昔の日記はこちらから(2002年10月〜2009年12月)

2016年04月の日記

〜かわいいかわいい贈り物〜
 昨日4月28日はボクの誕生日。
今年で41になりました。
 たくさんのメッセージ頂戴しまして、改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
 去年ちょうど40の区切りのような年を迎え、そこはかとない感慨のようなモノに耽っていたのですが、あれからそっくり1年経ったということなんですね。(当たり前だ)

 ジンセイの折り返し地点なんてヒトは適当なことを言うけれど、いつ死ぬかわからないからね。
常に明日死んでも悔いの少ない選択肢、行動を心がけています。

 

 今週はなんだかうまく睡眠がとれず、すっかり疲れてしまっていました。
 どこかで一回たっぷりと睡眠をとりたいと思っていたのですが、今朝はそれも叶い、ひさしぶりに睡眠を貪ったという感があります。
ヒトには”寝なくてもいいヒト”と”寝なくてはだめなヒト”ってありますよね。
ボクは典型的な後者。
足の遅いヒトと足の速いヒト。
絶倫とタンパク。
ヒトはいろいろ。
尊重し合いたいですね。

 毎年ね、ボクの誕生日にはプレゼントが届くんです。
もう出会って10年近くなるから、もういくつもプレゼントをもらってる。
 今年も会社の食堂に置いてあるボクの電子ピアノの上にポツンと届けてくれた。
 かわいいかわいい後輩”イケダ”なんだ。
ここ数年プレゼントはTシャツが続いている。
だからここ数年自分でTシャツは買っていない。
イケダからのTシャツを大事に大事に着ている。
 仕事を離れすっかり公私共に親しくなった。
あいつの気遣いはなぜだか胸に沁みるんだよな。
 これは遠慮なしに付き合ってきたオトコの友情からくるんだと思う。
 今年もありがとうな、イケダ。
大事な大事な頼もしいオレの一番弟子だ。
 メッセージカードのお祝いの文言の最後に
”自称 第一弟分”
て書いてあったけど、それを言うなら”一番弟子”だろ。(笑)
そして自称はいらないよ。
そして字が汚いな。(笑)
でもそんなお前が大好きだ。
ありがとうな。
 少し泣いたよ。
ありがとう。

 


 
(2016.4.29[金])

〜九州、熊本大地震について〜
 日を追うごとに明らかになる被害。
熊本を中心に九州を襲った大地震。
 避難を余儀なくされる方々に思いを馳せると共に、亡くなられた方々のご冥福を祈ります。
 復旧のメドが立たない新幹線、高速道路。
無残に押しつぶされた家屋、ビル。
長引く停電、遮断されたインフラ。
 唯一の救いを求めるのなら、冬でもなく夏でもなかったこと。
ただかろうじてのそんな宥めも、被害を見るにつけ、風前の灯の如く、救いには足りない。

 遠く九州の地ではそんなことが起こっていようとも、ボクらの生活は予定通り粛々と迎えざるおえないのは無理もないとは言え、いささか皮肉なもので、本震と呼ばれる二回目の大きな地震が起きた16日はハダカンボ★アバレンボによる野毛はボーダーラインでのライヴの日でした。
 こじんまりとした店内にはたくさんのお客様で埋め尽くされ熱気ムンムン、感謝感謝の夜になりました。
ありがとうございました。
 おひとりおひとりから頂戴した投げ銭もハボ★アボ分は8000円も集まり、リーダーのミキトさんの手から熊本に向けて寄付することになっています。
重ね重ね感謝申し上げます。
ありがとうございました。

 テレビには新たなる被害、余震が何度も映し出される。
その都度、玄海原発や川内原発異常なしのテロップ。
改めて日本における原発を考えなければならない。
改めるもなにもないんだけど。
答えはとっくに出てる。
 今の技術では地震の予知は不可能だとはわかりきった事実。
専門家までもが公言してる。
 いくつものプレートの上に日本の国土はある。
地球規模で見ると紙の上に組み立てられたプラモデルみたいなものだ。
指でコツンとはじけば木造も鉄筋も山も海も大差を見ない。
そんな中今でも原発は稼働している。
ホトボリが冷めるのを待ってゆっくりと息を吹き返している原発依存の流れに、いまひとつ苦言を呈すマスメディアはないものか。
 被害の様子なんてひとつのチャンネルでこと足りるんだから。
(2016.4.18[月])

〜4月1日〜
海子がお母さんになった。
オレとこーじと同級生なんだよ。
一緒に初めて四国に渡ったのもこの3人だった。
スピリッツのマネージャーをしてくれてたんだよ。
あの海子が!?
オレの口からもこーじに伝えるよ。
今日もベランダに出て空を見上げてる。
曇ってて星が見えない。
でも繋がってるんだよ。
今夜はなんていい知らせなんだ。
おーい、こーじ。
驚いちゃうな。
おめでとう海子。
(2016.4.12[火])

〜新しい企み〜
最近改めてBLUESを勉強している。
いや、勉強なんてしたことなかったから、ここに来て初めてと言った方がいいのかも。
これは様々なギターフレーズ、歌に触れるようになり、単純に興味が湧いてきたから。
ただ商業BLUES以前の1930年代あたりになると急に話しが曖昧模糊になり、いきなり悪魔なんかが出てきたりして、釣った魚の大きさがヒトを介するごとにデカくなってゆくのと似てて面白い。

オレの弾きたい歌いたいBLUESというのを前提になんやかんやとメンバーが揃ってくれた。
友人の白井は18万円のビンテージ物のラッパを買い、日々オレの要求に耳を通してくれている。
なんとなく新しい船が動き出そうとしている。
2016.4.10[日]

〜50戦無敗〜
群馬に来てる。
秦野から東名、圏央、関越を乗り継ぎ160kmぐらい。
このぐらいの距離は近いと感じる。
朝飯前はおろか朝日が昇る前に到着しハンペンのようにグダっとしてる時間が好きだ。
今朝は霧がすごかったなぁ。

8時30分を待ち小さな倉庫でドカドカとダンボールを50個卸せばいい。
楽なものだ。
ただこのダンボールひとつで大人ぐらいの重量がある。
1人づつ担ぎ上げ隣のトラックに投げ倒していくと考えると楽しい。
嫌いなヤツを当てはめボディスラムで積み重ねてゆく。
気分がいい。
ただ思ったより嫌いなヒトがいないのに気づき、我ながらのヒトの良さにではなく、ヒトに対しての関心のなさに驚く。

いちいち、
”フンガ!”
だの、
”エイサ!”
だの掛け声をかけてやっつけてるボクを見かねたのか、そこの工場の経営者らしき白髪のおじさん(おじいちゃん)が手伝おうと荷台に上がろうとするのを丁寧にお断りする。
きっとそのおじさんじゃ持ち上がらないだろうし、ボクもキツイから声を出してるんじゃない。
”呼吸法なんです”
とホントのことを言っても伝わらないだろうと思い、その後静かに戦う。
重い荷物ほどボクは嬉しいし楽しい。
逆に軽い荷物は地獄だ。
作業以外の価値を見出せないから。
ホントのただの仕事になってしまう。

よく、
”よく腰を痛めないね”
と言われるんだけど、ボクは手を使うだけでいろんなところで荷物を上げ下げする。
例えば10個は腕で持つ。
次の10個は背中で持つ。
太ももでだって持てる。
大事なのは意識をそこに置くこと。
”今は上腕二頭筋で持ってるんだ”
とね。
100個あれば10箇所の部位を鍛えることができる。
ただひとつ。
心は鍛えられない。
ボクの場合、肉体ばかり動物のように強靭な分、心の弱さが目立ってしまう。

つくづくと見た目通りの自分になりたいと思う。
ウソをつかなくていいのは楽だからだ。
今朝も一度人知れず泣いた。
虫歯が痛いんだ。
(2016.4.5[火])

〜わかっていれど悪あがき〜
何時ぞやの虫歯がまた疼きだしている。
昨日も急に痛み出したので、隣にいる桑島に、
”歯が痛い”
と相談したら、ニヤっと笑い薬を差し出してきた。
”バカタレ”
と叱ったら、
”いや、ロキソニンっす”。

さっきからまたヅキヅキきている。
今夜は酒かな。
歯医者は1番最後と相場が決まっている。
(2016.4.4[月])


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