昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2015年09月の日記

〜社会勉強最終章〜
 朝5時台の電車で上京。
さすがにこの時間帯は座って行けるも、町田を過ぎたあたりではすっかり満員状態。
 隣に座った肥えたサラリーマンのおっさんが船を漕ぎツンツンと体重を預けてくる。
最初こそ抵抗を試みるも、やっぱり町田を過ぎたあたりでそういうのも諦めの境地に達してくる。
あの一種の狂乱とも言うべきスシヅメ状態では被害者になりながらも加害者にもなり得る。
足を踏んだの踏まれたの言ったところで、一切合財どちらも被害者みたいなものだ。
 ただこの経験も今日が最後になると思うと短い間だったとはいえ感慨のようなものがないわけではない。
あとはあと一回、退院の時にフーコを乗せた車で上京すればいいと思うと、普段窺い知ることのないこの朝の通勤ラッシュも社会勉強みたいなものだ。
 毎日この先ずっとこの電車に揺られる人たちと、ボクのような一時の時間の旅人のような者とは、そもそもがこの満員電車の感じ方が違うのかもしれない。
 ゴールの見える地獄なんて、はな地獄とは呼べない。
必ずしもみんながみんな”幸せな家庭”の住人だろうと思うほどボクも純じゃない。
幸せな家庭、家族なんてこの時期のキンモクセイの香りのように、”一年を通じた一コマ”であって、もうみんな玄関先でキスなんて交わさず家を後にしているんだ。
そして会社では下から突き上げられ上からは押さえつけられ、いつものガード下でしょっぱいホッピーで自分を慰め、また同じ時間をかけそれぞれの家庭の事情に帰っていく。
 感情のヒダに耳カキをはわすように言葉を集め、歌ってしまえばモトをとったような顔をしているボクに比べ、こういった声なき声を知ってこそ、抽象的な平和論をひけらかすよりもっと近道なひいては平和へと繋がってゆくような気がしてくる。
 代弁者なんておこがましいことは言わないけど、そういった声なき声に寄り添うに見合った自分であることも表現者のハシクレたる大事な資質なのかもしれない。
 


 
(2015.9.24[木])

〜築地日記〜
 今朝も築地にある国立がんガンセンター。
朝5時起床。
歯だけ磨き支度をするもフーコに気づかれ15分ほど相手をする。
走って駅に行くも6時を少し回っただけなのにホームにはたくさんの人が列をなしている。
いきなりのギュウギュウ詰め状態に心が折れそうになる。
車内で読もうと楽しみにしていた”西村賢太”の夢も潰えた。
最近ベースの笹田さんから教わった携帯アプリのクリップという機能の恩恵に授かり、ひたすらにイヤホンのヒトとなる。
目の前の世界とは反比例するかのごとく、イヤホンからはカリフォリニアの風を思い出させる(行ったことない)サザンロックでなんとなく気が紛れる。

 母を病室まで向かえに行き、病院の目の前でタクシーを拾う。
都内はひっきりなしにタクシーが走っているので病院で呼んでもらうよりこの方が待たずにすむ。
 前回のタクシーの運転手の方の名前はなんと”佐藤孝二”さんだった。
ただの偶然なんだろうけど、なんとなく不思議な思いにかられる。
 国立がんセンターに着くと事務手続きの一切をボクが済ませ、いつもの用紙を受け取ったら地下の放射線科へ。
お袋は何を考えているのがわからない表情でいつもシートの隅に腰掛けボクを待つ。
ただ放射線科に近づくにつれ急に小さな深呼吸を繰り返し出す。
ホントに虫のように臆病なヒトで、自分で言うのもなんなんだけど、心からボクを頼りにしているのがわかる。
ヒトは頼るモノがないと強くいられるのかもしれない。
ボクの存在がお袋を臆病にさせているのかもしれない。
ホント人間味のある面白いヒトだ。
 ここまでがいつもの一連の流れで、あとは処置が済むまでの時間がボクのわずかな自由時間。
 先日は築地の場外市場に出向きマグロづくしの丼を食べてみた。
2000円。
値段のわりに感動はない。
100円の海苔の味噌汁がうまかった。
ボクの味覚は貧乏性にできていて、値段との対価で味が決まる。
2000円は普段ボクがオアシスで使う一回の金額を軽く超えている。
 先日WBCメンバーで築地マスターの小池タカシさんにオススメの店を聞いといた。
さすがに詳しくその時教わった2軒の場所は確認済みだ。
ただヒトでゴッタ返している中で食べるのは得意じゃないので、その中に突っ込んでいけるか、情けなくも自信がない。
 最初のうちは築地で飯なんて余裕、発想すらなかった。
ただお袋本人もひたすらに付き添いだけに出向いてるボクに申し訳ないみたいで、場外市場で飯を済ませてきたことを話すと嬉しそうだった。
ホントのことを言ってしまえば一人で済ませる飯なんて、そこらへんに生えている菜っ葉でもいいんだけど、それじゃお袋も忍びないだろうと思い、なんとなく気を楽にしてやる行動をなぞっているようなフシがある。
こういう生真面目なところも似てしまったようで、お袋を見ていると自分を見ているようで情けなくも少し滑稽でもある。

 今朝タクシーの中の会話。
なんでも看護師さんの中でボクのことを熱心に聞いてくるコがいるとのこと。
そして毎回ボクが来るとボクのことをずっと見てるらしい。
”あのコ、あなたが来るとオンナの顔になる”
”お母さんオンナだからわかるのよ”(いらないわその情報 笑)
 ボクがマンザラでもない顔をしてると、眉間にしわを寄せ、
”あんた、やめなさいよ”
とマジメな顔で言う。(笑)
”やめなさいって何を(笑)”
というツッコミを心の中でする。
 お袋にツッコミを入れてるとキリがないので、ほとんど聞こえないフリをしてる。
 
(2015.9.18[金])

〜WBCでHold me tight〜
 今朝は築地に来てる。
市場には用はないんだけどね。
目的はその向かいの国立ガンセンター。
もう何度目か。
市場のある向こうは賑わっている。
こちら側とは世界が違う。
そりゃそうだ。
目的が違うんだからね。
 ただ今回は築地市場デビューしようと思っている。
お袋の治療が3時間かかるんだ。
病院の待合室になんかいたらこっちまで病人になってしまう。
たまには築地に集まる全国の海の幸を味わってみよう!
という気になる。

 今朝はなるべく空いてる時間帯を狙って朝6時台の電車で新宿を目指した。
寝不足が続いていたので座って行こうと思ってたんだけど、そんな企みも我が無知を露呈しただけだった。
 7時前だというのに小田急線は座るどころか立つ場所すらない。
電車通勤の現実を知った。
 たくさんのお父さん(お母さんもいる)が、家族を背負いこうして朝からがんばっている思うと気持ちがやさしくなる。
ただ、ビジネスバッグというのは満員電車ではけっこう邪魔だ。
肩からぶら下げ後ろに回してるやつは罪だ。

 今夜は久しぶりのブルースイベントに出演するので衣装のスーツを着て出てきた。
たださすがに派手なシャツは目立ってしまうので、中だけ白いシャツに変装し”要らぬ目線”の的にならぬよう努める。
こうやって見るとイッパシのビジネスマンのような格好になりケツの穴が痒い。(ウンコを拭き忘れている可能性もある)
偶然知り合いが今朝のボクを見たら驚くだろうな。
サラリーマンになって電車通勤をしていると思われてしまう。(別にいいんですが)
すぐに言い訳ができるように衣装のシャツをカバンからすぐに取り出せるようにした。
 しかしせっかく高い金を払いジャケットの寸法を直したのに、ボクも少し肥えてしまったようだ。
着心地が前とさほど変わらない。(寸法直しの意味がない)
まあいいんだ。
ボクはすぐに思ったような体型にできる才能を持っている。
ボクが合わせていくから。
君はそのままでいい。(なんの話だ。。)

 今夜は横浜ブルースから一曲。
大阪ブルースから一曲。
シカゴブルースから一曲。
淡谷のりこブルースから一曲。(これはウソです)

 お時間都合つけてお越しいただければ嬉しいです。
サイズの合った服を身に着けているように、ブルースを歌っている時はシックリくる。
 自分の歌う曲を少し聴き込んでおこうと思うも、持ち出してみると自分のイヤホンがコトノホカ汚くて見えて、なんだか恥ずかしいのでやめておく。


 
(2015.9.16[水])

〜捨てるも拾うもこちらの気持ちひとつ〜
 宮城、栃木の水被害。
その日はまったくテレビを見ていなかったので、夕方その映像を見て驚愕してしまった。
朝から移動移動の一日だったので、ボクはそんな大変なことが起きているなんてつゆ知らず、ただひたすらに車窓からの景色を阿呆のように眺めていたことに、ボクが悪いわけではないのだけれど、なんとはなしの申し訳ないような気持ちがもたげる。
 すぐにつくばの友人の顔が思い出され、それどころではないとは恐縮しつつメールを送ってみる。
昔こーじ共々お世話になったエージさんツカモさん。
すぐに返信が届き一安心。
 今は亡くなった方のご冥福と、一日も早い復旧を祈るのみ。

 フーコ(お袋から預かっている猫)もすっかり我が家に慣れ、ボクの足にまとわりつくか寝そべっているか食うか出すかの繰り返しの毎日。
動物の行動は単純というかルーティンの繰り返しなので、ボクがいる時はなるべく彼女のために時間を割いて笑わせたり怒らせたりして相手になってあげる。
彼女はボクだけを見て生きている。
つまりボクという存在が彼女の世界なんだと気付く。
帰った時だけ相手するのではなく、ずっと君を想ってたんだと、という態度で接してあげる。
彼女の真っ直ぐなマナザシを見ていると、”あしらう”という気にはなれない。

 お袋の治療も順調で、心配された抗がん剤の副作用もなく、確実に腫瘍が小さくなっているとのこと。
今週からは国立ガンセンターに通い、最後のトドメを刺す治療が始まる。
なんでも直接がんに針を刺し、そこから放射線を照射するとのこと。
だったら最初っからそれをやってくれればいいのに、と思うのだけど、そう単純なものではないらしい。
全てが合わさって功を奏する同時治療とのこと。
 それなりの痛みも伴うので吸引による麻酔も使うらしい。
ウツロな状態での処置になるため終わってみれば記憶が途切れていることもあるらしい。
そんな状態で1人で入院先の病院へ帰るのは心細いらしくボクはそっくり仕事を休み付き添うことを約束する。

 そんなスケジュールの都合で、今週はWBCへの参加が叶うことになった。
毎月第三水曜日に新横浜ベルズで開催されているウエンズデイブルースナイトクラブというブルースイベント。
そのために昨日は寸法直しに出していたスーツをとりに行く。
こーじがはなわさん夫妻の挙式のために買ったスーツだ。
それが今ボクのブルースの時の衣装になっている。
ただ体型が違いすぎるので腕を伸ばしボタンの位置をずらし、ズボンはお尻回りとウエストを小さくしてもらった。
ジャケットの内ポッケの名前は、少し考えたのちそのままにしてもらった。
アルファベットでKoji satoと記されている。
 
 今回は横浜ブルース、関西ブルース、シカゴブルースから各一曲づつ歌う。
本来ならBB.Kingを歌いたいところなのだけど、毎回テーマを追っていて、今回は”H”のつく歌手もしくは曲名というしばりがある。
まあボク自体がいやらしいオトコなので(H)、そこらへんは気分次第で何を歌い出すかは約束できない。
 ブルースの3コードのいいところは、3つのメンコがあり人数が揃えば始められるところだ。
単純な分、バンド、歌と個々の引き出しキャラクターが浮き彫りになるところも魅力のひとつ。

 ジンセイ、楽しいことばかりなんてありえない。
ただ捨てる神の後には必ず拾う神がボクを空の見える場所まで押し上げてくれる。
 心が折れそうになる瞬間なんてショッチュウだ。
だけどその都度、寸でのところでボクは助けられている。
モノゴトは考えようで、アンラッキーだと思ったらやりきれない。
ボクはいつでもラッキーの方に立ち胸を撫でおろすようにしている。
 こういう時の助けや恩は一生忘れないのだと思う。
そしてそれに報いお返しを模索することこそが、ボクの生きる糧となってゆくのだと思う。






 
(2015.9.14[月])

〜ソフトクリーム〜
神戸へと向かう道すがら京都でメシとする。
野菜炒め定食。
豚肉がこれでもかというほど混ざっている。
普段ほとんど野菜を口にしないので贖罪のつもりで野菜炒めにしたのに、これじゃ豚肉炒めだ。
ラッキーと思って食べる。
ホントは豚肉は得意じゃないんだけど、脂身の少ないパサパサの肉だったのでこれだと食べられる。
ただほどよく脂身がないと口の中で溶けてくれないのでよく噛まなければ飲み込めない。
最後は顎が疲れてしまって、噛むのを放棄し飲み込んで平らげた。
”どーだ!”
という気持ちになるんだけど、こういう時独りの食事は寂しい。

なんだか久しぶりの仕事のようで運転していても気が乗らない。
作業着に身を包みトラックを運転していてもなんだか自分がそこにしっくりハマってこない。
誰かの代わりをやらされているような気がして、時間が来たら上がれるものだと思いながらもどんどん神奈川が離れていく。

食後は売店でソフトクリームなんかを買ってしまった。
普段じゃ考えられないことだ。
特に甘い物を欲していたわけでもなく、なんとなくこの退屈に反抗したかったのかもしれない。
せっかちなボクはソフトクリームすらカクカクと噛んでしまう。
手元のコーンはアイスが入ってるところまで食べてあとは捨てた。
アイスが入ってないと段ボールを食ってるような気がして嫌なのだ。
(2015.9.8[火])

〜フーコとの秋の夜長〜
今日はお袋に付き添い国立がんセンターへ。
ここでは放射線の腔内照射を3〜4回受けることになる。
その器具を目の前に細かな治療の詳細を聞く。
けっこうな荒行だけど実に合理的にガン細胞にダメージを当てていく。
猫のように気の小さいお袋はすっかり怯えきってしまい、息子のボクですら聞いたことのないような声で主治医の話に相槌を打っている。
不謹慎ながら笑いをこらえるのに苦労する。
正確な情報、現実的なリスクはボクが彼女の耳となりしっかりと聞き書き留めておき、あとでお袋の眉間にしわが寄らない言葉を選びゆっくりと理解させてあげるのが日課になってきた。
通訳だ。。


病院から解放され束の間の自由を謳歌するように喫茶店などで足を組み、深々とタバコを味わうお袋を見ていると、さっきのヒトとは別人のように思えくる。
まったくその様変わりに吹き出しそうになるのはこらえない。(笑)
きっとボクもハタから見たらこうなんだろう。
こーじの隣では天下を取ったような顔をしてたくせに、いなくなってみたら歩き方までわからなくなってしまうんだ。
お袋のことを笑ってばかりはいられない。
今日は朝早くから電車に揺られ、また同じ時間をかけ秦野に帰ってきた時にはすっかり夜の帳も降りていた。
往復で4時間近くかかるので行くだけでけっこう疲れてしまう。
今はフーコがボクの横でベッタリとくつろいでおり、一定のリズムでボクの腕にシッポを当ててくる。
猫はシッポで会話するのかもしれない。
ボクも手の平でポンポンと相槌を打つ。
タバコを吸いにベランダに出ると耳だけでボクの行動を追っている。
一見寝てるように見せているだけで全神経をボクに集中させているのがわかる。
ボクもフーコを愛することになれてきた。
ちょっと前までは全力で愛しすぎてしまい、ささいなことで涙ぐんでいたけど、そんなんじゃ身がもたないのは気づいていた。
適度に放っておき、それでもシッポだけは届く位置に居てあげる。
死ぬまで愛するには一瞬の感情なんて派手なだけで中身がない。
なんの話だ。。
眠ったふりに飽きたのかフーコが起き上がり手にしている携帯に頬をなすりつけてくる。
すぐに出かけてしまうボクを警戒してかずっとボクのそばを離れない。
どこにも行かないよ。
今夜はずっと一緒だ。
静かな夜だ。
(2015.9.3[木])


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