっています。
 やっぱりブルースというのは黒人のパワフルなヴォーカルが魅力の一つだと思うので、ブルースギターと言えば白人も混ざってくるのでしょうが、やっぱり本場の黒人のマッチョなヴォーカルがあってこそというのがボクの中であるのです。
 その中でもBB・King、フレデイーキングのヴォーカルは群を抜いてマッチョでして、なんだかプロレスラーの試合後のインタビューを聞いているような荒々しさと爽快さがあって好きなのです。
 ブルースというのはアメリカの南部から発祥したと言われていまして、ミシシッピー川に沿って北上しその姿を変貌させてきました。
 ボクの小学生時代を知る古い友人などはここらへんで合点がいくかもしれません。
ポケットにミシシッピーアカミミガメを入れ登校するほどカメを愛していたボクにとって、ミシシッピーの土着風土というものはボクの根っこにあるのかもしれません。
 ちなみにミシシッピーアカミミガメとはいわゆる縁日などで売られているミドリガメのことです。
深いミシシッピー川に生息するカメなので手と足の水かきが発達していて泳ぎを得意とします。
よく浅い水深でミドリガメを飼っているのを目にしますが、あれは違うんですね。
少しの陸があれば水をウンと入れてあげてください。
日がな水面にポッカリ浮き過ごしています。
ボクも会社に池を作りミシシッピーアカミミガメ、クサガメ、ドロガメを10匹近く飼っていましたが、見事に全て逃げられました。
カメは爪が引っかかればどこへでも登っていってしまうほど腕力も強いんですね。
くれぐれもそこらへんを注意して飼ってください。
以上、ブルースの話でした。


 
(2015.2.18[水])

〜ムーミン〜
ムーミンをね。(いきなりですが)
最近見直してるんです。
見直しと言ってもボクの幼少期の記憶というものは絶望的に欠落してるもので、ほぼ初めて見ると言った方がいいのかもしれません。
ボクは不思議な子供でね。
ルパン3世もガッチャマンも、プラモデルも誕生日のケーキもまったく興味を示さない子供だったもので、なんとなく兄のマネをしそれらを見たり食べたりして喜んでいるフリをしていただけだったようなフシがあります。
なので内容も味も憶える前に入ってきてないんですね。
プラモデルの時などは、夢中で組み立てる兄の横で取り憑かれたように接着剤のニオイを嗅いで気持ちよくなっているような危ない子供だったんですね。
もちろん組み立てられたガンダムになんぞテンデ関心などないのです。
ただ面白いのは、よく友達の家へ行くと飾ってあるプラモデルは持ち帰ってきてしまうんです。
ヒトの達成が面白くなかったのでしょう。
昔からやってることは賭博の胴元のようでした。
なので同年代で昔のアニメの話になってもまったくついていけません。
”君は何をして過ごしてたの?”
と呆れられたことがあります。
恥ずかしいので秘密にしていますが、1人で誰もいない公園を選び、木の最上部などへ登りつめ、じっと誰に探されるでもないカクレンボなんかをしていたなんて、人格を疑われてしまうので言えたものではありません。
これもヒトに言えないことなのですが、木に登ってじっとしていると木が話しかけてくるんですね。
声ではない心に直接訴えかけるような木の意思が伝わってくるんです。
そうしていると不思議にスズメなども寄ってくるんです。
ただこれが、公園に誰かが入ってきた途端、パッと木は木になりスズメは野生のただの鳥になってしまうんです。
そしてボクはボクで、1人取り残され木の上で侵入者が過ぎ去るのを息を殺し待つのです。
あの感覚は木登りをやめたらなくなってしまいましたね。
その後中学にあがり一度妖精を手にとり話したことがあるんですが、あの時ばかりは驚いてしまい、持っていた大事なビニールの袋さえ放り投げしばらく妖精と遊んでしまいましたが。
正気に戻ると妖精と思っていたものはただの木屑だったんですね。
シンナーを吸っていたんですね。

ムーミン。
調べてみるといろいろと都市伝説的な逸話が取り沙汰されています。
後付けの論理はなんとでもなるので、表現の自由と解釈の自由は平等でもあるのですが。
ボクが感じるムーミンの話は、自然への畏敬のようなものです。
遠慮のない自然の脅威が様々な妖精を連れてきます。
そしてその妖精のキャラクターがまた笑えるのです。
明らかにムーミン一家とは異質な線の荒い絵コンテ。
作者の狙いではないそこらへんの笑いも今更ながらのムーミンの楽しみ方なのかもしれません。
(2015.2.17[火])

〜最近思うことを〜
最近は車載カメラのおかげで事故の瞬間だの幽霊だのUFOだの火球だのと映像がお茶の間でも見られるようになりました。
運送会社でも事故の検証、防止などで取り付けているところがあるようで、ヒトに寄っては助かりヒトに寄っては窮屈な話でもあります。
ボクはそんなもの取り付けられても、トラックの中という気密性を利用しとんでもない奇声を発してたりとんでもないことを口走ってたりしてるもので、たまさかの事故の瞬間の録音に、時々眠気覚まし代わりにやっている”犬の種類別の鳴きマネ”など入っていようものなら、そっちの方がよっぽどボクにとっての事故になってしまうので遠慮願いたいと思っているクチなのです。

昨今”個人情報の保護”が叫ばれて久しいものになりました。
今の卒業アルバムは知りませんが、ボクらの時代は住所など平気で載っていました。
ボクの用に不良少年のまま卒業アルバムに載ってしまうとヨソからのカッコウの標的になってしまい、我が家は借金取りからの電話と匿名の不良からの電話がひっきりなしにかかってくる物騒な家でした。
しかし顔の見えない相手というのは腹の立つもので、
”◯時に駅に来い”
などとスゴんでくるのですが、いざ出張っても相手が待っていたことなど一度もなく、まあボクもボクでよくもまあいちいち決闘よろしくわざわざ駅まで出向いてたものです。
もうやめていただきたい。


最近では町の至る所に防犯カメラが目を光らせているのには、窮屈のような安心のような複雑な思いがします。
検挙の上でも防犯の上でもそれなりの効果はあるようなのですが、そういう世の中は言うわずもがな”健康的”とは言えませんね。

プライバシーを重視しそういうものを減らす方向へ持ってゆくのか、ガチガチに監視し網の目のように目を光らせて、結果有事を封じ込めるのか。
これはいろんな意味での今後の生活社会、国際社会の課題になり得ることですね。
酒と似てますね。
”酒に罪はねえんだ。。。”
規制、法律を目の敵にするのはちょっと違います。
ヒトが自由を操れないだけ。
子を持つと尚更そういう問題が他人事じゃなくなります。
子はいませんが。
愛する人を確実に護る。
同じことかもしれませんね。

今少し時間があるので最近思うことをツラツラと。
話を変えたようで繋がってるのですが。
フリーカメラマンのシリア渡航の中止命令。
みなさんはどう思いましたか?
憲法に反してる、表現の自由の侵害などと騒がれてましたが。
ボクは直感的に”致し方ない”と思いました。
今回は特例と述べてるように、情勢と照らし合わせて柔軟に対応すべきです。
それだけ今が異常事態だと言うことは政府の方が冷静に見てると思います。

話は変わりますが、みなさんはもう和式の便器はだめなのでしょうか?
今朝こんなことがありました。
年に数回あるのですが、久しぶりにウンチが漏れる寸前でした。
時々下着を汚してしまうのですが、今朝はなんとか首都高の八潮のパーキングにトラックを突っ込み便所へ走りました。
恥も外聞もなくホントに切実に走りました。
しかしあろうことか、もう1人同じタイミングで便所へ向かう輩が。。
空いているのは和式の便器ひとつ。
もうウンチが出かかっているボクの走りではどう見ても不利なのは一目瞭然。
先に便所をとられたと思いきや、そのおっさん和式と気づくやボクに譲るのです。
ちなみにボクは未だに洋式便所というものが苦手で、渡りに船、藪から棒(違う)、糞に和式。
向こうが恐縮してしまうくらいに礼を述べ、走りながら緩めておいたベルトを解きもせずイサギのよい変質者よろしくザバっと膝下まで下げ、力士のシコよろしく広く大きく足を広げ、胸に手をあて虚空を見据え、ケツの穴から(もういいですね)。

話は変わったようで繋がってるのですが。
今朝はカレーライスを食べ仕事に出かけました。
ボクの食の好みは子供のソレです。
カレーライスは好きというよりも愛してまして、スパゲティー、ハンバーグ。
この3つのローテーションだけで1週間笑って暮らせます。
しかもカレーライスは、なまじ凝ったスープのようなマニアックなものを作られてもただただ困ってしまうばかりで、ボクが食べたいのはあのドロっとしたおいしすぎないフツーのカレー。
この”おいしすぎない”というのが肝心で、例えばタヌキそばもこよなく愛すボクに、本場の◯◯庵の手打ちタヌキそばなんて出されたところで、ボクが求めるのは伸びきったテンヤモンの出前のおいしくないあのタヌキそばだったりするんです。
あの”おいしくない”がボクにはおいしいんですね。

話は変わって。
テレビを見ててもジョギングをしてても思うことなのですが。
やたらと日本人は健康長生き思考に目覚めている感がありませんか?
ボクは思うのですが、欧米社会の影響が日本人の哲学にも侵食し始めてるのだと思うのです。
だって時たま目にする向こうの通販番組と同じことを日本人がやっている。
つまるところ”死を怖れすぎている”ということ。
ヨーロッパではまた違うオトナな価値観なのでしょう。
命、尊厳の問題提起的な映画は西洋という印象があります。

自分の寿命がわかっているのなら、今この瞬間からやることは変わってくるのでしょうが、幸か不幸か誰もそんなこと知る由もないもので、なるべく死を生活から遠ざけてしまうのかもしれませんね。

まだまだいろいろ思っていることはあるのですが、時間が来てしまいました。
吐露すると少しすっきりします。
ウンコと一緒です。
(2015.2.13[金])

〜凍てつく川原〜
 凍てつくような朝。
ゆっくりと空が白んでゆく。
だけどそのゆっくりが見えない。
ただ確実にさっきまでの空とは違う。
漠然と確実に今日もまた日が昇る。

 右手が借り物のようだ。
神経がないくせに冷たさは感じる。
なぜかというと麻痺が残る部分以外は体温があるから。
失った部位を探すように、一丁前に古傷がうずく。

 信じられないのは、こんなに凍てつく川に早速カモが浮かんでることだ。
子ガモを引き連れ親ガモがボクから距離をとってゆく。
こんなにも冷たい水の中に足を浸し水をかいていると思うと、そもそもが神経がないのかもしれない。
ぬいぐるみのように非力なものこそ、追われつつも順応し生きながらえる。
そのそばらでは天敵のタヌキが欲をかき、道路の藻屑となっている。

 朝飯前の散歩なのか、懐中電灯を手にしたウオーキングのヒトが近づいてくる。
手の振りに合わせ懐中電灯の灯りが忙しないブランコのようで滑稽でもある。
リズミカルな早い歩幅で女性のソレとすぐにわかる。
ちょっと手前からボクの存在に気づき心なしか緊張しているのが伝わってきて恐縮してしまう。
あなたをタヌキから守ることはあっても、ましてや襲いなんぞしませんよ。
口に出せばなおさら不安をあおってしまうので、そういう雰囲気をつくるのに苦労する。
 自分のためでなく、ボクも照明をつけて歩いた方がいいのかもしれない。
(2015.2.10[火])

〜家族〜
 まったく毎日気が滅入る事件が後を絶たない。
和歌山の小5刺殺事件。
名古屋での女子大生による殺人事件。
秋葉原の無差別通り魔事件は死刑の判決で終結した。

 テレビやインターネットなどで、子供が大人と同じ情報を目にする世の中。
後だしジャンケンのように規制の追いつかない垂れ流しの情報。

 外国の友人などに言わせると、日本の核家族化が信じられないんだそうだ。
普段の引け目を豪華な誕生日プレゼント、クリスマスプレゼントで清算する親。
ボクの知る外国の家族は、ケーキは必ず、あとは家族それぞれの心のこもったメッセージカードだけだった。
大型ショッピングセンターに行っても、泣きわめいてオモチャをねだる子供が目につかないのが日本人であるボクにとっては不思議だった。

 かつて経済大国にのし上がった日本のツケが今になって露呈してきているということなのか。
すっぽりと大事なモノを放り投げ、履き違えた”豊かさ”を追いかけた先に、ポツリポツリとその亀裂が浮き彫りになり出している。
 少子化と叫ばれて久しいが、これは実は日本人の本能的な人口の統制が働いているのかもしれないね。

 自由を操れるほどボクらは賢くなかったんだ。
だとしたら規制して悪を淘汰するより他はない。
 もちろんそういう方向には行ってほしくないけど、論より実だ。
明日を奪われる人間を1人でもなくしてほしい。
(2015.2.6[金])

〜後藤健二さん〜
ただただ冥福を祈るばかり。
湯川はるなさん、後藤健二さんが卑劣で残忍な悪魔に殺されてしまった。
幼子を残して、無念だったろうな。
シリアで戦闘の巻き添えになった山本美香さんを思い出す。
強い正義が銃弾やナイフによって砕かれてゆく。

震える恐怖と怒り。
だけど山本さんや後藤さんの意思を汲み志をなぞることが、今のボクがしてやれること。
そう、きっと悪夢が始まったんだよ。
でもそれはその向こうにある、平穏も近づいたということ。
後藤健二さん。
あなたの命は無駄にしないよ。
でかすぎる代償だけど、あなたは立派に遠い土地の内情に焦点を当ててくれました。
ここからはボクらの役目。
どうぞ安らかに眠ってください。
(2015.2.3[火])


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