昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2015年07月の日記

〜Dear friend〜
今日明日なら、ペコっと頭を下げれば間に合うみたいだから。
早く戻ってよ。
次は一言連絡ちょうだいって約束したのに。
なんでもさらけ出してたオレがバカみたいじゃないですか。
あなたのわずかな力にすらなれないのが悔しい。
お願いです、連絡ください。
(2015.7.30[木])

〜すっかり夏バテ〜
 ホントにもう、嫌になってしまいますね。
みんなが使う言葉を使いたくないというのがボクの信条でして、なるべく違う言葉を使って表現しようといつも心に秘めているのですが。
んーー。。。
暑くてしょうがない。。(使ってる)
 切実な思いというのは遠回りをして単純な言葉に落ち着いてしまうものなのかもしれません。

 先週から珍しく夏バテのようになってしまい、いつにない体の変調に戸惑っています。
症状から診ても完全に夏バテのソレなんですね。
 体内の熱が抜けないというのでしょうか、特に体の節々に熱が蓄積されているようで、焼きついたエンジンのように言うことをきかず、体を動かすだけでも大変な気力と労力、覚悟が要ります。
筋肉も少し硬直気味で、筋肉痛に近い炎症が体の至る所で見られます。
運動をしていないのに、激しい運動後のようなだるさ。
なによりも食欲減退。
にも関わらず相変わらずの性欲だけがポツンと場違いな感じで取り残されています。
いよいよ生命力が弱っているオスたる所以なのでしょうか。

 少し危険を感じ、週末から時間が空くと静養に努めていたのですが、どうなんでしょうか。
床に付する都度、表面ばかりを取り繕うものの、体の芯には諸悪の根源が一時の難を逃れ足踏みしているような気がしてなりません。

 そんなワタクシゴトの事情のみで、先週はたくさんの不義理を重ねてしまいました。
ずっと心に引っ掛かるのであれば無理を押してでもと今になって思ってはみるものの、やっぱりどうにもならなかったその時の体調を思い出し慰めてはみるのですが。
とは言いつつも、今日もこうして作業着に身を包み仕事に出ている自分を見てると、体調は万全ではないとは言え、なんだかしつこくも罪悪感がしつこく追いかけては離さないのです。

 やっぱりガンバリなんて長くは続かないもので、大事なところで急に頭をもたげるこういった”自分らしさ”が、憎らしくて落ち込む昨今なんです。







 
(2015.7.28[火])

〜親父の命日に思うこと〜
 ふと思い立ち手帳を調べてみたら、今日は親父の命日なんですね。
2年前の今日7月23日にボクの親父は他界しました。
ホントになんとはなしに思い立ったのは”虫の知らせ”とまではいかないまでも、無意識の中でどこか神経が察していたのかもしれませんね。
 不思議とその日のことはよく憶えています。
早朝の叔父からのメールでした。
”今朝5時〇分に息を引き取りました”
ボクは大阪にいたんですね。
ローソンの駐車場でした。
トラックを停める場所がなく道もわからぬ町中をウロウロしてたのを憶えています。
 今週の梅雨明けのような朝から猛暑の日でして、工場の始業と共にモワっとした熱気の中でドラム缶を卸していたのがその日の最初の仕事でした。
どこかでホっとしながらも、どこかでショックで、その日の行動までもが心に焼き付いてしまっているのかもしれませんね。

 幼少の頃から、ホント散々な目に遭わされてきただけに、どこかでホっとした気持ちでいたのは今になっても否めません。
連絡はいつも叔父からで、
”忠厚(親父の名前)が〇〇した!”
とのメールが、ボクにとっての最大のストレスでした。
 子供の頃、目の前で警察(私服刑事)に連行される光景を2度見たことがあります。
 そういう悪夢はボクが大人になっても続いて、いつからか叔父からの連絡自体を拒絶するようになった時期もありました。
 よく”なんで秦野に越してきたの?”
なんて質問をされるのですが。
正直に言ってしまうとその時の気分で答えてます。
”そこに山があるから”
”逃げてきたんだ”
”風水のお告げ”
”君に出会うためだよ”
などなど。
ホントのことをバラしてしまうと、ボクは自分の家族、血から離れたかったのかもしれません。
一度生まれ変わって、ボクのジンセイをスタートさせたかった。
だけど22,3のボクにはうまく説明するほどの頭、言葉が思いつかなかった。
 だからボクの秦野への引っ越しの決断は唐突で急で、その当時の彼女にもこーじにでさえも、事後報告だったと思う。
ボクの切実な思いはボクだけにしかわからないことだったから。
適当な理由を口にしては呆れられることで、そこはボンヤリさせていた。
 ただ叔父からのメールを大阪で受けた時は、いつもの体が熱くなるような構えはなかった。
メールを開くよりも前に、
”あ、死んだんだな。。”
とわかったから。(不思議なものですね)
”苦しまなかっただろうか”
すぐに思いついたこの感情に、身内だからこそのわずかな望みが親父に対して湧いたのには驚いた。

 今ボクがこの年になって苦しめられていることのひとつに、お袋との関係がある。
やっぱり親子は血が繋がっていれど夫婦とは他人であって。
 親父に一番苦しめられたお袋は親父の死を聞いて初めて過去のトラウマから解放されたんじゃないかな。
それほどお袋はいつまでも親父を恐れ用心をしていた。
 ただこの年になって感じることは、過去は過去として受け入れてもらえないことには、ボク兄貴という存在の否定にも繋がってしまうということ。
 どんな男であれ、あなたが一度は愛してボクらを授かったんだから。
 いつまでもそこを引きずられてしまうと、なんとも言えない気持ちになるということはお袋は気づいていない。
気付かないのかもしれない。
ボクらは土から生えてきたのではなく、もちろん降って湧いたミジンコでもない。
 この年になってお袋との温度差を感じるようになったのはボクがオトナになったからであって、オトナになると自分のルーツみたいなものをはっきりさせておきたいという思いに達するのかもれない。
 ボクは40になっていよいよ親父そのもののようになってきている。
血をわけた子供だからしょうがない。
 ボクはそれを受け入れることが親父に対する孝行であって、彼の生きた証しとして命日ぐらいは思い偲んであげようと思っている。
 血と言うのは尊くも厄介なものだ。
どこを否定しても今に繋がらないから。

 
 




 
(2015.7.23[木])

〜勝沼の夜景〜
今朝がそうなのか、長野だからそうなのか、今朝はわりと涼しい朝を迎えています。
むしろ裸に近い格好で夜半に秦野を発ったので(運転は部屋着)露わになった肩がやんわりと寒いのですが、連日の猛暑の仇とばかりに、久しぶりの朝の冷気を肌で楽しんでいます。
こちらの国道には標高を知らせる看板が立っていまして、
”標高5◯◯m”
なんていちいち知らせてくれるもので、そもそもボクが汗だくになりながら登りつめる近所の弘法山よりもだいぶ空に近いことになります。

中央道を長野方面へ向かってますと、大月から先はぐぐっと山をひとつ越えます。
その下りきったところがこーじのとーちゃんの故郷”山梨県は勝沼”、こーじとりえちゃんの眠る佐藤家の菩提寺”金剛寺”があります。
あと2週間ほどで2人の命日8月3日がやってきます。
時期的に
”今年は法事的なものはあるのか?”
との問い合わせ増えてきました。
これもすっかりこの時期のボクのお役目になってきました。
”去年の三回忌を持ってひとまず。
あとは七回忌ですね。”
と応えています。
去年のこーじのとーちゃんの3回忌での挨拶をそのまま伝えています。
時期的に交通が混み合う期間でもあるし遠路はるばるという方もいます。特に高速道路は事故の多い時期なので、無理のないようにそれぞれの方法で2人を想い偲んでもらえたらと思っています。

高校を卒業してすぐに、
”これからは釣りで食っていこう!”
と3月の渓流釣りの解禁を待ち、こーじと向かったのが山梨の川でした。
真夜中の中央道で、
”勝沼の夜景はすごいんだよー”
と得意げに教えてくれ、緩い下り坂の先に広がる、まるで夜の海に星屑を散りばめたような”勝沼の夜景”に、
ウキウキしすぎてもうどうにもならない声を上げていたことが、そこを通る度に思い出されます。
こーじの車の助手席で馬鹿のように騒いでいただけのボクだったのですが、今ボクはトラック乗りとして全国津々浦々を走るようになり判ったことがあります。
あの夜景は正確には勝沼ではなかったんですね。。(笑)
地理的に甲府の町のネオン、勝沼を背にし先にあるのが、こーじの言っていた”勝沼の夜景”だったんですね。
ボクは子供の頃、自分の住む”たまプラ”の駅が日本の中心だと思ってました。
きっとこーじも、とーちゃんの故郷山梨とは勝沼であり、山梨とは勝沼だったのでしょう。
だからこの先もずっと、あの夜景はボクの中で”勝沼の夜景”なんです。
(2015.7.22[水])

〜負には付き合わぬ〜
今朝は三重県。
ボクが夏を過ごした長良川。
この川が最大に川幅を広げ海に放たれる土地、長島という町で朝を迎えています。
夜中秦野を出た時はむっと昨日の熱気を残していたけど、今朝のこっちは湿度も低くさわやかな風が吹いてるのですが、きっとそれもつかの間で、攻撃的な朝日が足踏みしてるように、伊勢湾の上空に浮かんでいます。

暑さに弱いボクは早速へこたれていまして、このところスイカばかり食べては腹を下しています。
体力は活動の根拠のようなもので、少し弱ってしまうだけで気持ちも逃げ腰になってしまいますね。
どこか山の中で獣のようなセックスがしたい。(いきなりすいません)
時を待つのではなくて、自ら迎えに行くんだ。
夏バテには付き合わないよ。
そんな暇ないんだ。
(2015.7.15[水])

〜カアちゃん〜
昨夜未明、叔父からメールが届いてました。
”13日1時11分、カアちゃんが他界しました。14日荼毘に付しました。
暇を見てお線香をあげに来てください。”
とのこと。
一瞬心臓が凍りつきそうになりました。
だって、叔父はボクの父の弟。
2人のカアちゃんはボクの愛するおばあちゃんなんだ。
最後に、
”17才でした。”
コケてしまいました。(ごめんねカアちゃん)
愛猫のことでした。

叔父はボクの父親代わりのようなヒトでね。
ボクは子供の頃よく意味もわからず、
”ガラクタじじい”
と呼んではくすぐり殺されそうになってました。
すぐに頭をゴツンとする親父より好きでね、おだやかでユーモアのあるところは叔父の血を引いているんだと思う。
そんな叔父はノラ猫をエサで手なずけて、飼ってしまうような猫好きなヒトでね。
カアちゃんもその中の1人。(1猫)
カアちゃんは愛すべき甘ったれダメ猫でね。
膝に乗せると安心して少しお漏らしをしちゃうのよ。
叔父はわかっているのに膝の上に抱きかかえ、案の定オシッコを漏らされ、それでも困った顔で笑うヒト。
ちなみにボクのお袋は常にノラ猫のためにポッケにソーセージを忍ばせ出歩くようなヒト。
それらの血を引くボクなんかは、猫を見るともうだめだから見ないようにするほどの猫好き。
だから今叔父の心中を察するとなんともいえないものがある。

ただ形あるもの、全てはいつかは途絶える。
遅いか早いかの差しかないんだ。
カアちゃんはうんと幸せだったと思うよ。
叔父のそばで命を全うできたんだから。
ラッキーだったね。
ボクもそういうジンセイを歩んだように。
もう誰が死んでもあまり驚かないよ。
だって死んでから始まる関係もあるんだ。
だから、おやすみカアちゃん。
(2015.7.14[火])

〜前へ前へ〜
今朝は三重県の海っぺりの町に来てます。
関東から見ると伊勢神宮のちょい手前。
名古屋から高速で1時間。
京都まで高速で1時間。
三重県津市。
朝からセミがうるさいんだ。
東海地方と関東地方の差は先ず音から現れる。
公園の茂みからはセミしぐれ。
川面に映る雲は夏のソレだ。
自然の多い秦野でも、まだ静かに暑いだけ。
しかし今朝はスコール後のバリの市場を思い出す。
湿度なのか汗なのか、じっとしてても腕がペタペタしてる。
山はさほど近くはないんだけど、膨大な手入れのされてない空き地が目立つ。
だから虫が多い。
時々の強い南風にハチ、カミキリ虫、カナブンなどがチリのように飛ばされてゆく。
ただ1番多く目にするのは大小色とりどりの蝶々。(チョウチョ)
残念ながらその分カラスも多い。
でもカラスがいなきゃ、この町は虫だらけになってしまうんだろうと思う。
絶えず視界に動くものが入り込んでくる。
とにかく蝶々だ。。

先週は木曜金曜とg109にて2日続けてのライブでした。
両日共席が埋め尽くされ、感謝と同時に頭が下がる思いです。
ありがとうございました。
たくさんの音楽仲間、そしてお越し頂く皆様のおかげでg109もライブバー然としてきた観があります。
夏、秋口に向けていくつかのイベントも企画しています。
近々8月以降のスケジュールもアップします。
都合に合わせて予定に入れてもらえたらと思ってます。

今週は19日土曜日、イオン秦野店クスノ木ステージに出演します。
キーボードにくみさん。
ドラムにはなさん。
今月のライブはこれで終わるのですが、8月1日にこのメンバーにベースのなおやを加えた久しぶりのスピリッツフルバンド編成で新横浜ベルズに出演します。
その日は普段のアコギからエレキに持ち替えロックな選曲で挑みたいと思っています。
ひとつのスタイルの方向性をぐっと変えていく第一歩の日になります。
続いて2日は”録会”呑んだくれナイトですね。
この日はいつものアコギ&パーカッション編成に、数曲キーボードくみさんを加えて歌います。
スピリッツと名乗る最後の日ですね。
札を裏返す程度にしか思ってませんので、いつも通り粛々と迎えたいと思っているのが本心なんです。
自分からのひとつの決断をする時、数日後にはボクはもうだいぶ先に気持ちが向いているので、そんなものなのかもしれませんね。
(2015.7.13[月])

〜今週のスピリッツ〜
 久しくお天道様を拝んでません。
梅雨のようです。(梅雨です)
 昨日は二日酔いでもないのに終日腹を下していました。
京都で一回、兵庫で一回、大阪で一回、静岡で一回、トイレを使いました。
行動範囲の広い犬のようです。
 ボクを見ているとわかると思うのですが、汚い指先で目や鼻、口をしきりに触るクセがあります。
手にはバイキンが一杯とよく聞きます。
下している原因はそれだとわかるのですが、クセというものはどうしようもありません。
無意識にしてしまうものを制止するのは難しいものです。
なのでボクは下痢を受け入れています。
”下痢と共に”
なのです。
 前置きが長く汚くなってしまいました。

 今週は一足早く、明日からボクの本業が始まります。
場所は秦野はg109。
近所にできたライヴ&バーです。
 詳細はスケジュールをチェックしてほしいのですが、長谷川光志、長谷川ケン、ボクの3人で明日の夜を務めさせてもらいます。
始まりが21時と遅めなのですが、すでに数名ご予約頂いております。
ホント感謝感謝ですね。
 金曜日はまた特別なイベントをやらせてもらいます。
場所は同じくg109。
大和はハギンズビーでひっそりながら賑やかに行われてた恒例イベント”青春交差点”を秦野で復活させます。
こーじ、秋元さん、藤原亮、渡辺恭士を主要メンバーとした長渕剛カバーナイト。
今回のメンバーはこーじとボクが入れ替わっただけで、遠いところみんな駆けつけてくれます。
秦野の長渕好きにも声をかけてあります。
また生まれ変わった”青春交差点”ができること、やっと積年の夢が叶う日でもあります。
 こちらも早速ご予約頂いている皆様には感謝感謝なのですが、出演を快諾してくれボクのわがままを聞いてくれた秋元さん、亮ちゃん、恭士にも深く感謝しています。
昔に戻って、中学時代こーじとかき鳴らした長渕剛を精いっぱい歌いたいと思っています。
 どちらもノーチャージとなっておりますので、気軽に覗いてもらえたら幸いです。

 土曜日はリハの日。
先週に続き7月19日イオン秦野店クスノ木ステージに向けたスピリッツのリハーサルです。
このクスノ木ステージでは月に一回音楽イベントが開催されています。
秦野市、市制60周年ということで”With you ありがとう”というテーマ曲を歌い繋いでゆくリレーコンサートなんです。
その今回の御役目をスピリッツが果たさせてもらうという次第。
ボクはすっかり勘違いしていたのですが、ボクが歌うみたいなんですね”With you ありがとう”を。
てっきり他の出演者との合唱だと思い、伴奏だけを頼まれていたと思っていたのですが、そもそも他の出演者などおらず、つまりはスピリッツワンマンコンサートとのこと。
 いわゆる”校歌”のような、昔のラジオから聞こえてきそうなあの牧歌的なメロディーを、ボクが歌うとどうなるかも、その日の最大の見どころになるのかもしれませんね。
時間は14時から。
詳細などはスケジュールからチェックしてもらえるとありがたいです。
 土曜日のスピリッツのリハ後も、もうひとつ楽しいリハが入っているのですが。
それはまた別の機会に報告させてもらいます。
その時にはそのライヴ日程を報告できるかと思います。
(2015.7.8[水])


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